ヒトの<こころ>の進化などー1

障がいのあるネアンデルタール人は幸せだったか?ー1

三谷 雅純(みたに まさずみ)


 イラク北部からイラン西部、トルコ南東部にかけては、クルディスタンと呼ばれる地域が広がります。山岳地帯で、「国を持たない最大の民族」であるクルド人が住む地域として有名です。ちなみに「クルディスタン」は「クルド人の土地」という意味です。「アフガニスタン」や「パキスタン」と同じく「-イスタン」という接尾辞が、「~の土地」とか「~の多く住む場所」を表しています。クルディスタンのイラク北部は、とくにクルド人自治区と呼ばれ、一時は観光産業や油田で活発な経済活動をしていたのですが、その後、独立を求めるクルド人自治区の住民投票に対して、見せしめのためでしょうか、イラク政府は今でも経済封鎖をしているそうです。

 そのクルド人自治区のトルコとの国境に近いあたりに、シャニダール洞窟があります。洞窟の中は広く、ウェブで見ると、小さな村ならすっぽり一つ入ってしまうような空間です。このシャニダール洞窟からは、ネアンデルタール人の骨が10体も見つかりました。

 広場のような洞窟で見つかった何体ものネアンデルタール人です。今は滅びてしまったネアンデルタール人の生活や価値観――何を大切に思い、どのように扱ったのか――、そして運がよければ、ネアンデルタール人の価値を象徴するもの――例えば現生人類のお墓で言えばマンモスの牙で作ったビーズや、東アジアの例ですが埴輪(はにわ)などの人形、太刀など――が見つかるかもしれません。ビーズや埴輪(はにわ)は、それがあるからといって生命を長らえさせるものではありません。しかし、わたし達と同じようにネアンデルタール人にも、抱くイメージ、つまり象徴性があるのならば、役には立たないけれど、それでも大切にしたかった何かが見つかるのではないか? そんな期待が膨らみます。

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 ネアンデルタール人の遺骨のまわりの土からは花粉が見つかりました。

 思考をめぐらせた研究者は、最初、この花粉は死者に供えられた花束からこぼれたのではないかと考えました。現代の葬式のように、ネアンデルタール人も死者を送る儀式を行ったのかもしれない。ということは「花束」が死者とその死を悼(いた)む象徴物ということになります。そればかりではありません。「死後の世界」さえも信じていたのかもしれない。わたし達は、豊かな精神性は我われだけのものだと思い込んでいます。しかし、ネアンデルタール人が死者を悼(いた)むのなら、彼らの精神性は我われと同じではないのでしょうか。そう思えてきます。

 でも本当でしょうか?

 実は、その後、いろいろ異論が出てきました。ある研究者は、風に運ばれた花粉が土に混ざっただけだと言い、また別の研究者は、ネズミか何かの小動物が集めてきた果実や花に付いていた花粉だと主張しました。つまり、ネアンデルタール人の精神性を、必要以上に高く見積もらなくてもいいと主張したのです。

 わたしは「埋葬と花束」の議論よりも、ずっと気になっていたことがありました。それは研究者にシャニダール1と呼ばれている高齢男性の遺骨のことです。シャニダール1の年齢は40歳から50歳と見積もられているそうです。

 「40歳から50歳」で高齢とは、おかしなこと言っていると思うでしょうか? わたしはアフリカ中央部のコンゴ共和国で、友だちの40歳の誕生日を祝う集いに参加したことがあります。その人は男性の外交官で、地方の村に住むのではなく、ブラザビルに家を持っていました。ブラザビルに住む人は栄養も良く、医療も整っています。男性の生活は、わたしの生活と同じように思えました。そのお祝いの席で挨拶に立った男性が「40歳まで生きる幸運は誰にでもあることではない」と言ったのです。それを聞いてわたしは、コンゴ共和国では人生のとらえ方が違うのだと思い知りました。

 日本人の平均寿命は、今や男女とも80歳を越えたそうです。当時のコンゴ共和国ではもっと短かったでしょう。しかし、生きた生物は、いつか必ず死にます。長く生きた人と早く生涯を終えた人のどちらが偉いというわけではありません。寿命が長いか短いかは本質的な問題ではありません。寿命の長さは相対的にしか測りようがないのです。

 実のところ、ネアンデルタール人の「40歳から50歳」は、十分に長寿だと思います。そして何よりもわたしが驚いたのは、シャニダール1には片手がなく、片目が見えず、うまく歩けなかった上に、聴力にまで障がいがあったということが分かったのですTrinkaus and Villotte, 2017 in PLOS One)(1)

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 ネアンデルタール人は狩猟や採集を生業(なりわい)とします。山岳地の狩猟では、丈夫な足腰とつよい体幹が求められるでしょう。そのような環境で障がい者が何かの役に立ったでしょうか? 通常は、何の役にも立たないでしょう。しかし、シャニダール1は飛び抜けて長寿だったのです。重度の障がいを負いながらです。ネアンデルタール人の間には、無償のケアが成立していたとでも言うのでしょうか?

