ひとはく研究員の発表論文紹介(2023年)
日本の太平洋岸における外来フジツボの緯度勾配に沿った遺伝的変異の欠如と時間的な安定性
論文名:Lack of a genetic cline and temporal genetic stability in an introduced barnacle along the Pacific coast of Japan著者名:頼末武史
公表雑誌名PeerJ 、10巻、e14073、2022年
doi:10.7717/peerj.14073
内容紹介:東北以北の太平洋岸に定着している北米原産の外来種・キタアメリカフジツボを国内各地で採集し、遺伝子型(A-C型)を調べました。原産地では緯度勾配に沿って集団中の遺伝子型の割合が変化することがよく知られていますが、国内ではそのような変化が見られませんでした。また過去の文献データと比較すると、本種が発見された2000年代から現在にかけて遺伝子型の変化がないこともわかりました。これらの結果から、2000年代から現在に至るまで、国内の本種の起源は原産地の北部(カナダ~アラスカ沿岸)であることがわかりました。
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キタアメリカフジツボの潮間帯上部(左)と中部(右)でのミトコンドリアDNAの遺伝子型の割合 |
アズキゾウムシの実験進化においてメスでのみ見られた再交尾率と交尾時間の応答
論文名:Female-limited responses in remating rate and mating duration in the experimental evolution of a beetle Callosobruchus chinensis著者名:Daisuke Kyogoku・Shigeto Dobata・Rui Takashima・Teiji Sota
公表雑誌名:Journal of Evolutionary Biology、 36巻1号、309-314、2023年
doi:10.1111/jeb.14141
内容紹介:繁殖機会をめぐる競争があると、特にオスで父性を確保するような適応が進化すると期待されます。ただしオスの適応はメスにとっては不都合なことがあります。ややこしいことに、オス間の競争は間接的にメスを健康にする可能性があります(優良遺伝子仮説)。健康なメスはオスの適応に対抗できるかもしれません。実験的に室内で昆虫のアズキゾウムシを進化させたところ、優良遺伝子仮説を支持するような交尾行動の進化がメスでのみ見られました。
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アズキゾウムシの交尾 |
同種個体の微かな化学的痕跡はフジツボ幼生の着生を遅らせる
論文名:Faint chemical traces of conspecifics delay settlement of barnacle larvae著者名:北出汐里・遠藤紀之・野方靖行・松村清隆 ・安元剛 ・井口亮 ・頼末武史
公表雑誌名:Frontiers in Marine Science 9巻、983389、2022年
doi:https://doi.org/10.3389/fmars.2022.983389
内容紹介:海洋生物のフシツボは交尾をして繁殖するため、同種個体が集まることが知られています。成体は岩盤などに固着して移動できないため、成体になる前のキプリス幼生が化学物質などを頼りに繁殖相手となる仲間がいる、生息に適した場所を探索します。キプリス幼生が探索の手がかりにする化学物質の一つとして、成体が分泌するフェロモン(WSP)が知られています。私たちの研究グループは、室内実験の結果を基に、このフェロモンが少しだけあると仲間がいる生息に適した場所が少し離れた場所に確実に存在するという情報となり、キプリス幼生がその場所の探索を継続するという仮説を提唱しました。
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フジツボの成体個体が分泌するフェロモン(WSP) を介したキプリス幼生の生息場所探索の仮説 (イラスト提供:伏見香蓮) |
防風林の管理と景観は、チョウ類や開花植物の多様性維持に貢献している
論文名:Management and landscape of shelterbelts contribute to butterfly and flowering plant diversity in northern Japan著者名:中濱直之・速水将人・岩崎健太・新田紀敏
公表雑誌名:Ecological Research 37巻、780-790、2022年
doi:https://doi.org/10.1111/1440-1703.12342
内容紹介:防風林は国内では北海道東部などでよく見られ、農作物生産において重要な役割を担っています。この防風林を含めた景観の生物多様性保全効果を解明するため、チョウ類、開花植物を対象として調査しました。その結果、防風林の林縁、更新地、草地ではチョウ類や開花植物の多様性が高く、また林内を含めそれぞれの生態系で絶滅危惧種を含めた多くの生物が観察できました。このように、防風林とその周囲の様々な生態系が、生物多様性の維持に貢献することがわかりました。
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北海道東部に位置する防風林 |
万葉集の植物に関する考察2:わすれぐさ
論文名:A study of plant name in "Manyo-shu"2: Wasuregusa著者名:藤井俊夫
公表雑誌名:近畿植物同好会々誌、46号、41-43、2023年
内容紹介:この研究は万葉集に詠まれた植物について考察したものです。 万葉集で「わすれぐさ」(萱草)は4句が詠われています。この植物は現在のワスレグサ科の植物とされてきました。「萱草」を詠んだ句の解釈から漢字の誤記ではないかとの疑問を持ち、中国や韓国の繊維に利用される植物を調べました。その結果、「萱草」は「ワスレグサ」ではなく、「莞草」、日本名カンエンガヤツリとすれば、歌の情景に当てはまることがわかりました。
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従来、わすれぐさ(萱草)とされてきたヤブカンゾウ |
交雑により駆動される棲み分けの進化にオスとメスが果たす役割は異なる
論文名:Males and females contribute differently to the evolution of habitat segregation driven by hybridization著者名:Daisuke Kyogoku ・ Ryo Yamaguchi
公表雑誌名:Journal of Evolutionary Biology、 36巻3号、515-528、2023年
doi:https://doi.org/10.1111/jeb.14156
内容紹介:理論研究です。不適応な交雑を避ける適応として棲み分けが進化する可能性があります。今回の研究ではオスとメスで棲み場所(植食性昆虫の食草など)の好みが別々に進化できる場合に何が起きるかを検討しました。メスがある程度オスの種を識別できる場合にはモデルの挙動がかなり複雑になり、交雑リスク以外にも性選択や連鎖不平衡を考える必要があることが分かりました。一見単純な棲み分けの進化の背後に隠れている複雑な因果関係が見えて来ました。
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研究で明らかになった複雑な因果関係 |
モノテルペン-フランのハイブリッド分子の化学合成と付着生物阻害活性
論文名:Chemical synthesis and antifouling activity of monoterpene-furan hybrid molecules著者名:高村浩由・木之下雄哉・頼末武史 ・門田功
公表雑誌名:Organic & Biomolecular Chemistry 21巻、632-638、2023年
doi:https://doi.org/10.1039/D2OB02203F
内容紹介:フジツボやイガイなどの付着生物は船舶や発電所設備などに付着することで様々な環境的・経済的悪影響を及ぼすため、汚損性付着生物とも呼ばれています。モノテルペンやフランの構造を持つ化合物はこれらの汚損性付着生物の付着を阻害することが知られていました。今回の研究ではモノテルペンとフランの構造を両方有するハイブリッド分子を合成し、フジツボの付着を阻害するかどうかを実験検証したところ、ハイブリッド分子は高い効率で付着を阻害することが確認されました。今後、このようなハイブリッド分子を利用した付着防除剤などの開発に期待されます。
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モノテルペン-フラン ハイブリッド分子 |