2016年1月アーカイブ


 40数年ぶりかという大寒波の襲来!! みなさまには被害とかはなかったでしょうか?
 今年度も残すところあと少しになりました。
 
 ひとはくの一般セミナー開講も残りわずかです。

 興味のあるタイトルがあれば下記の一覧からご確認ください。
 〆切が過ぎている講座につきましても、ご受講の希望がありましたらセミナー受付係までお問い合わせください。定員の都合もありますが、受講できる場合もあります。



2016年2月

開催日 セミナータイトル ジャンル
2016/2/13(土) J15 コンニャク玉づくり 体験する講座
2016/2/21(日) B38 鎮守の森の生態学 考える講座
2016/2/27(土) A13 顕微鏡で花粉化石を調べる 体験する講座
タイトルをクリックすると詳細が見られます。受講申込も続けてホームページ上でできます。 ▲ページのトップに戻る

2016年3月

開催日 セミナータイトル ジャンル
2016/3/12(土) A14 中生代陸上革命と篠山層群の化石 基礎講座
2016/3/19(土) B39 海岸の植物・植生と環境 基礎講座
2016/3/20(日) A15 丹波で中・古生代の地層を観察しよう 体験する講座
タイトルをクリックすると詳細が見られます。受講申込も続けてホームページ上でできます。 ▲ページのトップに戻る



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 次年度(2016年度)のセミナーにつきましては、3月上旬にご案内を開始する予定です。
 ただ今準備をしておりますので、今しばらくお待ちください。
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                                      生涯学習課
 
 丹波竜発掘現場脇(丹波市山南町上滝地内)において、獣脚類恐竜もしくは鳥類と考えられる非常に小型の卵化石等が、密集した状態で複数発見され、ニュースや新聞でも大きく取りあげられました。

   これらの化石の発見は国内では他に例がなく、世界的にも極めて稀であり、恐竜類・鳥類の繁殖行動の進化を解明する上で貴重なものであるといえます。
(※許可を得て手で触れています)


 そこで、今回発見された卵化石の臨時展示を行います。恐竜の卵か鳥の卵か?ご自身の眼でご覧になりませんか? 手で触れることは出来ません....




    期 間: 平成28年2月6日(土)~2月28日(日)


    場 所: ひとはく3階 丹波の恐竜化石展示コーナー




↓  記者発表の詳細はこちらをご覧ください ↓
  http://www.hitohaku.jp/research/h-research/kaseki-20160108news.html


 是非 ひとはくへお越しください!!

生涯学習課

ユニバーサル・ミュージアムをめざして77

『バリアフリー・コンフリクト』を読む-3

三谷 雅純(みたに まさずみ)



 さらに『バリアフリー・コンフリクト』を読んだ感想の続きです。

 『バリアフリー・コンフリクト』には、岡 耕平さんがお書きになった「『障害者雇用』って本当に必要なの?」という章があります。「障害者雇用」とは、ひとはく のような公共施設はもちろんですが、私企業も、一定の人数で障がい者を雇わないといけないという制度です。雇わなければお金を払わなければいけません。反対に言えば、お金を払いさえすれば「障害者雇用」に知らんぷりができてきました。

 今、書いたように、お金を払ってでも知らんぷりをしたい企業が、現実にあります。そのような「企業の論理」とは、いったいどのようなものでしょう?

 岡さんは、厚生労働省の実施した平成20年度障害者雇用実態調査 (1) から見えてくる、現代の企業が障がい者を雇う時に抱く懸念を次のようにまとめています。



「社内には障害者にできる仕事はおそらくなく、障害者が安全に働くための保証もできない。一度雇用すると簡単には解雇できないために雇う前に適正を見極めたいが、障害者の適正を把握するのは難しい。さらに、従業員が障害特性について理解できるかどうか、障害者がどの程度意欲を持って仕事に取り組んでくれるかどうか不安だ。」(81ページ)

「こうした懸念は、とりわけ障害者雇用そのものに高いハードルを感じている企業の実感として、かなり一般的なものかもしれない。つまり、多くの企業は障害者に非障害者と同様のパフォーマンスを期待しており、にもかかわらずそれが満たされないのではないかという不安を持っているということだ。」(81ページ)


