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シリーズ「人と自然,地域と向き合う-人博の多様な調査・研究活動の歩み」

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 兵庫県立人と自然の博物館は,1992年10月の開館から30年を迎えようとしています。2022年10月の開館30周年に向けて,開館後に本館の研究員が進めてきた調査・研究活動の歩みを,研究現場の貴重な写真やいろいろなエピソードとともに,わかりやすく,おもしくろく解説します。兵庫県を主とした,大地とそこに暮らす生き物,人とそれらとの関わり,人の暮らしなどに関わるさまざまな題材をテーマとした調査・研究活動の醍醐味を楽しんでください。

第35回「太古のバードウォッチング ~石になった鳥を探る~」(標本とむきあう)

田中公教(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 特任助教)


はじめに
 鳥類は現在10,000種以上が生息しており、体の大きさ、行動や生態は実に多様です[1]。鳥類のなかでも、主に海で生活しているグループは「海鳥」と称されます。なかでもペンギンのように海に潜ることを極めた海鳥は、翼を小さくして飛ぶことをやめ大型化することがあります。このような海鳥たちはすべて空を飛んでいた祖先から進化し、海での生活にあわせて姿を変えていったのです。"かたちの進化"には、とても長い時間がかかります。このような進化のプロセスについて知りたい場合は、地層から発掘された過去の生き物の痕跡=化石を調べることが有効です。
 私はそんな飛ばない海鳥の進化プロセスにとても興味があり、中生代の鳥類化石を材料に、空を飛ぶ「基本形」から海に潜る「特殊形」にいたるかたちと生態の進化について研究しています。本稿では私の研究の一部として、骨のかたちから絶滅鳥類を探る「太古のバードウォッチング」についてお話したいと思います。

いかにして過去の鳥をウォッチするか?
 あなたの周りにはどんな鳥がいますか? 私たちの日々の暮らしのなかで、鳥はとても身近な生き物です。公園を歩けばスズメやハトなどを見かけ、海辺ではカモメの仲間が無数に空を舞っています。双眼鏡を片手に野山を歩けば、さらに多くの野鳥に出会えるでしょう。双眼鏡の先に鳥の姿が見えたら、羽毛の色や模様、体型、飛び方、歩き方、泳ぎ方などを観察して、それがどんな鳥なのかを判断します。このように、現在生きている鳥について知りたいときは、その鳥が生息している場所でバードウォッチングをすれば、形態や生態についてつぶさに調べることができます。
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図1 地質時代と鳥類の頭骨を比較した図
新生代には顎の骨やクチバシの縁をとがらせてできた"ニセの歯"をもつ鳥類が出現したが、歯のある鳥類は中生代の終わりまでにすべて絶滅してしまった。[7][8][9]をもとに作成。
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図2 クイズ:これは何の鳥でしょう?
答えはハシブトガラス(Corvus macrorhynchos)。左より、頭骨、左の上腕骨、右の脛足根骨。
 ところで、あなたがもし今の鳥ではなく「絶滅した鳥」に興味がある場合、いかにして過去の鳥をウォッチすればよいでしょうか? 鳥類は後期ジュラ紀頃に小型肉食恐竜から分岐し、白亜紀には世界中に広がり、白亜紀末の大量絶滅を乗り越え今日まで生き延びたグループです[2]。約1億5,000万年以上に及ぶ長い進化の歴史の中では、様々な鳥類が出現と絶滅を繰り返してきました。絶滅した鳥の生きている姿を見ることはできませんが、その姿かたちや生態を知る手掛かりは化石として地層に残されています。つまり、過去の鳥について知りたければ、地層から"石になった鳥"を発掘すればよいのです。一般に、現在からみて新しい時代の地層から見つかる鳥ほど今の鳥に近縁で、古い時代の鳥ほど遠縁です(図1)。特に中生代の鳥類は、一見すると鳥かどうかもよくわかりません。アゴに歯があるものが多く、他の小型肉食恐竜たちととても良く似ているからです。歯のある鳥は中生代の終わりまでにすべて絶滅してしまい、新生代の鳥はアゴの骨やクチバシの縁をとがらせて作った"ニセの歯"をもつものはいるものの、歯のある鳥は1羽たりとも生き残ることはできませんでした。
 それでは早速、双眼鏡をハンマーとルーペに持ち替え、太古のバードウォッチングに出かけましょう!......と言いたいところですが、化石発掘に行って狙った化石が都合よく見つかることはほぼありません。特に鳥類の化石は珍しく、発見するのはものすごく難しいのです。そのため、これまで発見された貴重な化石は世界中の博物館で収蔵されています。博物館が化石を標本として管理することで、いつ、どこで、誰が発見したどんな化石なのかを参照できるようになっているのです。研究者が特定の化石について調べたいときには、それが収蔵されている博物館まで赴き、化石を観察させてもらうことになります。
 また、運よく野外で鳥類化石を見つけることができたとしても、それが鳥の化石だと判断することは極めて困難です。なぜなら、石になった鳥はほとんどの場合、羽毛や皮膚、クチバシなどは失われ、骨だけの姿となって見つかるからです。例えば、真っ黒な鳥を見てカラスだと分かっても、骨を見てカラスだと判断することはなかなか難しいでしょう(図2)。
 石になった鳥たちを探したり調べたりするためには、特殊な訓練が必要です。それは、骨の形を覚えること! 様々な鳥の骨格標本を観察して、頭や手足、背骨など、バラバラになった骨を部位ごとに覚えます。完全な形の骨じゃないと判断できないようではまだまだ未熟。端っこなどの断片的な骨を見るだけで、それがどんな鳥のどの部位の骨なのかを判断できればできるほど、熟練のウォッチャーといえます。鳥類化石はもろく、たいていの場合はひどく壊れて、一部しか残されていないのです。このように、コツコツと骨への理解を深めて化石と向き合えば、「この時代のこの場所に、こんな鳥がいたのか!」といった発見をすることができるようになります。そして時には「この骨の特徴は、ほかのどの鳥とも違うぞ」という化石に巡り合うこともあり、こうして新種の絶滅鳥類が発見されるのです。
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図3 最古の海鳥・ヘスペロルニス類
上:生体復元模型(カンザス大学自然史博物館所蔵)、下:全身骨格(イエール大学ピーボディ博物館所蔵)。
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図4 チュプカオルニスのホロタイプ
化石は三笠市立博物館所蔵。骨格イラストは[10]をもとに作成。
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図5 左の大たい骨の比較
A:チュプカオルニス(三笠市立博物館所蔵)、B:バプトルニス(カンザス大学自然史博物館所蔵)、C:ヘスペロルニス(イエール大学ピーボディ博物館所蔵)。点線は欠損部。骨格イラストは[10]をもとに作成。
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図6 兵庫県のヘスペロルニス類
左の脛足根骨。化石は兵庫県立人と自然の博物館所蔵。骨格イラストは[10]をもとに作成。

