ユニバーサル・ミュージアムをめざして72

「柳に風」
「河合雅雄さんがおっしゃったこと」へのご感想-2

三谷 雅純(みたに まさずみ)


 このブログは、自分では認識できない多様な人びとの感覚や世界観もあるんだとおもしろがって書いています。河合雅雄(かわい まさを)さんの書かれてきたことも、本質は同じだと思います。

 前回書いた兵庫県宝塚市のシンポジウムでご一緒した日本脳外傷友の会の東川悦子さんは、河合さんの「柳に風」について、こうお書きです。


 本日の「柳に風」のお話も、東京下町生まれの私にとっては、ちょっと反省させられるお話しでもあります。まあ最近は歳のせいか、まともにあちこちにぶつかって、喧嘩を吹っ掛けることはなくなりましたが......。

 <ケ・セラ・セラ>と思う反面、日本脳外傷友の会を立ちあげた動機も、あまりにも脳損傷者への施策が何もなっかったことへの怒りから発しています。運動を始めてみれば、あちこち問題だらけ。そして今や、日本国憲法さえもあやしくなっているという世の中に、怒らずにはいられないという気もします。

 5歳で終戦を迎え、子供ながら、焼け野原(の中)で、絶対戦争のない平和な国を作ろうと思っていたのですから。その後70年も頑張って働いてきて、 こんな世の中しか作れなかったのかと思うと、死んでも死にきれないという気もします。

 一方で、なるようにしかならいのだから、<ケ・セラ・セラ>。今日も元気に終わった、明日も元気に働こうとも、思うのですね。

 忙しい日々の中で、「あれ、こんな花が咲いた!」と喜んだり、おいしいもの食べて満足したり、単純なものです。

 「昨日又、かくて ありけり、明日もまた かくて ありなん」(1) の東川です



 姫路循環器病センターで言語聴覚士をなさっている高月容子さんも、似た感想を送って下さいました。


 毎日カリカリしながら生きていく中、この度の『柳に風』のお話はとても身に染みました。

 これからは『柳に風』を思いながら、出来るだけ肩のちからを抜いて生きていこうと思います。



 中西祥子さんは高次脳機能障がい当事者の立場から、次のような感想を送って下さいました。文意を変えないように気を付けながら、少し読みやすくしました。中西さん、これでいいですか?


「柳に風」の話 ほんとうに 私も そう思いました。

私は 子供時代から 心臓が 悪い事は わかってたけど、私には ナカナカ(なまじっか)体力が あったのです。心臓の事には自覚が ないし 対策も 何もしてないので、心房細動の不整脈が原因で 脳梗塞に なったのです。それで 後遺症が 残りました。

8年前に (別の)大きい病気をしたので 自覚しようとしてます。頑張り過ぎないように してます。

私の後遺症の「失語症」と「聴覚失認」は、脳の中で 別々に起こっていると 思っています。

(脳梗塞の)入院時に 担当の先生から 「一過性脳虚血発作(TIA)が 以前から2~3回 あったと思います」って 言われた。入院の時から 「前ぶれ」のような事が 気づきに(なって、)思い出しました。その時から 妹と筆談でコミュニケーションが 出来ました。

通院の時に 難しい本で(=を示して) ST(=言語聴覚士の)先生から「聴覚失認」(とは、どういうものか)を教えてもらいました。

「一度の脳血管障害で 両側の聴皮質や聴放線が障害されることはまれで、多くは過去に脳血管障害の既往(きおう)があり、そのときは一次的に片麻痺や失語症状が出現するが回復し、そのあとに反対側の大脳半球に脳血管障害が生じて、初めて言葉も音楽も聞き取れなくなる。」

「(中西さんの)聴皮質あるいは聴放線が損傷されているにもかかわらず、聴覚作用は完全に失われることはない。残存聴覚作用は脳のどの部位で認知されているのか。単なる半射作用なのか、まだわかっていない。大脳に副次的な聴皮膚の在存がありうると推測している。このようにもう一つの聴覚神経系は脳のどこにあるかを明らかにすることが大きな課題として投げかけられている。」

私の障がいを このメモでは 解りました。それで 前向きに できました。



 以前のこのコラムで登場をお願いした関 啓子さん (2) は、ご自身が神戸大学で言語聴覚士を目指している学生に教えている方です。また高次脳機能障がい当事者でもあります。


 私にとって「柳に風」と言う河合雅雄さんの発言は、レジリエンス(=回復力や復元力)という意味に解釈され、大変深い内容と思います。クローズアップ現代でも取り上げられた「折れない心」を意味します。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3486_all.html

番組によれば、(ナチスの行ったユダヤ人や障がい者に対する)ホロコースト(=大量虐殺)を経験した子どもたちの調査の結果、落ち込み前向きに進めない子どもがいた一方で、トラウマを乗り越え前向きに明るく生きた人たちもいたそうです。

その人たちに共通する性格傾向は、逆境にあっても楽しみを見出す、ユーモアを解するなど人生に前向き・肯定的とくくれるようなものであったとのこと。

私は自分の経験を語るとき、よくこの言葉を借用しています。


 皆さん、ありがとうございます。

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(1) 「昨日又、かくて ありけり、明日もまた かくて ありなん」は、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」の二番のはじめ「昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ」から取ったものだと思いますが、東川さん、違いますか?

(2) 関 啓子さんのホームページは、
http://brain-mkk.net/
です。


三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

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