 「非障害者と同様のパフォーマンス」は、わたしにも似た経験があります。ある方はわたしの能力には何も関心を示さず(あるいは、仕事はおいおい憶えていくだろうから)、わたしの2種2級の障害者手帳だけを見て「健常者と同じように働けるのなら雇ってあげる」とおっしゃったのです。残念ながら、わたしにはその方が求めるパフォーマンスは発揮できませんでした。発揮できないから2級の障害者手帳を持っているのだし、それでも、求めるパフォーマンスに代わる才能は充分にあるつもりです。2級は重度障がいです。わたし一人で二人の障がい者を雇ったことになります。何のことはない、その方は「2種2級の障害者手帳を持った健常者」を求めておられたのです。この「多くの企業は障害者に非障害者と同様のパフォーマンスを期待」する実態には根深いものがあります。簡単にはぬぐい去れません。

☆   ☆

 近藤武夫さんは「読み書きできない子どもの難関大学進学は可能か?」の中で、(障がい者に対する)合理的な配慮など「社会では通用しない」と主張される方に対して反論を試みています。



「『(障害に伴う配慮を社会が、あるいは企業や公共施設などの事業体が提供することは)理想であり現実には存在しないもの』だという言外の前提、つまり配慮がない状態で示される能力を規準にするような考え方をその発言者が持っていることを示している。また、障害による困難・弱みは周囲の配慮でサポートし、それ以外の強みの面でその人の能力を見ようとする考え方を、『甘い』『生ぬるい』考えとして認めない態度が透けて見える。』(108ページ)


 資本主義経済のもとでは、私企業はしのぎを削る競争をしています。その意味では「社会では通用しない」という言葉も安易には否定はできません。ただ、わたしたちは民主主義の社会に生きているのですから、民主主義に根ざした主張も大切です。近藤武夫さんは障がい者の支援をしている側にそれなりの覚悟を求め(障がい当事者にも同じだけの覚悟を求めておられるのだと思いますが、ここでは「支援をしている人たち」に対して):


「周囲からの配慮が得られにくい状況に対して、障害者の側の準備性を高めようと支援していくことは非常に大切である。具体的には、障害当事者が出会う現実場面への対処法としてアサーション(相手の主張も認め、自分の意見も上手に伝える)技法を学ぶ機会を提供するなどのコミュニケーション支援を用意するといったアプローチが考えられる。」(108ページ)


と述べています。

 2016年 4月から「障害者差別解消法」が正式に施行されます (2)。「障害者差別解消法」では差別行為を禁止していますが、「合理的配慮」をしないでいると「差別」をしたことになってしまいます。このことは行政機関では当然ですが、私企業でも努力義務があります。

 つまり先ほどの、「合理的配慮」は理想だが現実の「社会では通用しない」という言い方は、法律の上でも「通用しない」のです。ただし、わたしの経験から言うと競争社会はこれからも続きますし、配慮することを「甘い」「生ぬるい」とする態度が社会的マジョリティ(=「健常な働き手」=気が付いていないだけの「障がい者」)には喜ばれるままだと思います。

 『バリアフリー・コンフリクト』は2012年に出た本ですが、その後、人の心が劇的に変わったという実感はありません。最初に「時代は変わった」と書きましたが、それは根深い感情が見え難くなっただけだとも言えるのです。

 我われの社会は、時として過度な競争を煽(あお)ります。そんな時、障壁が乗り越えられない人がいるのなら、その人が自力で乗り越えられるように配慮する。互いに障壁を作らないように工夫する。工夫したものを社会に示す。思い出して下さい。それが公共施設の役割だったはずです。『バリアフリー・コンフリクト』はその道しるべを示しました。

 ひとはくをはじめとする生涯学習施設では、どうあることが、競争で社会システムから抜け落ちたものを補填(ほてん)することになるのでしょうか? わたしは今、改めて、そのことを考え直してみたいと思っています。

barrier free conflict_part2.jpg

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(1) 平成20年度障害者雇用実態調査(厚生労働省職業安定局, 2009)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000002fxj.html

(2) 「障害者差別解消法」
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/pdf/sabetsukaisyohou2.pdf




三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

ユニバーサル・ミュージアムをめざして76

『バリアフリー・コンフリクト』を読む-2

三谷 雅純(みたに まさずみ)


barrier free conflict_part.jpg

 前回から『バリアフリー・コンフリクト』という本を読んだ感想を書いています。

 このようなコンフリクトは、何もバリアフリー技術が必要な人にだけ起こるのではありません。一番きびしい形で表れるのは「障がい者」と「健常者」、言い換えれば社会的マイノリティと普通に暮らしている人の間で起こるコンフリクトです。このコンフリクトは進学や就職の時に見られますし、もちろん就労してからも直面するでしょう。