海鳥化石との出会い
 私と鳥化石との付き合いが始まったのは2011年。当時、私は北海道大学の大学院生で、北海道三笠市に分布する後期白亜紀(約9,000万~8,300万年前)の地層から発見された海鳥化石を研究させていただく機会に恵まれました。この化石は、私が着手する前にすでに行われた研究によって中生代の海鳥「ヘスペロルニス類」に属する化石であると判明していました[3]。ヘスペロルニス類とは、アメリカで初めて発掘された「西の鳥」という意味の名をもつ最古の海鳥です。翼が極端に小さく飛ぶ力は失われ、かわりに約1.5mの大きさと潜水に特化した体のつくりをもちます(図3)。飛ばない海鳥といえばまるでペンギンのようですが、ペンギンは翼を使って水中を泳ぐのに対し、ヘスペロルニス類は強靭な後ろ足で水をかいて泳ぎます。また、アゴに歯がある点でもペンギンとは大きく異なります。
 その後の私たちの研究によって、北海道で見つかった海鳥化石はアジア最古の新種のヘスペロルニス類として「チュプカオルニス(「東の鳥」という意味)」と名付けられました。ここではその研究を紹介します。チュプカオルニスには背骨や足の骨などの断片的な化石しか残っておらず、例えば大たい骨は端っこしかありません(図4)。北米の化石と比較してみましょう。ヘスペロルニスの大たい骨はがっしりとして大型なのに対し、より原始的なバプトルニスはほっそりとして小型です(図5)。チュプカオルニスの大たい骨はバプトルニスに似ていますが、細かい骨の特徴では異なります。論文の図だけでなく、実物化石を観察して比較できれば、より詳しいことがわかります。しかしながら、日本国内にはヘスペロルニス類の化石を収蔵している博物館はありません。研究をすすめるためには海外の博物館へ赴き、詳しい調査を行う必要がある! そう思い立った私は、いそいそと荷物をまとめ、調査の準備を始めるのでした。

研究データは足であつめる!
 ヘスペロルニス類の化石を求めて、北米の研究施設にて標本調査を行う日々が始まりました。さすがに本場・北米大陸でみつかる化石は保存状態が素晴らしい。ほぼ全身骨格が発掘されているものもあり、たくさんのデータを取ることができました。研究データは、足であつめる! その後もアメリカ、カナダ、そしてイギリス、ドイツ、ノルウェーなどにある様々な博物館を巡りました。とにかく世界中のヘスペロルニス類の骨化石を見て、見て、見まくり、スケッチや写真をたくさん撮り、計測し、骨の形を徹底的に覚え、夢の中でもヘスペロルニス類について考え......、そんな日々を過ごしました。

断片的な化石が教えてくれること
 実はヘスペロルニス類の研究の歴史は古く、最古の鳥類として有名な始祖鳥の化石が発掘された10年後、最初の化石が発見されています[4]。しかし、発見から100年以上経つにもかかわらず、この海鳥の系統や進化についてはあまりよくわかっていませんでした。そのため、これまでの調査によって集まった情報をもとに系統を解析するためのデータセットを作成し、パソコンで解析してみました。その結果、チュプカオルニスは新種のヘスペロルニス類だということがわかったのです[5]
  ヘスペロルニス類の化石は、兵庫県洲本市に分布する白亜紀末期の海の地層からも見つかっています(図6)。洲本市はアンモナイトなど中生代の海の生き物の化石がたくさん見つかることで有名です。洲本市から発見されたヘスペロルニス類は足の骨1本で、これだけでは詳細な分類は分かりません。しかし、たった1本の小さな骨だと侮るなかれ。この化石は、白亜紀末期のヘスペロルニス類の生態について重要なことを教えてくれます。
 白亜紀末期のヘスペロルニス類の生態には大きなナゾがあります。海鳥であるヘスペロルニス類は通常、海の地層から見つかります。しかし白亜紀末期になると、突然、陸の地層からも化石が見つかるようになります。詳しいことはまだ不明ですが、どうやら陸地の生活に適応した種が現れたようです。そんな白亜紀末期のヘスペロルニス類化石に注目してみると、北米では海と陸の両方の地層から発見されているのに対し、アジアではモンゴルの陸の地層からのみ発見されています。従って、白亜紀末期のアジアでは内陸の生活に適応したヘスペロルニス類のみが生き残っていた可能性があったのです。洲本市の化石はこの仮説に一石を投じます。洲本市の化石は骨壁が厚く、明らかに海のヘスペロルニス類です。この化石の発見により、白亜紀末期のヘスペロルニス類はアジアと北米において陸と海の両方で生息していたことがわかり、北半球で広く多様な生態があったことが明らかになりました[6]。このように、断片的な化石であってもその学術的な価値が下がることは決してないのです。

おわりに
 鳥類に限らず、化石は偶然発見されるものです。老若男女、世界中の様々な人の手によって化石が発見され、研究が進んでゆきます。発見された化石は博物館に標本登録されると、様々な人が観察したり研究したりできるようになるため、人類共通の宝ものになります。化石の研究には多くの人の助けが必要です。ここで紹介した海鳥化石の研究についても、北海道や兵庫県の化石採集家の方々の協力なくしては成り立ちませんでした。研究に関わり、サポートしていただいた多くの皆様に改めて感謝! 本稿では絶滅鳥類の化石研究についてお話させていただきましたが、太古の生き物を研究する楽しさを少しでも伝えることができていれば幸いです。最後までお読みいただいた皆様にも、改めて感謝!

