2014年2月アーカイブ

本館1階に、「板根(ばんこん)とフタバガキ」の展示があります。

板根(ばんこん)

 板根(ばんこん)は、巨大高木(きょだいこうぼく)によく見られ、

幹の基部(きぶ)から根に連続する板状に張り出した部分をいいます。

 

熱帯雨林(ねったいうりん)に多く分布(ぶんぷ)している フタバガキ科の樹木は、巨大な板根が発達しています。この仲間の果実は、風にのって遠くまで散布されるよう、翼(よく)が発達しています。

 

  実物標本

フロアスタッフとあそぼう「くるくるとぶたね」のイベントでは、実物のたねを観察しながら、たねの工作を行います。

模型

 3月1日(土)2日(日)

15時(1450分より整理券配布)から約30分。参加費無料。

1階「板根とフタバガキ」の展示前集合です。

 

ぜひ、ご参加くださいね。

みなさんのお越しを、スタッフ一同、心よりお待ち申し上げます。

 

笹山由利子(フロアスタッフ)

ただいま2階ひとはく多様性フロアにおきまして、

六甲山のキノコ展2014 ~野生のキノコの不思議な魅力~

の企画展を開催しております。≪期間:平成26年2月11日(火・祝)~6月1日(日)≫

 

こちらで2月15日(土)、16日(日)にフロアスタッフとあそぼう

「画はくの日~キノコを描こう~」のイベントを行いました。

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ひとはく博士もさっそく見学にやってきました。

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キノコの標本がズラリと並んでいて圧巻です。

展示室内にはキノコのにおいがわかる体験コーナーもありますよ。

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 ひとはく博士がキノコのにおいを体験しているあいだ、

イベントに参加してくださったみなさんは、スタッフのキノコの説明を真剣に聞いています。

タマゴタケ、ハナビラタケ...などいろいろな種類のキノコに興味しんしん。

昨年末にNHKにて放映された「嵐の明日に架ける旅」の番組内で紹介された「嵐キノコ」の展示もこちらにあります。

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みなさんが描いてくださったキノコの絵は、4階休憩コーナーの壁にかざりました!

キノコの特徴をとてもよくつかんで描いてあるものばかりで素晴らしいですね。

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 イベントにご参加くださいまして、ありがとうございました。

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ちなみに4階休憩コーナー前には、巨大な昆虫模型が置いてあります。

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ぜひ大きな昆虫たちを間近でみてください。 

博物館へのお越しをお待ちしております。

                           (フロアスタッフまつだ)

 

ユニバーサル・ミュージアムをめざして48

人びとを迎えるために-2

三谷 雅純(みたに まさずみ)

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八木 剛さん撮影

 平成26(2014)年2月4日に、人と自然の博物館で「障がい者を迎えるための接遇研修」を行いました。神奈川県立 生命の星・地球博物館の田口公則(たぐち きみのり)さんが「視覚障がい者への接遇」を、わたしが「コミュニケーション障がい者への接遇」を説明しました。今回書くのは、「コミュニケーション障がい者への接遇」のようすです。この話題はわたしの総説を基に構成しています (1)

☆   ☆

 コミュニケーション障がい者とは誰のことでしょう? このことを理解するには、人の一生を思い出してみるのが近道です。人間の一生は胎児とか赤ん坊から始まります。胎児にせよ赤ん坊にせよ、<ことば>は喋れません。言ってみれば、胎児や赤ん坊は「コミュニケーション障がい者(のような存在)」です。

 普通に<ことば>と聞いて思い浮かべるのは音声言語(=発話言語:はつわ・げんご)でしょう。音声言語をうまく使いこなすには喉(のど)の器用さが必要です。自由に音を作り、音を発する。音がなければ発話(はつわ)は産まれません。しかし、喉(のど)の器用さよりも もっと大切なのは象徴性(しょうちょう・せい)です。象徴性(しょうちょう・せい)は、人だけの特徴です。

 「象徴性」とは何でしょうか? 例をあげて説明しましょう。子どもが「車だよ」と言って積み木を手に遊んでいたら、それは積み木を象徴的に「車」と見なしているのです。なぜなら、積み木は木材の切れ端であって車ではないのだし、しかも遊んでいる子どもは積み木と車とは別物だと知っているはずだからです。別物だと知っていて、あえて積み木を「車」に見立てて遊んでいるのです。

 同じように、子どもが座布団を赤ん坊のように負ぶって「あやす」時もそうです。座布団をくるくる巻いて、ちょうど赤ん坊ぐらいの大きさにして背負います。「赤ん坊」を象徴的に表すものとして、座布団を丸めて遊ぶのです。ママゴト(飯事)遊びも、まったく同じです。子どもが集まって雑草の葉を千切(ちぎ)り、ドングリを並べて「食事」を作ります。それをまるで本物みたいに「食べる」(まねをする)のです。