☆   ☆

 最近は望んだ人なら誰でも(それ相当のお金を払いさえすればですが)大学などに入学できるようになりました。学校によっては(試験制度があるにもかかわらず)試験など受けず、学校説明会に参加して氏名と住所を書いただけで入学できるというところまであります。一方、難関大学の入学試験は、以前より、もっと厳しくなっているようです。

 ここで少し変なことを書きます。がまんして読んで下さい。

 入学試験では問題用紙に書いた文字を解読し、文章や数式を書き込んで答えます。また面接試験では話し言葉による応答のようすを調べます。字が認識できなければ、問題に何が書いてあるのかわからず、文章や数式を頭の中で構成できなければ、例え理解していても解答は示せません。何よりも鉛筆を持つ腕(比喩ではなく字義通り「腕」です)がなければ解答は書けません。入学試験は生物学的な意味で「健常者間の競争」の面が強い学校行事です。

 そのような入試制度は「障がい者」には不公平な気がします。そこで、その人に応じた形で不公平をなくすべきだと考えた人がいました。そうしなければ、せっかく類(たぐ)いまれな才能でも、その才能が活かされないからです。こうして入試のあり方にバラエティを持たせることになりました。ただし皆が同意できて、しかも、あまりお金もかからない範囲でなければなりません。このような配慮をすることにした大学が、今日ではたくさん出てきました。

 配慮の例をあげましょう。例えば文章をうまく読めないディスレクシアや視覚で世界を認識しない人には、画面を合成音で読み上げるスクリーン・リーダーというソフトを搭載したコンピュータを用意します。このコンピュータでなら才能を的確に示せるかもしれません。

 ただし、通常、自分で文章を読めない学生がコンピュータに読んでもらったからと言って、スムーズに理解し、解答を構成できるとはかぎりません。そこで、受験生にもよりますが、回答する時間にも配慮を設けました。大体、通常の1.5時間ほどの時間が許されているようです。

 しかし、これではまともな競争にはならないという不満が出ます。かえって不公平だという意見が必ず出てきます。批判が起きて当然でしょう。

 もっとも強い批判は、今、まさに競争にさらされている受験生からのものです。受験生であれば、自分たちは過酷な受験競争に耐えているのに、その競争を「免除」されている者がいると主張するかもしれません。

 社会人になって働いている人はどうでしょう。その人たちは次のように言うかもしれません。競争では障がい者が不利な立場に置かれているのは理解できる。その不利益を是正するのが正義だと思う。しかし、社会に出て働く時には、企業の競争の論理に従うという前提がある。それに社会はきれい事だけで動いているわけではない。言葉にはしないが〈暗黙の了解〉は山のようにある。それをあからさまにバリアフリー・コンフリクトだと言い立てるのは精神構造が未熟だと思う。子どもっぽい気がする。〈正義〉は確かに必要だが、同時に社会には〈競争の論理〉も必要だ。

 多くの方が肯ける主張のはずです。こういう主張は、どこか変でしょうか?

☆   ☆

 日本は資本主義経済の社会です。民主主義、つまり市民(=国民、県民、納税をしている外国籍の人など)が異なる意見をぶつけ合い、合意を得て生活をしていく制度であることに間違いはありませんが、それとともに資本主義という経済システムは力が強い。圧倒的です。いきおい資本主義の覇者(つまりお金持ち)が社会の主流になることは当然なのです。

 企業はお金で測る利益を最大化することが使命です。それが企業の存在意義です。市場(しじょう)の動きに合わせて機敏に反応し、自在に商売の仕方を変えていく。ただし商道徳は守らなければなりません。商道徳と法律や、今日なら国際的な約束事を守りさえすれば、それは「健全な競争」なのですから、どんどんやるべきです。競争に負けるのは、負けるだけの理由(=怠け者であった、先見の明がなかった、etc.)があったからです。

 しかし、この論理でモノを開発し続けるとしたら、もっとも多数をしめる購買者の好むモノばかりが世に溢れることになりそうです。その結果、社会的マイノリティしか買わないモノは市場に出回らなくなります。あるいは、とんでもなく高いものになってしまいます。電動義手の値段や要約筆記者とか手話通訳者の労賃がそうだと思います(ちゃんと確かめたわけではないので、間違っていたら、ごめんなさい)。これでは社会的マイノリティの立場は不利なままです(し要約筆記者や手話通訳者も、せっかく高い技術を身に付けているのに、社会的な立場は不安定なままです)。

 先ほどの入学試験の配慮に対して批判した人のご意見は、どこが変なのでしょう?