引用文献
[1] Del Hoyo, J., Del Hoyo, J., Elliott, A., & Sargatal, J. (1992). Handbook of the birds of the world. Barcelona: Lynx edicions.
[2] Mayr G (2016) Avian Paleontology. Wiley & Sons Ltd.
[3] 掛川陽子・早川浩司(2000)北海道三笠産白亜紀後期鳥類化石の分類学的研究.日本古生物学会 20004年会予稿集,83.
[4] Marsh OC (1880) Odontornithes: A monograph of the extinct toothed birds of North America. Report of the United States Geological Exploration of the 40th Parallel, Washington.Bhullar BS, Hanson M, Fabbri M, Pritchard A, Bever GS, & Hoffman E (2016) How to make a bird skull: major transitions in the evolution of the avian cranium, paedomorphosis, and the beak as a surrogate hand. Integrative and comparative biology, 56(3), 389-403.
[5] Tanaka T, Kobayashi Y, Kurihara K, Fiorillo AR & Kano M (2017) The oldest Asian hesperornithiform from the Upper Cretaceous of Japan, and the phylogenetic reassessment of Hesperornithiformes. J Syst Palaeontol 16(8): 689-709.]
[6] Tanaka T, Kobayashi Y, Ikuno K, Ikeda T & Saegusa H (2020) A marine hesperornithiform (Avialae: Ornithuromorpha) from the Maastrichtian of Japan: Implications for the paleoecological diversity of the earliest diving birds in the end of the Cretaceous. Cretac Res 113: 104492.
[7] Bhullar BS, Hanson M, Fabbri M, Pritchard A, Bever GS, & Hoffman E (2016) How to make a bird skull: major transitions in the evolution of the avian cranium, paedomorphosis, and the beak as a surrogate hand. Integrative and comparative biology, 56(3), 389-403.
[8] Louchart A, Sire JY, Mourer-Chauvire C, Geraads D, Viriot L, & Buffrenil V (2013) Structure and growth pattern of pseudoteeth in Pelagornis mauretanicus (Aves, Odontopterygiformes, Pelagornithidae). PLOS ONE 8(11): e80372.
[9] Chiappe, L. M., & Dyke, G. J. (2002). The Mesozoic radiation of birds. Annual review of ecology and Systematics, 33(1), 91-124.
[10] Martin, L. D., & Tate, J. (1976). The skeleton of Baptornis advenus (Aves: Hesperornithiformes). Smithsonian Contributions to Paleobiology, 27, 35-66.

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第34回「外来カメムシを追う-在野研究者との共同調査」(地域とむきあう)

山田量崇(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


はじめに
 生物には自らの分布域を拡げようとする性質がそなわっていますが、各々が移動分散する能力は限られています。また、地形や気候などが制限要因となって自由に分布を拡げることはできません。ところが、外来生物は、人間のさまざまな活動によって意図的あるいは非意図的に本来の生息域から運び出され、条件が合えば別の地域で定着するなどして、その分布域を大きく変化させています。とくに体の小さい昆虫には、他の生物と比べ、交通機関や物資の移動に伴って他の地域に侵入し、定着するものがきわめて多いです。
 明治以降に日本に侵入した外来昆虫は、400種を越えると言われています(日本生態学会編、2002;森本、2010)。そして、その3分の1を占めるコウチュウ目に次いで多いのが、カメムシ目です。明治時代に果樹や園芸樹の苗木とともに持ち込まれたルビーロウムシやイセリヤカイガラムシを筆頭に、オンシツコナジラミやタバココナジラミを含むコナジラミ類、リンゴワタムシなどのアブラムシ類など、害虫として悪名高い腹吻類のカメムシ目昆虫が多いためです。いっぽう、いわゆる"カメムシ"として知られるカメムシ亜目の仲間には、これまで外来種として記録されているものが、例えば台風などにより偶然運ばれてきた偶産種を含めても、わずか30種程度にすぎません。しかもその半数は2000年以降に侵入しています(山田、2015)。種数こそ少ないですが、実はカメムシ亜目にも農作物の害虫や侵入後の爆発的な増加と急速な分布拡大を起こした種など、注目すべきものがいくつか存在します。
 私は2022年3月まで徳島県立博物館に勤めていました。徳島県は淡路島を隔てて近畿地方の主要部である京阪神エリアと近いため、そこで見つかった外来昆虫が、四国では徳島県でいち早く発見されることがしばしばありました。外来昆虫に関する県行政や一般の方からの問い合わせが多いこともあり、まずは徳島県内の外来昆虫に関する基礎情報を蓄積するため、私はこれまでに多くの方々の協力を得ながら外来昆虫の広域的な分布調査を行ってきました。

在野研究者との調査
 今回はそのうちの一つ、在野の研究者との共同調査を紹介します。対象とした外来昆虫は、ヘクソカズラグンバイDulinius conchatus Distant, 1903という体長2~3 mmの小さなカメムシです(図1AB)。東南アジア原産で、道路脇や荒れ地などに自生し、身近な植物としても知られるヘクソカズラPaederia foetida Lour. (Rubiaceae)に寄生します(図1CD)。国内では1996年に大阪府池田市で初めて発見され、大阪国際空港に入った航空貨物に紛れて侵入したと考えられています(友国・斉藤、1998)。その後、九州北部、岡山県、岐阜県、静岡県、神奈川県、東京都などに分布を拡げていますが、各地からの記録はきわめて断片的でした。その理由として、本種の寄主植物が実用性の低いヘクソカズラに限られるため、特殊報などの農業関係行政による報告が一切なく、もっぱら一部の職業研究者や在野研究者によって記録されていたからです。従って、本種の分布拡大に関する経時的調査はまったく行われていませんでした。