 このような象徴性は<ことば>にも必要です。例えば<バ><ナ><ナ>という三つの音を聞いて、どんなイメージを浮かべたでしょうか? 「バナナ」という単語を知った人なら、あの甘くて黄色の、細長い果物(くだもの)をイメージしたことでしょう。しかし、本来<バ><ナ><ナ>という音の連なりに理由があるわけではありません。<ピ><サ><ン>でも、<ム><サ>でもよかったのです。ところが<バ><ナ><ナ>でなければいけなかった。それは、日本語(や英語やフランス語)には<バ><ナ><ナ>という音の連なりに象徴的な意味が込められているからです。だから、その意味につられて、思わず甘いバナナをイメージしてしまったというわけです。

 元来は連なりにすぎなかった音から物事がイメージできる。これが<ことば>の本質です。ヒト以外の、例えばチンパンジーやゴリラが、音の連なりから何かをイメージすることはありません。人の赤ん坊は<ことば>の象徴性を「理解」し、「音の連なり」を意味のあるものとして捉(とら)えます。そして(健聴なら)聞こえた音をまねし、自分で発音してみて、周りの人の発音と比べるのです。これをくり返すことで、いつしか正しい発音の<ことば>を話すようになる。これが母語の獲得です。

☆   ☆

 コミュニケーション障がい者には、この象徴性の獲得が遅かったり、元もと備わっていた象徴性を導く脳の神経回路が、事故や病気の後遺症で壊れてしまった人たちがいます。知的障がい者や発達障がい者は獲得の遅い人たちですし、失語症者の一部は、その能力が二次的に失われてしまったのです。

 忘れっぽくなったり、自分のいる場所や時代が混乱する失敗は高齢者に多いのですが、若くても出てしまう人がいます。このような人は認知症者と呼ばれていて、コミュニケーション行動や<ことば>に問題が出ることがあります。中には<ことば>を話さなくなる人までいるのです。

 もっと別の理由で、音声言語を話す人とコミュニケーションの取りにくい人がいます。最初から伝達するモードの異なる人たちです。ろう者は生まれつき聴覚を使いません。ですから耳に頼る人のように、赤ん坊の時、「周りの人の発音と較べてみる」ことはありません。その代わり視覚言語が発達します。これはサイン言語とも呼ばれています。つまり手話のことです。

 ろう者は音を聞くことがありません。ですから聴覚に頼る人とは話ができません。話ができない状況を避ける方法はふたつあります。ひとつは健聴者も手話で話すこと。もうひとつは書き文字で対応することです。最近は講演会などに手話の同時通訳を付けることが多くなりました。「手話も自然な言語(=日本では日本語)の一種だ」という認識が広がったためです。また講演内容を同時通訳のように文字で書き、OHPやコンピュータで画面上に表す「要約筆記(ようやく・ひっき)」という技術も普及しつつあります――人と自然の博物館の講演会やセミナーでは、未だにどちらも、全く、ありません(わたしが少し試みています)。

 盲人や弱視者のような視覚障がい者は音声言語での会話が可能です。しかし、絵や風景の説明をしてもらっても、盲人の側がそうした説明に慣れていなかったり、説明をする側が盲人に説明をする訓練をしていないと難しいでしょう。また生まれつき盲(もう)だと、感覚のするどい指先が目のような役目を果たすのですが、例えば「色」や「遠くの風景」、「星座」などは指先で触(さわ)れません。この場合、正確に認識することは難しいのかもしれません。もちろん、盲人や弱視者は、講演会でも会議でも、音声言語が十分に伝わります。それでも視覚情報に頼らねばならない印刷した文字(墨字:すみじ)やコンピュータ画面上の絵とかグラフ、ガラスで囲まれた展示品などは指先で触ることができません。タッチスクリーンで入力をする携帯情報端末や携帯電話は、今、大流行(おお・はやり)ですが、全盲の人には何をしているのかがわかりません。視覚だけに頼る情報は、全盲の人にとって「ない」のと同じです。

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八木 剛さん撮影

 このように、一口にコミュニケーション障がいといっても、多種多様な人がいます。多種多様な人なのですから、対処法もさまざまだと、ついつい思ってしまいます。ところが対処法は、意外なほど単純なのです。

 例えば文章は、全盲の人を除けば:

大きくルビを振る。
(ルビには限りませんが)「おおきく るび を ふる」のような分かち書きを活用する。
活字はできるだけ大きく、文章は少なくする。
絵や写真の多用は有効な事が多い。
絵記号やパラパラ・マンガ、折り紙、バード・カービングやデコイ(=木で作った鳥の飾り物)も利用できる。

以上のことに気を付ければ、多くの人とコミュニケーションできます。

 また発話言語で話をする場合には:

話しことばとともに、話しことば以外のジェスチャーや絵、書き文字などの視覚的な手がかりを与えるように工夫する。
ゆっくり、はっきり、くり返して話す。

といったことが大切だとされています。

 コミュニケーション障がい者に何かを伝えたい時、便利なのがマルチメディアDAISY (2) です。マルチメディアDAISYなら絵や写真が使えますし、文字に書いただけでも、機械が声に出して読んでくれます。ですから、全盲の人も使えます――多くの図書館には、テープレコーダー代わりの、絵の出ないDAISYが普及しています。わたしの書いた『ヒトは人のはじまり』もDAISYにして いただき ました (3) 。しかし、テープレコーダー代わりのシンプルなDAISYは、絵や写真が使えないので、ユニバーサルな利用はできないのです。マルチメディアDAISYになって初めて、全盲者も含めた全員が文章を読めるようになります。マルチメディアDAISYの課題はまだまだ多く、現在、研究開発中です。しかし、順次公開されていて、すでに利用可能です。

☆   ☆

 これからの課題について、ふたつ挙げます。

 ひとつは多様な来館者への対応法です。人と自然の博物館ではフロアスタッフと呼んでいますが、来館者に直接対応する博物館員は、「活字はできるだけ大きく、文章は少なく」とか、「ゆっくり、はっきり、くり返して話す」こととかは、十分、訓練を積んでいます。わたしは、子ども向けのオープン・セミナーでチンパンジーが絵を描いたり、釣り棒をシロアリ塚に突っ込むようすをコンピュータ画面で見てもらうのですが、それだけだと、小さな子は飽きてしまいます。それで、フロアスタッフにお願いして、「おんぶザル」や「だっこザル」の折り紙をしていただくのです。その時は、わたしなど真似ができないほど巧みにコミュニケーションを取ります。小さな子は、わたしの話なんかより、フロアスタッフと折り紙目当てで集まって来ているに違いありません。

 しかし、まだ言葉が喋れない赤ん坊や思春期の青年、高齢者ではどうでしょうか? 「孫にせがまれて参加したお祖母さんが、孫といっしょに折り紙をする」といった例はありますが、赤ん坊(があまりに非現実的なら、赤ん坊を連れたお母さんとかお父さん)や青年、高齢者の楽しめるプログラムや教材は、あまり ありません。このような性や年齢、障がいの有無など多様な人びとが楽しめるプログラムや教材は、これから工夫して創り出さなければ、世の中に多くはないのです。

 思春期の青年向けに作られた絵本として、LLブック(=読みやすい図書)の『赤いハイヒール』 (4) を挙げておきます。

ll_book_red_highhiil.JPG 恋愛やキスをする場面など、普通の絵本にはありえませんが、この絵本は幼児向けに作られたのではなく、文字の読みにくい青年のために作られたので、このような場面が入れてあります。このスライドは、マルチメディアDAISYの『赤いハイヒール』を一部改変して作りました。

 

 ふたつ目は、マルチメディアDAISYの録音素材の問題です。DAISYにせよ、マルチメディアDAISYにせよ、今、商品として売られているものは人の肉声を吹き込んで作られたものです。本をDAISYに作り替えるような場合は、訓練を受けたボランティア・アナウンサーの存在が重要です。ボランティアがいなければ、せっかくの本を楽しめない人が、たくさん、いるからです。しかし、図や写真の入った書類や展示解説など、何でもかんでも人間のボランティア・アナウンサーに録音していただくというのは非現実的です。

 そこで、「ぜひ人工音声で」ということになるのですが、人工音声で作った録音をコミュニケーション障がいのある皆さんに聞いていただくと、結構多くの人が「何を言っているのか、わからない」とおっしゃいます。わたしが説明する声はわかるのに、「人工音声はわからない」とおっしゃるのです (5), (6), (7), (8) 。なぜでしょうか? 単にコンピュータで作る音に慣れていないだけかもしれません。人工音声では<ことば>にとって大事な象徴性を導く脳の回路が働かないのかもしれません。あるいは、人工言語には音響学的な問題があるのかも知れません。事実、人工音声というのは、健聴者にそれらしく聞こえる事が優先され、音響構造は肉声とは異なる点が多いのです。コミュニケーション障がい者にも聞こえやすい人工音声が安価にできれば、DAISYだけでなく、介護ロボットや駅とか空港の自動アナウンスの声も、コミュニケーション障がい者にとって格段に聞きやすくなるでしょう。

 生涯学習施設では既存の学問を学ぶだけでなく、性や年齢、障がいの有無に関わらず、皆で協力して創り上げる楽しみがあります。それは、まさにユニバーサルな空間の創造です。

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(1) 「人と自然 Humans and Nature」24: 33-44 (2013). 「生涯学習施設は言葉やコミュニケーションに障がいを持つ人とどう向き合うべきか: 総説」
http://www.hitohaku.jp/blog/2014/02/04.pdf

(2) マルチメディアDAISYの説明がしてある web ページは:
http://www.iccb.jp/mmd/
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/about/index.html