 わたしは〈暗黙の了解〉や〈競争の論理〉のルールが、多数者の意見だけで決められている点だと思います。マイノリティの意見は、聞き慣れていないだけに珍奇に聞こえるでしょう。しかし、珍奇に聞こえるからと言って真実でないわけではありません。

 広く市場に認められた技術が「珍奇な障害者支援技術」に転化されている例を紹介しましょう。それは携帯電話です。スマートフォンではありません。プッシュ・ボタンがデコボコの、昔ながらの携帯電話です。スマートフォンは液晶画面でデコボコがないために、視覚を使わない人には使えません。また片手で操作はできたとしても、「できる」というだけで実用的ではありません。そのために左手だけで操作するわたしのような者には、片手にすっぽりと収まらないサイズのものは使えません。

 開発の分野では「リープ・フロッグ」(蛙飛び)という用語が使われているそうです(「役立つはずなのに使われない......」,p. 39)。発展途上国で顕著です。街もない、電気もない、水道も通っていないという村で、携帯電話だけが普及している不思議な場所が、地球上には案外多くあるそうです。そんなところでは家族や地域の人と共有で携帯電話を持ち、100円ほど払って取得した個人のSMSアカウントを利用する。携帯電話は便利です。遠く離れた村の人とでも、家畜の買い付けが交渉できます。バッテリーは「充電屋」にお金を払って充電してもらうのだそうです。

 この「リープ・フロッグ」は、もちろん障がい者にも当てはまります。携帯電話は広く認められた技術です。それが「珍奇な障害者支援技術」にも転化されています。例えばわたしは失語が出る時にも、携帯メールでなら安心してコミュニケーションができますし、視覚を使わない人は電話として普通に使っています。

☆   ☆

 ここまでは障がい者などの社会的マイノリティと普通の人の区別は明白だという前提で書いてきました。ところが現実の我われは、障がい者/非障がい者の境界を、いとも簡単に超えてしまうのです。

 どういうことか説明しましょう。飯野由里子さんは「障害者への割引サービスをずるいと感じるあなたへ」(129ページから146ページ)の中で、こう述べています:


「それまで自分とは歴然と異なる他者として捉えていた障害者が、実は自分と同じかもしれないという可能性に気付いた時、非障害者のなかにはどのような感情がわき上がってくるのだろうか。また、ヤングが指摘しているように、もしそうした感情が障害者に対する不満や敵意として表出され、両者の間に深刻なコンフリクトを生み出していく可能性があるのだとしたら、社会のバリアフリー化を支持するわたしたちの取り組みには今後どのような修正が加えられるべきだろうか。」(143ページ)



 ヤングというのはイギリスの社会学者ジョック・ヤングのことです (1)。彼は、安全な場所にいると思い込んでいる人が何かを不当に奪われていると感じたら、「福祉に依存している者」とか「働けるのに働こうとしない者」といった、(本当はそんなことはないのに)ステレオタイプ化されて描かれがちなマイノリティ(ヤングの元の文章では「貧困者」)に対して、理由なく敵意を抱く(142ページ)と述べています。

 これを読んだ時、わたしは震え上がりました。

 わたしの認識では、特に発達障がいでは定型発達者(つまり普通の人)と「発達障がい者」の間に明白な境界はなく、誰しもが大なり小なり発達のデコボコは抱えているものです。「自閉症スペクトラム」という、最近ではよく聞くようになった言い方はこの認識に立っています。このことを言い直せば「自分は健常だと自負していても、社会のシステムと競争のルールが少し変わっただけで、たちまち『障がい者』に落ちてしまう」人は、案外多いということです。社会システムや競争のルールを変えようなどと言っていると、とんでもない目に遭う。ヤングはそう忠告しているくれているのです。

 次に続きます。

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(1) ヤング,J.C., 木下ちがや・中邑好孝・丸山真央訳 (2008) 『後期近代の眩暈(めまい)――排除から過剰包摂へ』 青土社.
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%B8%E5%B4%FC%B6%E1%C2%E5%A4%CE%E2%C1%DA%F4