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図1 ヘクソカズラグンバイと加害されたヘクソカズラ
A-B:成虫、C:寄生を受けて葉が白く変色したヘクソカズラ、D:葉裏に群生する成虫。黒い点は排泄物。

 私は2010年から、外来昆虫の分布拡大に関する研究を行っていた在野研究者の加藤敦史さん(当時、大阪府在住)とともに、四国への侵入初期段階にあったヘクソカズラグンバイが今後どのように分布を拡げていくかを追跡することにしました。四国では2006年に愛媛県松山市で初めて確認され(酒井ら、2006)、2008年には徳島県鳴門市と徳島市から見つかっており(山田・行成、2008)、それまでの国内での拡がり方から四国ではまだ侵入初期と考えられ、追跡調査が可能であると判断したためです。
 調査方法は単純です。道路際のフェンス、空き地、マント群落などでヘクソカズラ群落を探し、四国全体で78地点を定点にして調査を行いました。各調査定点には、基本的に毎年1回、本種の食痕が目立つ秋季に訪問し、ヘクソカズラ葉上の成虫や幼虫、脱皮殻、食痕などから発生の有無を記録しました。四国全域を2人一緒に調査するのは効率が悪いため、それぞれが担当する地域を決め、数日かけて回ることにしました。高速道路のサービスエリアやパーキングエリア、幹線道路沿いの公園や道の駅などを中心に定点を設定し、2010年から2015年の6年にわたって行いました(加藤・山田、2022)。

予想外の結果
 本種の記録が四国の東西で二分されていたことから、当初、既発生地から水面の波紋のように毎年徐々に拡がっていくだろうと推測していたのですが、その予想が大きく外れました。まず、従来から示唆されているように、今回の調査結果からも本種の分布拡大には自動車などの交通機関が深く関わっていることが容易にわかり、また、しばしば既発生地から孤立した場所で確認され、自動車に付着した飛び地的な拡がりも散見されました。しかし、調査期間をとおして本種の分布拡大のスピードはあまりにも遅かったのです(図2)。毎年数カ所の新たな侵入地が確認されるものの、飛び地的に拡がった地点を除き、既発生地からの分散距離はせいぜい数キロメートル程度でした。加えて、2013年には新たな侵入地が確認されませんでした(図2)(加藤・山田、2022)。本種と同じグンバイムシ科の外来種で、北米原産のアワダチソウグンバイCorythucha marmorata (Uhler, 1878)(図3A)は、2004年に四国へ侵入した後、翌2005年には四国全県で発生が確認され、2007年には全域に拡がりました(Kato & Ohbayashi, 2009)。また、中国原産のクスベニヒラタカスミカメMansoniella cinnamomi (Zheng & Liu, 1992) (図3B)は、2018年に四国への侵入が確認され、翌2019年には四国全県で確認されました(山田、2019;玉川、2020)。とくに後者は拡散のスピードがきわめて速く、爆発的な繁殖力と自力飛翔による分散に加え、交通機関に便乗した跳躍的な分散によって瞬く間に分布を拡げました(山田、2020)。いっぽう、ヘクソカズラグンバイは四国で初記録されてから全県で確認されるまで4年を要し、調査を終了した2015年の時点でもなお四国全域に拡がっていませんでした(図2)。6年間の調査を通じて侵入が確認されなかった18地点のうち、徳島県那賀町から高知県香美町に至る国道196号沿いの3地点と高知県梼原町の1地点は内陸部の高標高地でありました(加藤・山田、2022)。既発生地からの距離や地形的な隔たりなどが本種の分布拡大の障壁となっている可能性が考えられるともに、熱帯起源の本種にとっては、冬期の低温が高標高地への定着を妨げている可能性も十分に考えられました。また、アワダチソウグンバイが愛媛県石鎚山の標高1,600m付近で飛翔中の個体が確認され、その高い飛翔能力が示唆されているのに対し(矢野、2012)、本種にはそうした事例が皆無です。また、本種の体には風船のように膨らんだ帽状部や、半球状に発達した翼状片があり(図1B)、まさに武器や防具で身を固めたような見た目をしています。単純に考えても、他のグンバイムシと比べ、あまり飛翔が得意ではなさそうです。十分な検証は必要ですが、本種の形態的構造や生態的特性と分散能力とに何か関連性があるのかもしれません。

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図2 四国におけるヘクソカズラグンバイの分布拡大状況(2010-2015年)
番号は各調査定点。黒丸は確認地点、白丸は未確認地点。加藤・山田(2022)を改編。

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図3 アワダチソウグンバイ(A)とクスベニヒラタカスミカメ(B)