(3) DAISY版『ヒトは人のはじまり』は、新宿区立図書館に作っていただきました。
http://www.city.shinjuku.lg.jp/content/000125745.pdf
 読みたい人がいれば、地元の図書館や各地の点字図書館に頼めば取り寄せてくれるはずです。

(4) 読みやすい図書『赤いハイヒール』
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/multimedia/redhi.html

 

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『赤いハイヒール』は、知的障害のある若い女性の恋のお話で、シンプルに理解しやすい文章で構成されています。また「障害」のある人たちとその親の思いや、自立への強い願いが「赤いハイヒール」によって象徴的に描かれている本です。この本は1994年、スウェーデンの「読みやすい図書基金」から出版されました。「読みやすい図書基金」は、国の補助を受け、普通の本では理解がむずかしい方々を対象に、「わかりやすい・読みやすい」ということを念頭におき、イラストや写真の構成、レイアウト、文字の大きさ、ストーリー構成、語彙など様々な工夫をした本や新聞を出版しています。『赤いハイヒール』は「世界のバリアフリー絵本展(2002年)」で、国際児童図書評議会から、障害のある青少年向けの推薦図書に選ばれました。((財)日本障害者リハビリテーション協会の web ページに載っていた翻訳者からの推薦)

(5) 失語症者に助けてもらうー1
http://hitohaku.jp/blog/2012/06/post_1556/

(6) 失語症者に助けてもらうー2
http://hitohaku.jp/blog/2012/06/post_1563/

(7) 失語症者に助けてもらうー3
http://hitohaku.jp/blog/2012/07/post_1564/

(8) 「人と自然 Humans and Nature」23: 61-67 (2012). 「DAISYを使ったコミュニケーション障がい者にもわかりやすい展示解説の試み」
http://hitohaku.jp/blog/2014/02/NH23_05_61_67.pdf


 この研修は一般財団法人 全国科学博物館振興財団による平成25年度 科学系博物館活動等助成事業13112「コミュニケーション障がい者にも理解しやすい展示解説技術の研修」(人と自然の博物館,対応者 三谷雅純)として採択されたものです。最後の「これからの課題」にあげた点は、まさに平成25年~27年度 科学研究費助成事業(基盤研究(C))25350404(研究代表者 三谷雅純)で取り組んでいる課題です。関西テレビCSRでは、CSR推進部の森田誠二さんとアナウンサー部の山本悠美子さん、新見彰平さん、製作技術部の水川賢一さんをはじめとする皆さんにお世話になりました。お礼申し上げます。

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

ユニバーサル・ミュージアムをめざして47

人びとを迎えるために-1

三谷 雅純(みたに まさずみ)


IMG_6759_02.jpgのサムネール画像                             貝を使って視覚障がい者の観察法を説明する田口公則さん

                            (神奈川県立 生命の星・地球博物館)(八木 剛さん撮影)

 

 平成26(2014)年2月4日に、人と自然の博物館で「障がい者を迎えるための接遇研修」を行いました。講師はわたしと共に、神奈川県立 生命の星・地球博物館の田口公則さんにもお願いしました。田口さんが視覚障がい者への接遇 (1) を説明し、わたしはコミュニケーション障がい者への接遇を説明しました。自分の経験を基にした話です。普段、障がい者への接遇などあまり考えていなくても、理解していただけるようにと工夫した話でした。聞いていたのは人と自然の博物館で働いている人や一般市民の皆さんです。誠実に講義を聞き、議論にも熱心に参加して下さいました。

 この文章は、コミュニケーション障がい者が読みやすいように工夫してみた ところが あります。そのために、普通はしない表記法やルビの振り方があります。○○さん、こんな事で、わかりやすく なりましたか?

☆   ☆

 田口さんは視覚障がい者が多く通う特別支援学校――田口さんが訪問した時には筑波大学付属盲学校と呼ばれていました――と交流があります。学校に出かけて出張授業をすることもあるそうです。出張授業の内容は、その学校の先生と相談して、一つひとつ、いっしょに創り上げていくのだそうです。

 視覚障がい者が多く通う学校では、どんなことを学ぶのでしょう? そのことを知るために、田口さんはまず、当事の筑波大学付属盲学校の理科の授業を参観させてもらいました。田口さんにとって、このことが、とても大きな影響を与えたそうです。当事、この学校の生物の授業では「肉食獣と草食獣の頭骨を観察する」という課題に取り組んでいました。この学校には、他の学校にはない独特のやり方として、生徒たちが自分でポイントを探り、観察することが挙げられるそうです。授業は何日もかけてじっくりと進みました。田口さんはそこに、普通の学校では忘れられている「理科の本質」があると気付きます。

 もちろん視覚障がい者に「目で見て観察する」という習慣はありません。「指先で触って観察する」のです。時間はかかります。ですが時間がかかる分、より詳しい観察ができます。その上、筋肉の付き方によって表面のざらざら感とか、つるつる感は変わります。「目で見て観察する」ことでは得られない、「指先で触って観察する」事で初めて解る事があるのです。