三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

ユニバーサル・ミュージアムをめざして75

『バリアフリー・コンフリクト』を読む-1

三谷 雅純(みたに まさずみ)



 『バリアフリー・コンフリクト 争われる身体と共生のゆくえ』 (1) という本を読みました。

 ありきたりの意見が載った本だと、軽く考えて読み始めました。しかし、この本には類書とはまったく異なる論理があり、考察がありました。しかもその論理には説得力があります。いつもこのブログには、値段の安い、手頃な本を紹介するように気を付けているのですが、この本は値段に関係なく読む価値がありました。

 中邑賢龍さん福島 智さん (2) が編者となって、多くの研究者や教員、当事者の言葉を集めて一冊にまとめた本です。立場はいろいろであり、意見もいろいろです。おのおのの著者が自分の頭で考えて書いたのですから当然です。ただし、どの著者の論点も、「バリアフリー・コンフリクトという新しい争いは、どう乗り越えたらいいのだろう」という一点に集約します。そこには経験の反映があり、さまざまな出合いからの思いがあり、実践から得た智恵がありました。決して「どうすれば乗り越えられるのか」という難問に、安心できる解答が提示してあるわけではありません。言ってみれば、この本は自分で考えていくための道しるべなのです。そこに読む価値があると思いました。

 紹介します。

 バリアフリーやユニバーサル、インクルーシブという言葉は、今や常識に近いものになっています。わたしがこのブログを書き始めた頃は、「ユニバーサル・ミュージアム? 何それ?」とか、「インクルーシブ・デザインって流行っているの?」という反応が、博物館人の中からも、現実にありました。それが(自分ではそれらの必要性が実感できなくても)そのような言葉を口に出すことが、ためらわれるようになりました。この数年のことだと思います。

 これはこれでいいのです。ところが、バリアフリーが浸透しても、それによって全てがうまく行くかと言うと、どうもそうではないらしい。バリアフリーが浸透したはずの社会のあちこちで、二次的なバリアー、つまり新たな障壁が目立っているのです。そのバリアーにはどう対処したらいいのだろうと考えて書いたのが、この『バリアフリー・コンフリクト』です。

☆   ☆

 バリアフリー・コンフリクトの例を二つ挙げます。

 視覚で世界を認識しない人が街を歩く時、点字ブロックは欠かせません。多くの点字ブロックは弱視でも確認しやすいように黄色の素材でできており、盲人が使う白杖(はくじょう)でもわかりやすいように、野球のベースより少し小さいぐらいの大きさがあります。しかし、点字ブロックはツルツルしていて、特に車イス利用者にとっては「キャスターの向きが変わって進行方向が定まらない」のです。またデコボコしているために車イスで乗り上げると「振動で体位が安定しない」、さらには「雨天の時は滑りやすい」といった今までなかったバリアーが生まれました(24ページから26ページの「コラム1 〈点字ブロックに見るバリアフリー・コンフリクト〉)。

 ここで「デコボコしているために『振動で体位が安定しない』」という訴えは、当事者でなければイメージしにくいかもしれません。蛇足ですが説明しておきます。体幹を支える筋肉が弱い人や体幹が曲がりがちで真っ直ぐに座れない人がいます。脳性マヒの人はそうです。そのような人が点字ブロックの上を車イスで通ると、姿勢が不安定になって恐いとおっしゃっている、ということです。蛇足でした。

 ちなみに、わたしは歩くとき、車イスはおろか杖(つえ)も使いませんが、それでも雨が降って濡れていると、点字ブロックは滑りそうな気がします。そのために恐る恐る歩いています。あるいは、わざと点字ブロックを避けて歩きます。

 これがバリアフリー・コンフリクト、つまり「バリアフリーの葛藤」の具体的な例です。視覚で世界を認識しない人にとって点字ブロックは、ぜひとも必要な道しるべです。街からなくなれば、この先は危ないのか、行って安全なのかがわからなくなります。しかし、車イスを利用する人にとっては点字ブロックの恐い人がいるのです。

 赤ちゃんを乗せるベビーバギーにも、似たところがあるかもしれないと思ってベビーバギーを押すお母さんのようすを見てみました。しかし、車イスのような大きな一対の車輪と方向を決めるキャスターではなく、ベビーバギーは前輪と後輪が付いているので、点字ブロックの上でも「進行方向が定まらない」ということはないようです。ただし、赤ちゃんに振動が伝わるからだと思いますが、わたしが見ていたお母さんは車輪で点字ブロックをまたぐようにして進んで行きました。

