世界遺産に指定されている屋久島は、コケ植物の宝庫でもあります。これまでに665種以上が屋久島から報告されていて、これは日本全国の40パーセントにもなります。これほどたくさんの種が生育できるのは、温暖な気候と豊富な雨、そして急峻な地形がもたらす多様な環境が屋久島に備わっているからです。

 しかしながら、日本の他の地域等同様、ここ数年のヤクシカの個体数の急激な増加などが原因で、豊かな森もその林床の植生が破壊され、その影響はコケ植物にも及びつつあります。

 

 屋久島のコケ植物絶滅危惧植物の分布の現状を把握するため、2004年から2008年にかけて、環境省の依頼により広範囲に調査を行いました。その成果、これまで本州中部山岳からだけ知られていた蘚類を宮之浦岳山頂から見いだしたり、キノボリヒメツガゴケと命名した新種を見つけたりしましたが、中でも一番派手な成果は、新属新種となるヤクシマコモチイトゴケを見いだしたです。

 このコケは、小杉谷や白谷雲水峡、あるいはヤクスギランド周辺といった、島内でもコケ植物が豊富な場所に生育しています。林内の細い流れの近くで、一年中良く湿っていて、時折日が差すような場所に生える背の低い灌木の枝に着生しています。初めて見たときは、屋久島には普通にある、良く似た別の種と混同していました。ですが、念のため証拠となる標本を持ち帰り、顕微鏡の下で詳しく調べてみると、全く異なる形をしていることがわかったのです。ただヤクシマコモチイトゴケは雌植物だけしか知られておらず、胞子体(植物の花に相当します)をつけません。少し伸びた枝先の葉の間に線形の無性芽(むかご)をつけますから、おそらくは無性的に繁殖しているものと思われます。

 

 新種を学界に報告するためには、どの仲間かを確定しなければならない決まりになっています。つまりどの属に所属させるかをはっきりさせないと新種の記載ができないのです。ですが、そのためのもっとも有効な手だとなる胞子体をつけていませんから、しばらくの間、ヤクシマコモチイトゴケを報告することができませんでした。このとき役に立ったのが、犯罪捜査でも活用されているDNA塩基配列の差異を利用する方法です。葉緑体遺伝子上に載っている一つの遺伝子の塩基配列情報を、たくさんの既知の種のものと比較することで、どの仲間に含まれるかを推定するわけです。私にはこのような技術がありませんでしたら、カナダ在住のコケ研究者に実験を依頼することになりました。

 

 その結果は、新種どころか属という、もう一つ上のレベルで、これまで知られているものと違っていることがわかったのです。これは本当に驚きでした。形態の相違に基づいて正確な判定が下せなかったのは、分類学者としての能力が劣っていることでもあり、決してほめられたことではありません。とはいっても、客観的な情報によって結論を出すことができた点では、胸をはることができると、自分を慰めたりもしています。

 

 普通種だと思ったとしても、なんだか少し違うなぁと感じるところがあれば、とりあえず証拠となる標本を採取しておくこと、そして持ち帰ってからしっかりと調べるのがとても大切なことなのですが、今回の一番の教訓は、判断材料にこまったときは仲間を頼って、より多くの情報を得るように努めることで道が開かれるということです。分類学というのは、個人による孤独な作業ばかりではなく、複数の分野の専門家が連携して事に当たるという協同作業でもあることをあらためて実感することができたのでした。

 

(自然・環境評価研究部 秋山弘之)

 

 

20100930A-1.jpg写真1 薄暗い林内で、黄緑色の光沢のある短い枝を出して、灌木に着生するヤクシマコモチイトゴケ

 

 

20100930A-2.jpg写真2 明るい場所ではなく、林内の薄日が差し込む程度の、小さな沢沿いのよく湿った場所にヤクシマコモチイトゴケは見つかる

 

 

20100930A-3.jpg写真3 記載論文に使った解剖図

 

 

20100930A-4.jpg写真4 新種として報告されたキノボリヒメツガゴケ

 

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