 例えば猫――肉食獣――の頭骨です。両目は正面にふたつ並ぶように付いているが、山羊や牛――草食獣です――の目は、どちらかと言えば頭の横に付いています。また猫はキバ(犬歯)が他の歯より大きく、奥歯は肉を切り裂くような形だが、山羊や牛は草をちぎって、すり潰すのに便利な歯をしているといった事も解ります。「指先で触って観察する」生徒たちは、そんな事を、何日もかけて自分たちで見つけていきます。場合によっては、指先で軽く弾(はじ)いた骨の音も、発見した事実に含まれていたかもしれません。このような観察が一学期の間に何回も続きます。そうして生徒は「ほ乳類の頭骨」を理解し、「目で観察する」生徒がけっして見る事のない、視覚障がい者が生活をする上で本当に役に立つ事実を積み重ねていくのです。現在の実践でも同じです。この、じっくり観察をして、自分で何かを見つけ出すという「理科の本質」を、何とか博物館でも生かせないものでしょうか? これが、その時の田口さんの思いでした。

 田口さんの授業参観は続きます。学校では頭骨授業のまとめを上野動物園でやらせて もらうことに しました。上野動物園に行けば、普段は触(さわ)れない動物の骨があります。例えばライオンとかカバといった動物のことです。生徒たちは、もう何か月も「触る観察」を続けてきました。その上で新しく経験するライオンやカバなのです。どんな動物かは、あえて教えませんでした。それでも、学校で触った頭骨の知識をフルに生かして、今、触っている動物はライオン、横にいるのはカバと、生徒たちは苦もなく言い当てたそうです。多分、アフリカのほ乳類というヒントはもらっていたのでしょう――でないと、ライオンとトラでは形ばかりではなく、大きさも似ています。区別がつき難(にく)かったはずです。

 盲学校(特別支援学校)で触る観察――触察(しょくさつ)と呼びます――を参観させてもらって、田口さんは生徒たちの観察の仕方が地質調査にそっくりだと思ったそうです。地質調査では、まず沢(さわ)沿いに地層を調べ、大きく把握して、その後で何本もの沢(さわ)に分け入って詳(くわ)しく調べます。これが地層の広がりを把握する方法です。つまり、線状に把握した知識を空間的に広げていくわけです。全体を把握するまでは、とても時間と労力がかかる作業です。このプロセスは、まさに触察(しょくさつ)と同じなのです。

 研修のお話を聞いて、霊長類学者のわたしが感じたことも、率直に書いておきます。視覚障がい者には、確実に、指先から産み出されるイメージが頭の中に組み立てられています。それがどのようなものなのか、視覚に頼るわたし(=三谷)が言葉で表現する事はできない。それでも、「触って産み出されるイメージ」には興味がそそられます。わたしにとって「イメージ」という言葉には、多くの視覚情報が含まれているからです。視覚を使わないで「触って産み出されるイメージ」がどのようなものなのか。想像してみるだけでなく、ヒトの多様さを調べている霊長類学者のわたしは、可能なら、そのイメージを実感してみたい。現代の科学レベルでは可能でしょうか?

☆   ☆

 盲学校で得た経験を博物館にフィード・バックした事例も紹介していただきました。晴眼者のご家族や子どもに「触る」という観察方法を体験してもらうのです。目の前の対象物をじっくりと観察し、自分の言葉で理解する体験です。

 神奈川県立 生命の星・地球博物館には「アンモナイトの壁」 (2) という展示があります。壁一面に、アンモナイトの化石が降り積もっているイメージです。アンモナイトというのは巻貝(まき・がい)のようですが、巻貝の仲間というよりも、どちらかといえばイカやタコに近い動物です。今でも生きている仲間にはオウムガイ(オウム貝)がいます。

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                       ヒオウギガイの貝殻を触って観察してみる。(八木 剛さん撮影)

 見えないように袋に貝殻(かいがら)を隠し、指先で観察をします。よく見かける二枚貝(にまい・がい)は、少し触ればどんな形なのか、だいたい想像が付きます。貝の外側がギザギザしているとか、貝柱(かいばしら)が付いていた跡(あと)には、くぼみがあるとかいった事です。巻貝(まき・がい)も、指先で触ればどんな形かは、簡単に想像できます。ところが、ある小学生がオウムガイ(オウム貝)の殻に指を突っ込んだ時、びっくりしてしまいました。普通の貝のように奥まで指が入ると思って突っ込んでみると、指が壁に触れたのです。小学生は驚いて、「奥がある!」と叫んでしまったそうです。(3) (4)

 アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)の殻は巻貝(まき・がい)の殻と同じように見えますが、触れてみると、殻の中が壁で仕切られているのだと解ります。アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)は、この壁で仕切られた空間にガスを溜め、ちょうど浮き袋のようにして、海の中を浮いたり沈んだりして生活していた(生活する)のです。しかし、その事は殻を外から見ただけでは解りません。触ってみて初めて解る事なのです。

 この体験は、晴眼者である子どもには貴重なものだったはずです。アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)の殻の中には「浮き袋」が備え付けられている。まず学校では教えてくれません。しかも「奥がある!」と叫んだ小学生は、その秘密を自分ひとりで見つけたのです。人生の真実は教科書に書いてあるのではありません。自分で探し出すものです。そして、その秘密は、多くの「触って観察をする人」には、以前から、当然の事であったのかも知れません。この体験は、資料を持つ博物館という生涯学習施設でこそ学ぶ事ができる醍醐味(だいご・み)です。

☆   ☆

 田口さんは学芸員の仕事を、「来館者が自ら驚きや矛盾を見つけるお手伝いをすることだ」と言います。来館者の気が付いたことを、(科学的には少々間違っていたとしても)安易に否定するべきではない。なぜなら、来館者の気づきは、科学的な事実の確認よりも、もっと大切な、興味を引き出すことそのものに繋(つな)がるからだとおっしゃいます。そこには、一方的な解説ではなく、対話を通じた観察の積み重ねがあります。じっくりと時間をかけることができるか? 相手のペースを待つことができるか、です。

 じっくり時間をかけ、相手のペースを待って、対話を通じた観察を積み重ねる。ここに、我われの学ぶべき点があるようです。

 田口さんは化石を含んだ土砂の処理を小学校にまかせて、化石が出たら届けてもらうようにしたことがあったそうです。そして見つけた化石はちゃんと登録番号を付け、その番号を、ひとつずつ小学校に送っていったという事です。何年か後に大学生がやってきて、小学生時代に化石を発掘して博物館に届けたのだが、その化石標本を見せてほしいと申し出ました。博物館に届けたのは、もう何年も前の事です。田口さんはその元小学生に、化石の登録番号を記録した紙は持っていますかと聞いたのですが、もちろん持っていません。それで、うすうすダメかもしれないとは思ったのですが、元小学生の名前で検索をしてみました。すると見事にヒットしたのです。収蔵庫に案内し、その検索結果から棚を探すと、確かにその青年が小学生の時に見つけた化石があったという事です。その元小学生は大喜びをしました。この時ほど、博物館の学芸員でよかったと思った時はないそうです。

 博物館という生涯学習施設は、本質的に50年、100年と続きます。長い年月の間には、力を入れるべき学問分野や、やるべき仕事の内容は替わって当然でしょう。しかし、博物館の仕事は「流行りのファッションを売る仕事」とは違います――「流行りのファッションを売る仕事」を貶(おとし)めて言っているのではありませんよ。社会的責任の取りようが異なると言いたいのです。我われの担うべき社会的責任は、博物館という公共財を維持し、発展させていくことであるべきです。

 わたしの「コミュニケーション障がい者への接遇」のようすは、次に書きます。

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(1) 「ユニバーサル・ミュージアムをめざして」
http://nh.kanagawa-museum.jp/faq/3ronshu/31.html
3周年記念実行委員会 1998 「自然科学のとびら」第4巻第1号3頁より転載

(2) 「アンモナイトの壁をじっくり見よう」
http://nh.kanagawa-museum.jp/research/tobira/archives/8-3/taguchi.html

(3) 生命の星・地球博物館の講座「アンモナイトの壁をしらべよう」のようすは
http://nh.kanagawa-museum.jp/event/report/rp33.html
にあります。

(4) 生命の星・地球博物館の講座「貝がらのふしぎを調べよう~ホタテの巻~」のようすは
http://nh.kanagawa-museum.jp/event/report/rp43.html
にあります。

 この研修は一般財団法人 全国科学博物館振興財団による平成25年度 科学系博物館活動等助成事業「コミュニケーション障がい者にも理解しやすい展示解説技術の研修」(人と自然の博物館,対応者 三谷雅純)として採択されたものです。

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

HPでもお伝えしていたように第9回共生のひろば 発表会がホロンピアホールで行われました。
地域の活動団体や高等学校を含め13団体が、地域の自然・環境・文化に関する市民活動の輪を広げる目的として発表してくれました。

はじめに基調講演として河合名誉館長より「争うのが嫌いな平和主義のサル」と題して講演がありました。

 

       河合雅雄名誉館長の基調講演

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共生のひろば 発表の様子

 

 会場の様子

発表会は、本日で終わりですが展示会(ポスター・作品発表)が4月6日まで開催されています。
発表会に参加できなかった団体を含め、39団体の研究や活動の成果がまとめられています。


 

 