小さなカメムシをとおして四国を見る
 ヘクソカズラグンバイは、そもそもどのように四国に侵入したのでしょうか。四国への侵入初期の記録が、愛媛県松山市と徳島県東部とに二分されていることから、本州から四国に侵入したこと、その侵入経路が少なくとも2つ存在することが考えられました。徳島県東部の記録については、同時期に淡路島でも発見されていることから、本州から淡路島経由で四国に侵入したことが考えられました。前述したように、ヘクソカズラグンバイの移動分散は、自力での飛翔以外に、自動車などに付着・便乗した人為的伝播に因ることが推測できます。むしろ後者の手段で分布を拡げているでしょう。このことは本種に限ったことではなく、微小な昆虫の移動分散においてはよく知られた事例です(山田、2015;大阪市立自然史博物館、2020)。そのため、明石・鳴門両海峡の通過には、本四架橋の通行車両に起因したであろうと推測できます。いっぽう、松山市付近への侵入については、本州四国連絡道路の尾道・今治ルートに因ることが考えられますが、四国への入口となる今治市付近には、本種が発見された2006年ごろの記録がないため、松山市の個体群の由来については不明です。実は、アワダチソウグンバイも四国における初期の記録が徳島県東部と愛媛県松山市であることから、本四架橋を経由して同時期に本州から侵入したことが示唆されています(Kato & Ohbayashi, 2009)。
 2種の外来グンバイムシの四国への侵入が本四架橋の交通に由来していることは、大規模橋梁が外来昆虫の伝搬において大きな影響を及ぼしていると言えます。実際、2010年に徳島市で確認された特定外来生物のアルゼンチンアリは、その個体群が神戸港からの由来であることが認められました(Inoue et al., 2013)。神戸・鳴門ルートが四国への侵入経路となった事例です。同じく特定外来生物のセアカゴケグモも、四国へは車両に便乗して本四架橋経由で侵入しています。2009年に香川県丸亀市で見つかった個体群はおそらく瀬戸中央自動車道を、2010年に徳島県鳴門市で発見された個体群は神戸淡路鳴門自動車道を通過したと考えられています(清水ら、2012)。
 大規模な橋梁によって高速道路ネットワークが拡充し、本州と四国間相互の交流圏域は大幅に拡大し、交通量や貨物流動量は飛躍的に増えました。このことは、人間活動に大きな変化をもたらしただけでなく、同時に外来昆虫の四国への侵入をも容易にしたのです。とくに徳島県は、国際貿易港や国際空港のある近畿地方と地理的に近く、経済活動の相互交流が日常的に行われています。京阪神エリアで確認された外来昆虫が徳島県に入る可能性は、四国の他県と比べて高いと言えるでしょう。

おわりに
 本稿では、私がこれまでに行ってきた外来昆虫の調査の中から、専門であるカメムシ類を対象としたものを紹介しました。これらのカメムシは、私たち人間の生活に何か影響を及ぼすわけではありません。人間に実害があれば当然注目されますし、たちまち何らかの対策が取られていきますが、どのような種類でも人の手によって日本にやってきた外来昆虫の存在を認識したり記録したりすることは、生物多様性を理解し、その保全を考えるきっかけになるはずです。また、地道な分布調査からは地域間の交通ネットワークや交流圏域の現状をさぐることもできます。どのような外来昆虫でも知ることができれば、地域や社会をより知ることにつながっていくと思います。
 最後に、長年にわたって共同で調査していただき、貴重なデータを共有いただいた加藤敦史氏(埼玉県)に深く感謝申し上げます。

引用文献
Inoue, M. N., Sunamura, E., Suhr, E. L., Ito, F., Tatsuki, F. & Goka, K. (2013) Recent range expansion of the Argentine ant in Japan. Diversity and Distribution, 19: 29-37.
Kato, A. & Ohbayashi, N. (2009) Habitat expansion of an exotic lace bug, Corythucha marmorata (Uhler) (Hemiptera, Tingidae), on Kii peninsula and Shikoku Island on western Japan. Entomological Science, 12: 130-134.
加藤敦史・山田量崇(2022)四国におけるヘクソカズラグンバイDulinius conchatus Distant, 1903 の分布拡大.徳島県立博物館研究報告,(32):7-12.
森本信生(2010)侵入害虫に対する影響.植物防, 64: 443-447.
日本生態学会編 (2002) 外来種ハンドブック.地人書館,東京.
大阪市立自然史博物館編(2020)第50回特別展「知るからはじめる外来生物」解説書「知るからはじめる外来生物~未来へつなぐ地域の自然~」.152 pp. 大阪市立自然史博物館,大阪市.
酒井雅博・小川次郎・久松定智・一柳孝志・栗原 隆・菊原勇作(2006)愛媛県の侵入昆虫(1).四国虫報,(40): 21-23.
清水裕行・金沢 至・西川喜朗(2012)毒グモ雲騒動の真実―セアカゴケグモの侵入と拡散.197 pp. 全国農村教育協会,東京.
玉川晋二郎(2020)高知市で発見されたクスベニヒラタカスミカメ.徳島県立博物館研究報告,(30): 107-108.
友国雅章・斉藤寿久(1998)大阪府池田市で発見された新しい侵入種と思われるグンバイムシ,Dulinius conchatus Distant.Rostria, (47): 23-28.
山田量崇(2015)外来陸生カメムシ.昆虫と自然,50 (6): 12-15.
山田量崇(2019)徳島県におけるクスベニヒラタカスミカメの分布状況.徳島県立博物館研究報告,(29): 9-14.
山田量崇・行成正昭(2009)徳島県におけるプラタナスグンバイとヘクソカズラグンバイの発生.徳島県立博物館研究報告,(19): 51-54.
矢野真志(2012)石鎚山で飛翔中のアワダチソウグンバイを採集. Rostria, (54): 35-36.

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第33回「ツユクサ科の分類の再検討に向けて」(自然とむきあう)

李 忠建(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)


ツユクサ科ってどんな草?
 「ツユクサのなかまの研究をしています」というと、「あの青いきれいな...」と分かってくださる方が一定数いらっしゃいます。電車や車で通勤していると見過ごしがちですが、落ち着いて歩いたり、気持ちよく自転車で走ったりすると、わざわざ山や谷へ出かけずとも、日常の中でよく出会う花です。
 ツユクサ科は花の形態がとても多様なグループの1つです。「ツユクサ」と「ムラサキツユクサ」を例に挙げて見てみましょう。(図1)

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図1 ツユクサ(左)とムラサキツユクサ(右)

 ツユクサ(ツユクサ科ツユクサ属)とムラサキツユクサ(ツユクサ科ムラサキツユクサ属)は、同じツユクサ科ですが、花だけを見てもいろいろな違いがあります。①ツユクサの花はスミレと同様、対称軸がひとつしかない左右相称花ですが、ムラサキツユクサの花はサクラやチューリップと同様、対称軸が複数ある放射相称花です。②ツユクサをよく見ると、雄しべの形が3種類あります。中でも、奇妙な形をしている黄色い雄しべは、あまり花粉を作っていないようです。逆に、ムラサキツユクサは、どの雄しべも同じ形をしています。「同じツユクサ科なのに、属が違うだけでこれだけ姿が違うのか」という気持ちになってきます。大学院時代にお世話になった先生も、「ツユクサ科にそんな花もあるんだ!」と、年に1回は驚いていました。
 そのようなツユクサ科は、日本に5属、世界には41属650種もあります(図2)。1つの科が、どうやってこれだけ多様なグループに進化したのでしょうか?