☆   ☆

 別の例を挙げましょう。

 大人は赤ちゃんに呼び掛け、赤ちゃんはその声に反応して笑い、手足をバタバタさせます。これが聴者(=音や音声で世界を認識する人)の赤ちゃんの反応です。しかし難聴の赤ちゃんは音声で呼び掛けても反応できません。音が認識しにくいからです。すると困ったことが起こります。「ことば」(=ふつうは音声言語)の概念が育たないのです。ではどうするかというと、補聴器で音を拡大します。こうすることで音の世界が認識できるはずです。

 もっとも、難聴には伝導性難聴と感音性難聴があります。伝導性難聴は聴覚自体に問題があって起こる難聴ですが、感音性難聴は耳の奥から神経や脳の聴覚を司るところに問題があって聞こえが悪くなります。多くの難聴者は感音性難聴で、たいていは耳鳴りを経験します。

 赤ちゃんの時に補聴器を使い始めた子どもは「音に溢れた世界」を知り、「言語音」を取得する。めでたし、めでたし。

 このように思うかもしれません。しかし補聴器がすべての難聴者に役立つというわけではないのです。補聴器で音を拡大したとしても、聴者が聞くようなクリアーな音は望めず、ノイズに埋もれた濁った音でがまんしなければいけないということは、よくあることだそうです。そこで救世主として現れるのが手話(=視覚言語)の存在です。

 難聴者やろう者にとって、手話はなくてはならない〈ことば〉です。自分に認識できない口話(こうわ:クチビルの形から話を類推すること)で無理をしてコミュニケーションするのではなく、手話だと何でも自由に話せます。手話に支えられた文化、つまり視覚言語という独自の体系で生活することは、難聴者やろう者にとって何とも心穏やかです。

 そして補聴器を使ったり、最近では人工内耳という機器をサイボーグのように手術で耳に埋め込む技術の開発は、手話やろう者の文化を否定するという主張がろう者の側から出されました(木村・市田, 1995)(3)。人工的に「聞こえを良くする」ことは、ろう文化という言語的マイノリティの抑圧だとおっしゃるのです(大沼直樹「人工内耳によって『ろう文化』はなくなるか. p. 65」)。そこに意見の対立が生まれます。これもまたバリアフリー・コンフリクトです。

 そしてバリアフリー・コンフリクトは、点字ブロックや手話の使用にだけ見られるのではありません。もっとも厳しいコンフリクトが社会の主流で生活をする人びと、つまり自分は「健常だと自認する人びと」と「バリアフリー・デザインを必要とする人びと」の間で起こっています。

 次に続きます。

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(1) 中邑賢龍・福島 智(編)『バリアフリー・コンフリクト 争われる身体と共生のゆくえ』(東京大学出版会、2012年 8月初版、2,900円)
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-052024-9.html
barrier free conflict.jpg

(2) 中邑 賢龍さんのホームページは:
http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/research/people/staff-nakamura_kenryu_ja.html
福島 智さんのホームページは:
http://bfr.jp/
盲ろうの大学教員として非常に有名な方です。

(3) 木村晴美・市田泰弘 (1995) ろう文化宣言.現代思想,1995年 3月号,青土社.わたしは2000年 4月に再販された『ろう文化』で読みました。それほど木村さんや市田さんの「ろう者とは母語として手話を使うマイノリティだ」という主張のインパクトが高かったのだと思います。



三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

ユニバーサル・ミュージアムをめざして74

放送音が聞こえるか?

三谷 雅純(みたに まさずみ)


 博物館に集まっていただいて、〈ことば〉の大切さを調べる聴覚実験をしています。と書いても何のことかわからないでしょうから、説明をします。

 ここ10年ほど、わたしは人の多様性について調べることが多くなりました。中でも〈ことば〉は重要です。この5年ほどは、高次脳機能障がいの人に頼んで聴覚実験を受けてもらっています。被験者(実験を受けていただく方を、こう呼びます)になっていただいて、放送を模した録音の音声を聞いていただき、「今の録音はよく理解できた」とか、「一回聞いただけでは理解できなかった」といったことを答えてもらっているのです。