 ポスター発表 作品展示の会場 「ひとはく 3階展示フロアー」


地域で活動されている各団体のこの素晴らしい研究や成果は一見の価値あり!
是非一度ご覧下さい。

情報管理課 阪上勝彦

平成16年5月、岸本眞五氏(姫路市在住)により洲本市にて発見されたハドロサウルス科恐竜化石が、ひとはくに寄贈されました。
第9回共生のひろば 発表会の中で、人と自然の博物館 中瀬勲館長より岸本眞五氏に感謝状が贈呈されました。

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    ホロンピアホールでの贈呈式の様子     中瀬館長より岸本眞五氏へ感謝状の贈呈 

寄贈された標本は、本日よりひとはく3階 丹波の恐竜化石展示コーナーで「洲本産恐竜化石の臨時展示」として展示しています。

洲本市産恐竜化石の臨時展示

また共生のひろば展では岸本眞五氏による「淡路島の和泉層群から産出する脊椎動物の化石」としてポスター発表および実物化石も展示しています。

共生のひろば展でのポスター発表および化石の展示


是非一度ひとはくにお出かけください。詳しくは、下記項目をご覧下さい。

 ■兵庫県洲本市の和泉層群(後期白亜紀)から産出したウミガメ類化石について

 ■兵庫県洲本市産ハドロサウルス科恐竜化石を寄贈された岸本眞五氏に感謝状贈呈

 

情報管理課 阪上勝彦

ユニバーサル・ミュージアムをめざして46

 

「気が付くと『ユニバーサル社会』が出現していた」のご感想など

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)


 「ユニバーサル・ミュージアムをめざして42:気が付くと『ユニバーサル社会』が出現していた」 (1) には、思いの外、多くの方からご感想をいただきました。ありがとうございます。このひとはくブログで、いくつかを紹介いたします。文意を変えないように気を付けて、わたしの責任で、一部、書き直しています。

 わたしが提起した話題は、ある大学で本当に起こっている事です。だからだと思いますが、大学の現教員や元教員の方からの感想が多く寄せられました。どの方も「学生の現状には、ほとほと困り果てている」という事だと思います。ただし、わたしの意図としては「学生の受講態度を非難する」のではなく、「将来が想像できない(学生を含めた)人びとの姿に気が付いた」という事でした。ある方はその事を、

 ひとはくブログを読ませていただきました。気付かないうちに出現していた「ユニバーサル社会」は確かに居心地が悪く納得できませんね。市民も受け身で自ら動き真理を探究してはいないという印象です。「大学」とは名ばかりの場所の住人の,こうした振る舞いは,しばしば耳にします。これでは三谷さんの目指す「ユニバーサル」な社会は遠いと思います。同時に三谷さんの「ガッカリ」さも想像します。残念ですね。理想の状況ではないのに,気がつけばそうだったなどということがないよう私達もいつも目を覚ましていないといけないな,と思いました。

と書いて下さいました。別の方は、もっと直接的に、

 底辺私立大学の現状は、ほんとうにひどいです。

と書かれましたし、

 今回のひとはくブログに考えさせられました。今の社会、夢や希望はどこへ行ってしまったのでしょうか……。

と書いて下さった方もおられます。

 よくわたしに感想を下さる ある男性は、具体的な事例や意見を交えて、次のように書いておられます。

 『ユニバーサル・ミュージアムをめざして42』を読んで驚きました。大学がおかしくなって来ている事は、新聞で読んだり、ラジオで聞いたりはしていました。三谷さんが実際に変になっている大学へ教えに行っておられたとは、というところです。

 まだ会社で働いていた頃、新しく入社して来た若い人々の中に、「そんな事は、教えてもらっていません。」などと言う人が混じるようになって、「へえっ」と違和感を持ったものです。殆(ほとん)どの人は大卒で会社員になっているのに、仕事の事で、そんな事は教えられていませんと言うのは、どういう事かと思いました。私らが入社した頃は、先輩が色々と教えてくれるという事などありませんでした。自分で、本や雑誌などを読んで、仕事の事を調べたり、先輩がやっているのを見て覚えたりするのが一般的でした。私の場合、入社したのは小さな会社で、私の担当になった部署に先輩は居ませんでした。研修先で教えていただいた仕事上の参考文献を購入し、仕事をして行ったものです。それと、時々は工業研究所の先生に相談しに行ったりしました。

 ○○市で中学に入学した時、校長先生が祝辞で、「君達は、今日から子供ではありません。大人の仲間入りをしたのです。今日からは、責任を持って、紳士として行動しなさい。」と言われました。“紳士”とは何の事かと思ったのですが、要するに大人らしくしろと言う事だと理解しました。急に大人としての自覚が持てるものでもないのですが、先生方が子供扱いしてくれないので、その内 何とはなく それなりの自覚を持つようになるものです。

 今は、高校生でも子供扱いしていませんか。高校生だけではなく、大学生すら子供扱いしているのかも知れません。それで、三谷さんが教えに行っておられた様な幼稚な大学生が居る大学ができてしまったのかも知れません。