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図2 ツユクサ科の多様性

 進化を知るには、今ある花たちが、その祖先からどのように枝分かれしてきたのか、つまり系統を調べなくてはなりません。生物学の研究である以上、分類がしっかりしている必要もあります。もっと言えば、私たちが「種」を適切に認識している必要もあります。
 私が研究を始めた頃には、すでにDNAを使った系統解析が広く行われていました。しかし、ツユクサ科の系統を調べた研究は片手で数えるほどしかありませんでした。その系統研究も、北米大陸における研究が多く、アジア地域における研究はほとんどありませんでした。
 ツユクサ科は、調査の進みにくい熱帯に多く分布し、花が標本として残りにくく、開花時間が短い、という研究テーマとして敬遠されやすい要素が揃っています。結果、ツユクサ科の進化については、まだ分からないことがたくさんあるのです。

属の関係をなんとかしたい
 1980年代以降、ツユクサ科の研究に最も貢献した学者として、アメリカのRobert B. Fadenが挙げられます。彼は数ある研究成果の1つとして、ツユクサ科の分類体系をまとめ上げ、その中でどの属とどの属が近い関係にあるのかを、階層的に整理しました(Faden & Hunt, 1991)。
 ちょうどこの頃から、植物のDNAを使った系統解析が盛んになり始めました。FadenとHuntの分類体系も、DNA の観点から支持されるかどうか、技術的に確かめられるようになってきたのです。実際にそのような研究が2003年に発表され、正しそうな部分が多く見つかったという結果になりましたが、まだまだ課題も多く残っていました(Evans et al., 2003)。しかし、それ以降の研究は、「ムラサキツユクサ連」など特定のグループに的を絞っていたので(Wade et al., 2006; Hertweck & Pires, 2014)、ツユクサ科全体の見直しは10年以上も止まっていました。
 そうした背景のもと、私は共同研究者たちとともに、解析に使うDNA領域や植物の種類を増やして、ツユクサ科の全体的な系統関係を調べました(Lee et al., 2021)。細かい成果がいくつかあったのですが、次のようにまとめてみました。
 1つ目の成果は、属間関係の解明です。これまでは、進化的に重要な属でさえ系統的な位置があまり分からなかったのですが、この研究で状況がかなり改善されました。特にイボクサ属については、現在進行中の研究につながる重要な発見がありました。
 2つ目の成果は、属の単系統性の検証です。分類学で扱う「グループ」は、近縁なもの同士をまとめるのが理想です。つまり、ある祖先から派生した子孫をすべて含み、仲間外れがない状態、言い換えると「単系統性」が重要です。この研究では、グループから変わり者を仲間外れにしてしまった例(側系統)、近縁でないのに同じグループに混ぜてしまった例(多系統)をいくつか見つけました。
 最後に、植物の形態と新たにわかった系統関係を踏まえて、分類体系の修正を行いました。この分類体系では2亜科6連7亜連に37属が認められています。

属の中まで調べていくと
 こうした研究と並行して、日本やタイで実際に野外のツユクサ科を調べていると、1つ1つの「種」と向き合う時間がおのずと増えてきました。多くの場合、同じ属でも種ごとに形態が多様なので、その多様性がどのように生じたのかが、気になってきます。
 ツユクサ属の花の近くには、総苞(そうほう)という特殊化した葉があります。他のツユクサ科の総苞は、普通はあまり存在感がありませんが、ツユクサ属では違います。ハートをひっくり返して谷折りにしたような形で、花のつく部分(花序)を下と左右から覆っているのです。しかも、マルバツユクサやホウライツユクサの場合は、谷折りになった状態で後ろ側が合着していて、ここを破らないと折り目を広げられないようになっています(図3)。

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図3 ツユクサ属の総苞
上と左下は合着していないが、右下のナンバンツユクサは漏斗状に合着している。

 きっと、ツユクサのようなシンプルな谷折りの総苞から、ホウライツユクサのような合着した総苞が進化したのだろう。Burns et al. (2011) は、DNA解析の結果に基づいて、このように考えました。確かに、植物の合着の進化を考える時は、花弁でも子房でも「非合着から合着へ」の流れが基本です。しかし、この研究の解析結果をみると、この仮説に関わる部分は統計的にあまり支持されていませんでした。もしかすると、解析に含まれていないアジア産の種を解析すれば、違う結果が得られるかもしれません。
 そこで私たちは、さらに解析に適した遺伝子を使って、アジア産の種を中心に、ツユクサ属の系統を推定しました(Lee et al., 2017)。その結果、総苞が合着しているホウライツユクサやマルバツユクサはBurns et al. (2011)の「合着グループ」を再現しましたが、別の総苞が合着しているナンバンツユクサなどは、「非合着グループ」の基部に位置していることが明らかとなりました。なんと、「合着グループ」は2つあったのです!
 もしかすると、合着した総苞から非合着の総苞が進化したのかもしれない。その可能性を示唆する証拠が、もう1つ見つかりました。「合着グループ」の中に、合着しない植物が1種だけ混ざっていたのです(図4)。ここまでくると、「そもそもツユクサ属では、総苞は共通祖先の時点で合着していたが、いくつかのグループでは合着しなくなった」と考える方が、現時点では素直です。もちろん、今後の研究でさらなる検証が必要ですが。

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図4 葉緑体遺伝子を用いたツユクサ属の分子系統樹
再節約法で解析したが、最尤法でも同様の樹形となる。Lee et al. (2017)のFigure 2から、一部改変。

 この研究を通して分かったことは他にもいろいろあるのですが、一方で、ツユクサはわからないことばかりだということを、再認識しました。この植物にとって、総苞の形が変わったことにどんな意味があったのだろうか? どうして、ツユクサ属のいろいろな系統が、アジアに集まることができたのだろう? 今でもツユクサ属の研究を継続していますが、進展があるたびに疑問は増える一方です。