 「高次脳機能障がい」というのは、病気や事故で脳の一部にダメージを負うと、その後遺症でなります。失語症は高次脳機能障がいの一種です。脳の一部にダメージを負うと〈ことば〉が話せなくなったり、聴覚には問題がなくても音声が人間の声として認識できなくなったりするのです――大抵は耳鳴りがして、ノイズが聞こえる人が多いそうです。人によっては物事の決断が付かなかったり、尊大に見える態度をとったりもするようです。そして高次脳機能障がい者に例外なく言えることは、極端な疲れやすさです。わたしもそうですが、何時間か続けて根を詰めた作業をすると、気が遠くなります。そんな時、わたしにとっては、甘い紅茶がごちそうです。

 幸いわたしは(疲れていなければ)言語音(げんご・おん)を人間の言葉として認識できるので、どのような放送でも、わりと聞きわけられます。しかし、高次脳機能障がい者の中には、聞くことが難しい人が、案外多くいらっしゃいます。そのような人には、どんな工夫をしたら放送音を聞いて理解できるようになるのでしょうか。それを、いろいろ試しているのです。これが聴覚実験の目的です。

 それにしても、なぜ高次脳機能障がい者にとっては、それほど放送音が聞こえるかどうかが問題なのでしょうか? たとえ聞こえなくても、身近な人やご家族がいれば、その人がよく聞いていて、教えてあげればいいでしょうに。

 それはそうです。しかし、身近な人といっしょに暮らしている人ばかりとは限りません。独り暮らしの人も多くいるのです。

 ご自分が高次脳機能障がい者だとして、ひとりでいる時に「緊急災害情報」が流れてきたと想像してみて下さい。「緊急災害情報」です。例えば海岸に近いところに住んでいるのなら、「今から津波が来るから、急いで高台に避難しろ」と促しているのかもしれません。大雨の時には、土砂が流れ込れむから、坂の下や川のそばを離れろと言っているのかもしれません。津波の来ない内陸に住んでいるのなら、地震の時は「あわてて外に出ると、かえって危険かもしれない」と言っていることだってあるのです。ところが高次脳機能障がい者は言語音が聞き取りにくく、何を言っているのかがわからないのです。

 放送は娯楽や楽しみだけではありません。生命に関わる重大なニュースが流れることもあります。「緊急災害情報」で、逃げろと呼び掛けているのか、あわてて外に出るなと言っているのかでは対応がまったく異なります。そんな時、工夫のない放送を並べ立てるのでは危険です。どうすれば、わかりやすい放送になるのかを考えておくことは、とても大切なのです。どうすればよいかがわかったら、放送局に言って、いっしょに可能な放送の仕方を工夫してもらえるでしょう。聴覚実験では、その根本の部分を調べようというのです。

 高次脳機能障がい者にとっては、音声の理解は生死を分けるかもしれません。

☆   ☆

 人と自然の博物館のある三田は阪神地区の北側にあります。阪神地区には阪神・淡路大震災がありました。震災の時、わたしは看護師の妻と一緒にコンゴ共和国北部の国境に近い村:ボマサにいました。そしてボマサ村からウエッソという地方都市に出たときに、「西日本のコーベをいう大都市が地震で壊滅した」と聞かされました。それまでニュースというものは何も聞くことができませんでした。わたしはたちの悪い冗談だと思いました。「西日本」と「震災」が、わたしの頭の中ではすぐに結びつかなかったのです。ところが阪神・淡路大震災は現実に起きていました。阪神地区に大きな地震は起きないというのは、ただの神話にすぎなかったのです。

 実験に協力して下さった方の多くが、この震災の経験者でした。当然、実験では聞きたくもない災害情報を、何度も聞いてもらわなければなりません。そうしなければ、信用のできるデータが得られないからです。

 なるべく精神的な負担にならないように、それまでの実験では学校唱歌や童話の絵本を題材にしてきました (1)。得られる結果が同じなら、無理をして恐い情報を聞く必要はないからです。しかし、それだと緊迫感が違います。本物だけが持つ何かは得られません。それで今回は、直接「緊急災害情報」を使ってみることにしたのです。

 聴覚実験で精神的な安全を取るか、実際の放送に近い「緊急災害情報」を取るか。どちらも一長一短がありそうです。ただ、被験者の方は恐いのを押して実験に協力したのですから、わたしには真剣に分析に取り組む義務があります。


