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ため池の植物の保全

 ため池の水生植物はため池の改修や埋め立てにより、急速に姿を消しつつあります。多くの場合、そこにどんな植物があるかもわからないままに池ごとなくなっています。明石市周辺のため池では、全国的にも貴重なオニバスが多いことが、植物に詳しい人のあいだでは有名です。3頁のオニバスの写真は1991年のものですが、この池は1994年には埋め立てられてしまいました。
 ここでは、危うく池ごとなくなりかけたヒメコウホネの話を紹介します。


ヒメコウホネ

危機一髪のヒメコウホネ

 ヒメコウホネはスイレン科の浮葉植物です。本州・四国・九州に分布し、全国のレッドデータブック(絶滅危惧生物リスト)では危急種、兵庫県のレッドデータブックではCランクに記録されています。
 加古川市志方町の上長池は、加西市との市境付近にあります。池の中に山陽自動車道の高架橋の橋脚をつくる工事が始まり、1996年5月に水生植物に詳しい地元の方から、日本道路公団・加古川市にこの池のヒメコウホネに関して連絡が入り、おそらく加古川市で唯一の自生地であるため、急いで対策をとることになりました。この段階ではすでに池の水はなく、地面も乾燥しつつありました。現場事務所で水をかけることでなんとか生き残り、幸いなことに梅雨の間に地下茎から次々に葉と花が生じて、7月初めには3集団1,000株程度がありました。
   工事のために来年1月まではため池の水を抜いたままにするため、一時的に移動させなければ生き残れないことが予想されました。水利組合の厚意で、わずか数十m離れたところにあるため池に、翌年の夏までコンテナに植えたヒメコウホネを仮移植することとなりました。一部は、博物館や加古川市または個人で栽培することになりました。

多様化を残す

「ヒメコウホネは残った」という表現には、「1株だけが植物園で栽培」から「現地ですべてそのままの状態」までの範囲が含まれるでしょう。人間にも個性があるように、同じ種の植物も多様であるはずです。ここでいう「生き残った」とは、「生物の多様性を残せた」ことですが、どうしたら多様性を残せるのでしょうか?ヒメコウホネを掘ってみると少なくとも2、3mは蓮根のような地下茎でつながっています。正確には株を区別できず、同じ株だけをとってしまう可能性もあります。
 そこで酵素遺伝子による解析をおこないました。分かりやすくいうとヒメコウホネの“血液型”を調べたのです。その結果、2つの“血液型”で多様性が見つかりました。(AA,AB,BBと++,+−,−−)。2つの“血液型”の組み合わせには9通りあるはずですが、実際には4通りしか見つからず、集団C(15×15m)はAA/++のみ、集団B(15×10m)ではAA/+−のみで、集団A(20×10m)のうち、一方の10×10mではAA/+−のみ、他方ではAA/+−がほとんどで、1株だけBB/−−でした。集団ごとに遺伝子型に差があるため、とくに集団Aでは場所に注意しながら、A・B・Cすべての集団から株を掘りとるようにしました。


ヒメコウホネの移植

移植その後

 移植の2週間後には、新しい葉が伸び、再び花が咲き始めたので安心していました。ところが9月に現地事務所からヒメコウホネの様子がおかしいとの連絡があり、出かけてみると、あっと驚き!・・・数百枚もあった葉が数十枚しかみられません。調べてみると、伸びかけた新葉が丸かじりにされています。地元の老人の話では、「この池にも昔はヒメコウホネ?があったけれど、ヌートリアが来てからなくなった」とのことです。地下茎は生き残っており、来春には再び葉を出しそうですし、他で栽培しているものも順調です。今回の場合、加古川市・日本道路公団・現地事務所、播磨ウェットランド・リサーチなどの方々の努力と熱意で、ヒメコウホネは生き残りました。近い将来、現地または新たな移植先で、水面に葉を広げて、黄色の花を咲かせることでしょう。
(生物資源研究部 鈴木 武)

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Rivised 1997/03/29