そもそも、種から調べ直しだ
 実は、もっと基本的なことでも頭を悩ませています。今の科学は、種を正しく認識できているのでしょうか? ツユクサ属、イボクサ属、ヤブミョウガ属、ヤンバルミョウガ属など、日本で見られるグループの植物でも、東南アジアに行くと「同じ種にしていいのかな」と思う植物がいくつも見つかります。初めから新種に見えるものも見つかります。
 実は気になるのは東南アジアだけではありません。日本は海外と比べて、動植物の分類がかなり進んでいます。それでもツユクサ科については、ツユクサとケツユクサの関係をはじめ、まだまだ課題が残されています。
 人間の姿かたちというのは、一人一人に違いがあり、地域ごとで見ても違いがあります。植物でも同様で、「ちょっと形が違うから新種!」という訳には行きません。逆に、トラとヒョウのような近縁種を混同しないように気を付ける必要もあります。現在の種の範囲も、過去の先生がそうやって調べてくれたものです。しかし、当時使えなかった技術、当時できなかった調査によって、科学は進歩していくものです。種の範囲を再検討することは、私たち分類学者の宿題とも言えますし、実際にその中で多くの発見がなされ続けています。
 種の範囲を再検討するには、形態に加え、DNAも役に立ちます。本シリーズ第28回『混沌としたハエトリグモ類の分類体系を整理したい』で山﨑研究員が述べているように、「系統分類学においては、生物に対して形態とDNAの両方で攻めていくことが必要」です。
 タイや日本に産する分類の怪しいツユクサ科植物についてDNAを調べてみると、予想通り別系統に分かれるものもあれば、予想に反してほとんど違いが見つからないものもありました。中には、予想と違う分かれ方をするものや、予想を超えて第3の種が間に入ってくるほど違うものもあります。
 あとは分子系統に従って整理するだけ、というように進められれば楽な仕事なのですが、まだまだ簡単にはいきません。形態に基づいて認識した種が分子系統と矛盾していれば、徹底的に観察のやり直しが必要です。採集できた花で違いが分からないようなら、今度は果実の時期に採集に行かなければなりません。これが日本ならともかく、海外ではそう簡単ではない場合もあります。標本庫の存在は大きな助けになりますが、それでも国内だけでは解決しないことも多いです。
 実はDNA解析自体も万能ではなく、「1つの種なのか2つの種なのか、どちらでもおかしくなさそう」という結果になる場合もあります。さらに、どのDNA領域を使って解析するかによって、解析結果が大きく食い違う例もあります。性急に判断して拡大解釈にならないように慎重に検討することが重要です。この辺りについては、日本のツユクサ科植物についても面白いことがわかってきていますので、もう少しはっきりしたら、皆さんにもお伝えできると思います。

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図5 フィールド調査の様子
新種と思しきツユクサ属植物が一面に生えている中、筆者が花か果実が見つからないか探している。タイにて。伊藤厳氏撮影。
今後の研究について
 技術が年々進歩するおかげで、今まで費用の問題で縁のなかった解析手法にも手が届くようになってきました。DNAの抽出から解析まで、いろいろな場面で、時代に恵まれていることを実感します。
 しかし、逆説的ではありますが、地道な形態観察やフィールド調査の重要さは増しているように思います(図5)。たいていの場合、DNAから得られる結果にどういう意味があるのかは、こうした地道なステップがあって初めてわかるものです。
 博物館はこれまで、実物の標本を一か所に集めてカビや害虫から守り、研究に取り組みやすい状態に整理してきました。さらに近年は、オンラインでデータベースを共有できるようになっただけでなく、標本の高解像度写真を公開・提供してくれるところも増えてきました。科学における博物館の役割は、そういった目立ちにくい部分でも、ますます重要になっていくように思います。
 最後に、私自身の研究について一言。これまでの研究でいろいろと面白いことがわかってきましたので、この機会に書きたい気持ちもあったのですが、そういうトピックに限ってまだ書けない事情があるのが大変もどかしいです。地道に研究を進めて、いい結果をできるだけ早くご報告したいと思っています。

引用文献
Burns JH, Faden RB, Steppan SJ. 2011. Phylogenetic studies in the Commelinaceae subfamily Commelinoideae inferred from nuclear ribosomal and chloroplast DNA sequences. Systematic Botany 36: 268-276.
Evans TM, Sytsma KJ, Faden RB, Givnish TJ. 2003. Phylogenetic relationships in the Commelinaceae: II. A cladistic analysis of rbcL sequences and morphology. Systematic Botany 28 (2): 270-292.
Faden RB, Hunt DR. 1991. The classification of the Commelinaceae. Taxon 40: 19-31.
Hertweck KL, Pires JC. 2014. Systematics and evolution of inflorescence structure in the Tradescantia alliance (Commelinaceae). Systematic Botany 39 (1): 105-116.
Lee C-K, Fuse S, Poopath M, Pooma R, Tamura MN. 2021. Phylogenetics and infrafamilial classification of Commelinaceae (Commelinales). Botanical Journal of Linnean Society 198 (2): 117-130 (printed in 2022).
Lee C-K, Fuse S, Tamura MN. 2017. Biosystematic studies on Commelinaceae (Commelinales) I. Phylogenetic analysis of Commelina in eastern and southeastern Asia. Acta Phytotaxonomica Geobotanica 68 (3): 193-198.
Wade DJ, Evans TM, Faden RB. 2006. Subtribal relationships in the tribe Tradescantieae (Commelinaceae) based on molecular and morphological data. Aliso: A Journal of Systematic and Evolutionary Botany 22 (1): 520-526.