Y&F20151114.jpg博物館で聴覚実験を受けていただいた後の若者と家族の会の皆さん。
ひとはくブログに載せる了解をいただいています。皆さん、笑顔が素敵です。


 もちろん高次脳機能障がい者ばかりではなく、普通に放送の内容がわかる人――病気や事故で脳の一部にダメージを負ったことがない人と自然の博物館で働いている人――にもこの実験に協力していただきます。その第一の目的は、来館者の多数を占める若い人から高齢の方まではどんな放送が聞きやすいかが調べられます。そして第二に、高次脳機能障がい者と比較したデータを取ることによって、高次脳機能障がい者の反応がより明白になるからです。

 今まで取ってきたデータの結果は、「人と自然 Humans and Nature」25号 (2) や26号 (3) にあります。

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(1) 小学生向けのお話『くんくんくん おいしそう』を題材に使った時のようすは「失語症者に助けてもらう」
http://www.hitohaku.jp/blog/2012/06/post_1556/
http://www.hitohaku.jp/blog_old/2012/06/post_1563/
http://www.hitohaku.jp/blog/2012/07/post_1564/
にあります。

(2) 「生涯学習施設の館内放送はどうあるべきか:聴覚実験による肉声と人工合成音声の聞きやすさの比較」 25: 63-74.
http://www.hitohaku.jp/publication/r-bulletin/No25_02.pdf

(3) 「聞くことに困難のある人がわかりやすい音声: 視覚刺激の付加により高次脳機能障がい者の理解は進むか」 26: 印刷中.

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

今年のお正月はぽかぽかあたたかく、晴天に恵まれましたね。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。



2016年最初の開館日だった1月3日に開催された
1月のKidsサンデーの様子をレポートします!



毎年恒例のNPO法人 人と自然の会の皆さんによる
「ひとはくのお正月~日本の昔あそび~」が行われました。
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たくさんのキッズの皆さんが凧を作って、深田公園で凧あげを楽しんだり、
羽根つきをしてぽかぽかになったり、昔ながらのお正月遊びを楽しんでいました^^

1月の「自然ってすごいラボ&プレイルーム」のテーマは「まつぼっくり」

「まつぼっくり☆ラボ」では松ぼっくりの実験をしました。
 
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松ぼっくりを水に入れるとどうなるでしょうか?!

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皆さんもお家で実験してみてくださいね。



「まつぼっくり☆プレイルーム」では
大ザル小ザル松ぼっくり入れや、けん玉つぼっくりづくりに挑戦しました。

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にんべん「人」に今年の干支を表す「申」で「伸」(のびる)という漢字になりますね。
今年もキッズの皆さんの好奇心がのびのび~っとのびますように!

次回のKidsサンデーは3月6日(日)です。(2月お休みです。)

ひとはくは今日から冬期メンテナンス休館に入り、2月6日(土)からオープンします!
2月も土日を中心にキッズの皆さんの参加できるイベントが盛りだくさんですので
遊びに来てくださいね!→イベントの予定はコチラをチェック!

            (たかせゆうこ/キッズひとはく推進プロジェクト)


新年 明けまして おめでとう ございます。
旧年中はたくさんのご来館、誠にありがとうございました。
本年も宜しくお願いいたします。


2016年1月4日(月)フロアスタッフとあそぼう♪
「干支のおもちゃをつくろう!」を行いました(*^^)v

今年はサル年ということで、サルの仲間の「オランウータン」を題材とした
のぼるおもちゃを作りました。(^_^)

まずはオランウータンを知ってもらうため、クイズです!
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全問正解できたかな?(*^_^*)

では、のぼるおもちゃをつくります

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完成!上手にのぼっていきます。

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ご参加いただきありがとうございました!

明日より博物館は
 冬期メンテナンス休館  2016年1/6(水)~2016年2/5(金) となります。

2月もイベントのご参加をお待ちしております。ぜひイベントスケジュールをご覧ください。

2月のフロアスタッフとあそぼうタトルクリックで詳細が見れます)
2月6日(土)、7日(日)・・・川でさかなつり
  13日(土)、14日(日)・・・『スイーツの街をつくろう♡』
  20日(土)、21日(日)・・・『たんぽぽモビール』
  27日(土)、28日(日)・・・『おひなさまづくり』

みなさまにお会いできるのを楽しみにしています!

フロアスタッフ くまもとまなみ

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