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ひとはく、これからの100年


どえらいテーマをもらったものだ。今から100年後の世界なんて、予想できるだろうか。
未来の予測は時代によって全く違ってくる。19世紀の始まりの時代だったら、10年後の予測は
簡単に口にできただろうし、100年後についても語れただろう。しかし、第2次世界大戦後の科
学技術の飛躍的な発展により、文明は非常なスピードで進歩してきた。スピードを生み出す変数が
無限に近くあるから、その加速度を算出することは今や不可能である。かつては、科学は未来予測
を可能にする装置として有効に機能したが、今は科学の発達が未来予測を不可能なものにしてしま
った。100年後はおろか、20年後の予測だって難しい。

 かつて「○○は不滅だ」という叫びが流行ったことがある。「ひとはく100年」というのは、
「ひとはくは不滅だ」と叫ぶのに類している。つまり、ナンセンスなテーマということではないか!
 しかし、わがハーモニー編集部は、それほどあさはかではない。
じつは、ひとはくは不滅なのである。言いすぎであれば、不滅あるいは永遠を指向していると
言ってもよい。そのシンボル的殿堂が、収蔵庫であり、ジーンファームなのだ。
 博物館の収蔵庫というと、骨董品的事物の倉庫とか、カビ臭い、古めかしいと言った印象をもって
いる人が多い。かつてはそのむきもあったが、近代的な博物館収蔵庫は、カビ臭いどころか空調
完備、耐震耐火構造の大きな部屋に、電動式の標本ケースが整然と並んだ威容に圧倒される。
なぜこれほど立派かというと、「永遠」を閉じこめるための魔法の部屋だからだ。
 高度に発達した文明により、自然は急速に破壊され失われていく。多くの生物種が絶滅した。
維管束植物の6種に1種は絶滅危惧種の状況にある。この悪傾向はますます加速していくだろう。
今生物種を標本あるいは遺伝子として保存しなければ、その存在は永遠に失われることになるだろう。
一つの種といえども、何十万年何百万年の自然の歴史を背負った存在である。いったん滅びれば、
二度と再生しない。人間の暴挙の極みである。  滅びゆくものあるいは現在の自然の姿を、100年は
おろか永遠に封印し保存するのが、収蔵庫でありジーンファームであって、博物館が担っている重要な任務である。

 ひとはくには、貴重な標本がたくさん収集されている。ファーブルの研究上の後継者といえる岩田久仁雄、常木勝次、坂上昭一三博士の
昆虫コレクションと研究ノート、蔵書、世界的にも貴重なノミの阪口コレクション、蘚苔・地衣類の中西コレクション、神戸層群の植物化石
の堀コレクションなど、約100万点の標本・資料が収められている。この中には、すでに絶滅した種も含まれている。
 収集という行為は、趣味的・マニアックというイメージを与えるが、じつは100年1000年後の世の人のために献身するロマンチックな
行為であって、収蔵庫はロマン館といってよい。

 100年後のひとはくは、建物や展示手法などは大きく変わっているだろう。どんなものか想像は難しい。
しかし、収蔵品は現在の何十倍になり、人間の営為と自然の歴史の変化の証人として、いっそうその価値は高まるだろう。私たち館員は、永遠へ
の奉仕者としての誇りをもち、その充実に当たっていきたい。                                                     

            

(館長 河合雅雄)


Copyright(C) 1999, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 2003/5/1