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シリーズ「人と自然,地域と向き合う-人博の多様な調査・研究活動の歩み」

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兵庫県立人と自然の博物館は,1992年10月の開館からすでに27年目を迎えました。2022年10月の開館30周年に向けて,開館後に本館の研究員が進めてきた調査・研究活動の歩みを,研究現場の貴重な写真やいろいろなエピソードとともに,わかりやすく,おもしくろく解説します。兵庫県を主とした,大地とそこに暮らす生き物,人とそれらとの関わり,人の暮らしなどに関わるさまざまな題材をテーマとした調査・研究活動の醍醐味を楽しんでください。

第1回「兵庫の植物、その特異な分布と博物館の標本」(標本とむきあう)

高橋 晃 (前 兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授・所長)


 日本の植物の分布には、日本列島の地形、気候、地史などが影響して決まっているいくつかの分布パターンがあることが知られています。実際に野外で植物がどのような分布をしていて、それに種の違いなどがどのように関係するのかといった問題は、昔から植物分類学や生物地理学のフィールド研究の主要なテーマでした。最近では遺伝子情報を含んでいなければ学術研究で取り上げられることはほとんどなく、時間や労力がかかるばかりで業績になりにくい分野なので、手を染める若い研究者も少なくなりました。それでも地方の博物館にとって、依然として詳細を解明すべき重要なテーマの一つです。
 植物は種によって決まった分布域をもっていて、兵庫県内でもすべての植物の種がどこにでも生えているのではなく、特定の地域や場所に限って生えていることが多いのです。それらの種の分布を調べるためには、博物館に収蔵されている植物標本が不可欠です。

植物標本の役割
30thanniv-plantsofhyogo-pic1n.jpg 植物標本は、草花や樹木の枝先を押し葉にして台紙上に貼り付け、さらにその植物をだれが、いつ、どこで採集したかという情報を書き込んだラベルを貼付したものです(写真1)。ラベルには樹木の大きさや花の色など、その植物が標本になったらわからなくなる情報や生育場所の環境情報など、採集者にしか分からない情報も書き込まれます。種名は暫定的に書き入れますが、のちに花などの形態を詳しく調べた結果、当初の種名はまちがいであり、別の種であると判明すれば、新しい名前を書き込んだ鑑定ラベルを追加して貼付します。別種であることがわかった結果、採集地がその種にとっての新産地になることもあります。
 標本によって採集場所が特定されるので、ある場所にその種があるかどうかの判定に使えます。逆に、採集場所が特定できることが貴重種の盗掘などの被害につながる可能性があるので、付属情報の取扱いには十分に注意する必要があります。さらに年月日が書かれているので、ある場所にその種がいつ頃から存在していたのかということがわかります。また、ある種で50年以上前の標本はたくさんあるが、それから現在までの標本が採られていなければ、その種が絶滅した可能性を疑う必要が出てきます。
 このように博物館に収蔵されている植物標本は、多くの人たちが調査した結果の集約であり、種の識別を可能にしたり、特定の時間や場所に存在していたことを証明したりと、じつにたくさんの役割をもっているのです。

日本海要素植物の分布を調べる
 南北に長い兵庫県では、降水量の違い、とくに冬の降雪量の違いが植物の生育状況に大きな影響を与えるので、北の日本海側と南の瀬戸内海側でおのずと生えている植物の種も異なります。日本海側の多雪地帯に限って分布する植物は日本海要素とよばれています。日本海要素の植物の例としてよく知られているのが、クロモジとオオバクロモジです。クロモジは太平洋側に分布し、オオバクロモジが日本海側に分布するとされ、兵庫県内でもそのような分布の違いがみられます。オオバクロモジ以外にもハイイヌガヤ、サワグルミ、ミズメ、ハルニレ、サンインシロカネソウ、コケモモ、タジマタムラソウ、クロバナヒキオコシ、タニウツギ、ワカサハマギクなど多くの日本海要素植物があります。
30thanniv-plantsofhyogo-pic2n.jpg これらの植物の分布を詳しく調べるためには現地調査が必要になりますが、多くの場所へ何度も足を運んで調べることはあまりに労力がかかりすぎ、一人ではできません。そこで植物標本を用いるのです。植物標本は過去何十年の間に多くの人たちにより、いろいろな場所でいろいろな季節に採集されたものであり、標本の一枚一枚に貴重な自然環境の情報が蓄積されています。標本の種の鑑定がきちんとできていれば特定の種が特定の場所に生育していたという証拠になるので、それらの採集地情報を地図上にプロットすれば分布図ができます。そこで一部の植物について、兵庫県内のどこに分布しているかを地図で表してみました。
 わかりやすい例として、日本海側に生育していることにちなんで名付けられたキンポウゲ科の植物サンインシロカネソウ(写真2)を見てみます。この種は福井県から島根県までの日本海側に分布する日本海要素植物の一つで、山間の沢筋など水気の多い場所に生えています。兵庫県内での分布をみると、但馬地域に限られていることがわかります(図1-A)。