(中略)

 人によるのかも知れませんが、早くに子供扱いを止めてしまうと、それなりに大人として振る舞えるようになるのではと思うのですが、如何(いかが)でしょうか。(○○市の中学校のように)中学生には、大人の自覚を持つように教育方法を変えて行くのも、一つの方法かも知れません。

 (私より)ずっと年上の方の中には、昔のように兵役を取り入れるべきだなどと言われる人もあるようです。子供っぽい高校生らには、何か社会訓練を義務付けると、大人の自覚が持てるようになるかもと言う方も居ます。

 日本が豊かになった結果の現状なのかも知れません。いよいよとなれば、生活保護も受けられますし。昔は、生活保護を受けるのは恥しい事だという意識があり、苦しくとも一家全員で頑張っていたようだと妻が言っていた事があります。他人からの援助、行政からの援助も潔(いさぎよ)しとしない意識も、子供を早く大人らしくする事になっていたと思います。

☆   ☆

 中学校で教えておられた元教師で、兵庫県域の水生昆虫にも詳しい西村 登さんは、

 ブログに「大学生と呼ぶのをためらうほど幼く……授業は成立しませんでした」とあります。他の方の著書を読んでも、現代の大学生の授業態度の悪さ、話を聞かない態度を嘆いておられました。小・中・高でも同様のことがあると聞いています。私は幸い体験していません。(三谷さんが話題にしておられる場所は)「大学」という名前の付いた営利企業ですから、昔の大学の理想の形とは程遠いということでしょうか。

と書いた上で、

 「幼稚な学生を定年退職した高齢者が教える」とありました。私も、数年間、小学校の環境体験学習の支援講師として十校余に出かけました。幸い児童(小3)たちは 私の授業(野外活動と内業)に集中して参加してくれ、担任から「子供らがこんなに集中したのははじめてです」と言って頂きました。

「今日はカゲロウさん、トビケラさんが先生です。仲よしになってほしいな」と 小3の子供たちの感性に訴えたこと、子供の目線で全力で子供たちに相対したこと、担任に事前にあって話し合い、合意の上、側面から支援したこと、私自身楽しかったことなどが成功した要因であったと思います。

 以上、私の小さな体験をくどくど述べましたのは、指導者は学習者の目線に立って支援することの大事さを子供たちから教えられた……ということをお伝えしたかったのです。

 そして昔の大学教育は子弟間のつながりが深く、師や先輩に感化されるという点が多く、かつ少数精鋭のエリート教育だったということでしょう。

と書いて下さいました。元大学の教員をしておられた方は、次のような感想を寄せて下さいました。

 大学生の教室風景がユニバーサル社会だというのには、笑ってしまいました。なるほどそういう見方もあるのか……という感じです。世の中、病気もしない、どこも悪くなくても、そういう(ユニバーサルな)状態ってあるんですねぇ。

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(1) 「ユニバーサル・ミュージアムをめざして42:気が付くと『ユニバーサル社会』が出現していた」

http://hitohaku.jp/blog/2013/12/post_1820/

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

ひとはく は 長い間メンテナンス休館をいただいていましたが、いよいよ本日より開館です!

開館を待ちわびていたのか?

最初に訪れたのは・・・大雪のお客様でした!

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朝からの雪で5センチ以上積もっています。

ここは空気がとってもきれいだから

積もった雪はさらさらで真っ白です。

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でも寒さを忘れて子ども達は元気に遊んでいます。

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真白くなった深田公園を笑顔で走りまわって、

疲れたら雪のふかふかのお布団でひとやすみ。

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寒くなったら、ぜひ博物館に暖まりに来てね♪♪

              情報管理課 船越

ひとはくの避難訓練

2014年2月 7日

メンテナンスによる冬期休館も本日で終了。明日からの開館に備え、三田消防署の指導でひとはくでは防災訓練を実施しました。

館内各フロアからの避難誘導、非常持ち出し、救護活動など各職員で再確認しました。

 

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         避難を終えたひとはく職員                  「火災発生!」

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         消火器を使った消火訓練                  「消火成功!」


ひとはくは、1月6日から2月7日(金)までメンテナンスのため休館していましたが、2月8日(土)から通常通り開館します。皆様のご来館をお待ちしています。 

 情報管理課 阪上勝彦

みなさ~ん、お久しぶりです!

 

○○くんに○○ちゃん、○○ちゃんのお母さん、○○くんのおじいさま。みなさんお元気でしたか?

 

元気なお友達は、しばらく会わないうちに背が伸びたのではないですか?

 

長~いお休みを頂き、博物館もスタッフもリフレッシュ充電完了です(*^_^*

 

メンテナンス休館も2月7日(金)で終わり。
/8(土)から開館します♪

 

image001.gif早くみなさんに会いたいな~~~

みなさんのお越しを心よりお待ちしております。

           フロアスタッフ一同
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