 そうかもしれません。カラハリ砂漠に住むサン(ブッシュマン)やアフリカ中央部の熱帯雨林に住むピグミーは、よく「平等な社会」だと言われています。これは狩猟能力に差があっても――狩りのうまい人、へたな人がいるのは当然です――平等に獲物を分けるのです。老人や障がい者も平等です。そしてこれは、「神の前では平等だ」ということを体現しているのです。

 もちろんサンやピグミーに体系化された高等宗教はありません。その上、現生人類とネアンデルタール人は違います。ですから、ネアンデルタール人が平等主義者で、「重度の障がい者にも同じだけの肉や野草を分ける『無償のケア』が成立していた」と言いたいわけではないのです。そうではなくて、あたかも「無償のケア」に見える狩猟採集する民であれば、おのずと一定の価値観があったのではないか。それは現代の狩猟採集民の思考から類推すると「神」の概念が一番ありそうに思えると言いたいのです。

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 あるいはいっそ、このネアンデルタール人の集団は、高齢な障がい者に特別な意味を認めていたのだとしたらどうでしょう。例えばネアンデルタール人と彼らの神や精霊をつなぐシャーマンです。

 今は京都精華大学マンガ学部で教え、自分でマンガ『ナチュン』をお描きになっている文化人類学者の都留泰作さんは、京都大学の大学院生時代にピグミーの精霊儀礼を研究されています(都留, 1996; 2014(2), (3)。都留さんによれば、ピグミーは森に住む精霊を信じていて、自分たちと同じように森を移動し、キャンプを作り、儀礼では人に憑依して人を威圧したり、中には道化のように振る舞って踊るのだそうです。

 わたしはこの論文を読んで、日本でもかつて盛んだった正月の「門付け」を連想しました。「門付け」は稲の取り入れが一段落した農民が各地をまわり、言祝(ことほ)ぐための芸能を見せたもののことです。「門付け」から現代の漫才が起こり、また神社のお神楽(かぐら)や、仏教の「説教」もここから起こったそうです。わたしの祖母は子どもの頃、四国の高松に住んでいましたが、村むらをめぐって、面白おかしくお「説教」をするお坊様のことを懐かしく話してくれたものでした。

 ピグミーの精霊は人びとの間の諍(いさか)いや、ギクシャクした仲間関係を修復してくれます。日本の「門付け」は稲作農耕と深い関わりがありますが、ピグミーは農耕が大の苦手です。少なくとも、わたしの知っているピグミーは苦手でした。

 ネアンデルタール人のシャニダール1がシャーマンだとしたら、どんなことしたでしょう? ネアンデルタール人が狩猟や採集を生業(なりわい)とすることを考えれば、シャニダール1はピグミーの子どもたちに愛される道化のような精霊ではなくて、威圧的に振る舞い、時には仲間にとっても危険な存在であるシャーマンだった。そんな気がします (4)。

 次に続きます。

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(1) Trinkaus and Villotte (2017) External auditory exostoses and hearing loss in the Shanidar 1 Neandertal. PLOS One
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0186684
が原典ですが、日本語で書かれた GIZMODO のページ:
https://www.gizmodo.jp/2017/10/neanderthals-with-disabilities-survived.html
も見つけました。

(2) 都留泰作 (1996) バカ・ピグミーの精霊儀礼. アフリカ研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/africa1964/1996/49/1996_49_53/_pdf/-char/en

(3) 都留泰作 (2014) カメルーンの森に踊る精霊. FIELDPLUS
http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/78072/1/field-11_p14-15_kai.pdf

(4) 農耕民であるバンツーも精霊の存在は信じています。しかし、それは人に害をなす危険な存在だと見なしています。かつて、わたしがいたカメルーン南西部のカンポに住むバンツーは、精霊をマキザールと呼んでいました。マキザールは自然霊で、悪霊だということでした。それに比べてカメルーン南東部に住むバカ・ピグミーの精霊は、おどろおどろしい悪霊ということは無く、威圧的に振る舞う精霊も出てきますが、たいていは子どもに人気のあるコミカルな精霊です。まるで着ぐるみのようです。




三谷 雅純(みたに まさずみ)
コミュニケーション・デザイン研究グループ
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

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