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 スイカズラ科のタニウツギ(写真3)は、北海道の西部から東北、北陸、山陰地方の日本海型気候の地域にかけて分布している日本海要素植物の一つです。ところがこの種は、県内では但馬地域に限られているのではなく、播磨や丹波地域、さらには姫路市や神戸市にまで分布を広げており(図1-B)、これらの地域周辺の丘陵地で5月にはピンク色のきれいな花を見ることができます。同じ仲間にヤブウツギ(写真4)という種があり、これは東京以西の太平洋側の低山地に生え、東海、近畿から中国、四国にまで分布するとされています。この花は濃い赤色で下向きに咲き、県下では六甲山周辺と淡路島でのみ見ることができます。タニウツギとヤブウツギについて標本情報からそれらの詳細な分布図を作ってみると、六甲山近辺で両種が入り混じって分布していることがわかります(図1-B)。タニウツギは東北から北陸地方までは確かに日本海側に限定された分布をしていますが、近畿地方になるとずいぶん南の方まで分布が広がっています。近畿地方の中北部では日本海側と太平洋側を隔てる標高の高い脊梁山脈が途切れ、兵庫県丹波市石生地区には標高100m以下の、本州一標高の低い谷中分水界があることが知られています。このことがタニウツギの分布を南方に広げる要因になっているのかもしれず、ひょっとしたらタニウツギは雪がそれほど多くなくても育つ植物なのかもしれません。
30thanniv-plantsofhyogo-pic3-6n.jpg ツツジ類のなかで兵庫県に生えているミツバツツジの仲間はコバノミツバツツジ(写真5)が一般的ですが、但馬地域の日本海側にはコバノミツバツツジよりもやや赤味が強い紅紫色の花を咲かせるユキグニミツバツツジ(写真6)がみられます。ユキグニミツバツツジは、秋田県以南、鳥取県までの東北、北陸、山陰地方の日本海側に分布する日本海要素植物の一つです。名前からしても日本海側の多雪地域の代表のように思われますが、兵庫県ではその生育範囲はずっと南に下がっていて、六甲山や淡路島の諭鶴羽山にまで分布することが知られています(図1-C)。タニウツギのように但馬地域から丹波、摂津地域にまで連続的に分布する植物とは異なり、ユキグニミツバツツジの主たる分布域は但馬の山間地です。但馬地域より南では笠形山や六甲山、諭鶴羽山という比較的高い山地に分布が限られているので、タニウツギとは異なる経歴があるのかもしれません。

植物標本で種名を同定する
 ミツバツツジ類は分類のむずかしい群です。花が咲いている季節に野外で目にすると、ツツジであることはすぐにわかりますが、詳しく調べて決めないと、名前を間違うことがあります。コバノミツバツツジとユキグニミツバツツジは比較的区別しやすく、前者には葉の縁に細かな鋸歯がありその先に細く長い毛が生えていることや、葉裏の葉脈が著しく、葉柄に毛が密生するなどの特徴があります(図2-a)。ユキグニミツバツツジは、花色がより赤味の強い紅紫色であることのほか、葉の縁には鋸歯がなく、葉柄は無毛である(図2-b)ことなどで前者と区別できます。
 ユキグニミツバツツジが六甲山に生えていることは古くから知られていましたが、淡路島にあることは30年ほど前に初めてわかったことです。淡路島にはミツバツツジ類は少なく、諭鶴羽山で見られたものはコバノミツバツツジだと思われていました。ところが、どうも様子が違うということで標本の葉の毛の様子などが詳しく調べられた結果、ユキグニミツバツツジだと判明したのです。
30thanniv-plantsofhyogo-fig2n.jpg 兵庫県内には、この2種以外にもダイセンミツバツツジ、トサノミツバツツジ、オンツツジといったミツバツツジの仲間が生えていることがわかっています。ダイセンミツバツツジはユキグニミツバツツジとは変種の関係で、分布域が一部重なりますが、葉柄に毛が密生することから区別できます(図2-c)。トサノミツバツツジとオンツツジはいずれも淡路島の山地で見つかっており、前者は花茎や果実に短い腺毛が密生すること、後者は葉柄に淡褐色の長毛が密生することなどから区別できます(図2-d,e)。
 花がない季節であっても、標本をきちんと作っておけば、希少植物の産地が新たにわかったり、ないと思われていた植物が兵庫県に産することが新しくわかったり、思わぬ新発見につながることがあるので、標本を蓄積することは重要なのです。

東西方向で特異的な分布がみられる植物
 兵庫県の南北方向で分布域が異なる植物を見てきましたが、東西の方向でも分布域に特徴のある植物があります。カンザシギボウシは九州、四国、中国地方に分布し、兵庫県内では武庫川が分布の東限になります。同じ仲間のキヨスミギボウシは関東、東海、近畿地方にまで分布し、武庫川が分布の西限にあたります。フジとヤマフジも、東西の分布を見ると、おもしろい特徴があることがわかります。フジは、ほぼ全県的に分布していますが、ヤマフジは九州から四国、中国地方、兵庫県の西播磨地域にまで分布し、市川より東になるとぱたっとなくなります。チトセカズラ、ナツアサドリも中国地方のいくつかの県に分布していますが、兵庫県の西播磨が分布の東限で、それより東側には分布しません。コヤスノキはもっと分布域が狭く、岡山県南東部と西播磨にだけ生えています。
 このように分布域の南北の境界や東西の境界が兵庫県内にある植物は、けっこうたくさんあります。こういった植物の県内における詳しい分布を明らかにするためにも、博物館の植物標本が役立っているのです。

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