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第32回「神社を地域防災の拠点として活用する」(地域とむきあう)

高田知紀(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


はじめに(神社と防災の関係)
 日本各地に鎮座する神社は、数百年から数千年の時間単位で国土のなかに存在しています。その間、人間社会は人為的・自然的を問わず様々なリスクにさらされてきました。すなわち、長く日本の国土に鎮座している神社は、その間に発生したリスクを何らかの形で乗り越えながら現在にその姿をとどめているのです。
 2011年の東日本大震災の後には、多くの人びとが神社と自然災害リスクとの関係に注目することとなりました。メディアによる報道やいくつかの研究論文によって、東北被災地の沿岸部で津波の浸水域を避けるように神社が立地していることが報告されたからです。
 一方で現代社会においては、地域での氏子制度の崩壊、神職の高齢化など様々な問題から、神社そのものを適切に維持管理し、後世に持続可能な形で残していくことが困難になりつつあります。今、わたしたちは「防災」という共通の課題のなかで、神社のもつ多様な価値をどのように捉えることができるでしょうか。

神社空間の災害リスクポテンシャル
 南海トラフ巨大地震が発生した場合に大きな被害が出ると想定されている和歌山県の神社についてシミュレーションしたところ、津波については県内の神社の約9割(調査対象の神社412社のうち374社)が被害を免れうる立地であることがわかりました。他にも、河川氾濫に対しても約9割(調査対象の神社412社のうち375社)の神社が安全性を担保しうる立地という結果になりました。和歌山県の神社は、コンビニエンスストアや公民館、小学校よりも数が多いことから、地域防災の取り組みのなかで活用できる大きな可能性を秘めていると言えます。

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図1 和歌山市・有功地区に鎮座する式内社・伊達神社の境内
記紀のなかで、スサノオノミコトともに木の種を国土に播いたイタケルノミコトを主祭神としている。
式内社・伊達神社のコミュニティへの想い
 和歌山県の神社は水害に対して比較的安全な立地にある一方で、残念ながら地域の神社は住民にとって、いざというときに避難できるような身近な存在ではありません。かつてはコミュニティの大切な活動の場として多様な価値を有していた神社空間は、現代においてその多くが地域社会との関係を徐々に失いつつあります。
 和歌山市・有功(いさお)地区に鎮座する伊達(いたて)神社では、人びとが日常的に神社に訪れるきっかけをつくるとともに、地域防災コミュニティのひとつの拠点として神社空間を活用するための様々な取り組みを進めています(図1)。伊達神社の宮司・藪内佳順さんは、奉職する伊達神社が、南海トラフ巨大地震や紀ノ川の洪水などの災害リスクに対して安全な立地であることを知り、いざというときに地域住民の緊急の避難場所になるように、社務所に水や非常食などを備蓄しました。地域防災という課題に対してアプローチすることが、神社と地域社会との関係を再構築するための大切なきっかけとなると考えたのです。

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図2 有功地区ふるさと探検ツアーのようす
ハザードマップに載らない局所的な災害リスクを確認しながら地域をくまなく歩いた。
地域を歩いて体感する「有功地区ふるさと探検ツアー」
 2018年5月よりトヨタ財団の研究助成を受け、災害時の自主避難所としての整備を進めていた伊達神社を拠点に、新たな防災コミュニティ形成の社会実験を実施することになりました。そのためにまず実施したのが、「有功地区ふるさと探検ツアー」です(図2)。このツアーには、氏子総代やその他の近隣住民にも呼びかけ、まちづくり、交通、地質学、考古学などの専門家も参加しました。そうすることで、「防災」というテーマに限定するのではなく、地域の歴史や史跡名所、地理地形の読み解き方、教育や福祉の問題、地域づくり方策など多様で包括的な視点をもちながら、フィールドワークと対話を展開することを目指したのです。
 ふるさと探検ツアーの重要なポイントは、見慣れた風景に対して意識的に「?」をつけることです。特に微妙な高低差に着目すると、日常の風景から色々な情報を得ることができます。たとえば有功地区の真ん中には、東西に直線的な数メートルの高低差があります。これは、根来断層という断層の活動によってできたものです。
 また過去の航空写真をみてみると、ため池の下流側には田んぼだけが広がっていました。しかし現在は、家や保育所などができています。豪雨や地震などでため池が崩壊すると地域に大きな被害をもたらします。大切なのは、ハザードマップに掲載されていないような局所的なハザード情報を地域の人びとが知ることです。
 ふるさと探検ツアーは、地域の貴重な資源についても人びとが認識する機会となりました。伊達神社以外にも、有功地区には多くの寺院やお堂、祠、井戸などの史跡があり、それぞれに謂れや伝承があります。また山側を歩けば、紀ノ川に向かって広がる素晴らしい景色に出会うことができます。
 これらの地域の詳細なハザード情報、あるいは身近な史跡や素晴らしい景観といった地域資源を、人びとは普段ほとんど気にせずに生活していました。ふるさと探検ツアーをとおして参加者が共有したのは、大切な資源を活かしながら、防災をはじめ地域の抱える課題を解決するための実践活動の必要性でした。

「無病息災マップ」製作プロジェクト
 ふるさと探検ツアーの成果をふまえて、伊達神社周辺の史跡名所やハザード情報などを掲載したマップづくりのプロジェクトを進めることになりました。プロジェクトには伊達神社宮司、氏子総代、さらに神社に隣接する有功小学校「育友会」のOBが参加しました。
 マップづくりのミーティングと現地確認を何度も繰り返すなかで、「多様な人びとが多様な用途で活用できる地図」をコンセプトとして、絵地図による表現で有功地区の個性を強調したデザインとすることを決めました。災害情報だけでなく、地域の魅力や価値など多様な情報を組み込んだ地図とすることで、楽しみながらハザード情報を認識できるようなしかけを目指したのです(図3)。

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図3 絵地図作家・植野めぐみ氏によるデザイン
人びとが思わず手に取りたくなるデザインをコンセプトに、プロジェクトメンバーが議論を重ねた。

 一方で、多様な情報を組み込めばマップとして見づらいものとなってしまいます。そこでマップの表現方法としては、地域の地形と建物などの最低限の要素をベースマップで表現し、その他の情報についてはマップの使用者が個々にカスタマイズできる形にしていくこととしました。具体的には、ベースマップの上に、その他の情報が書き込まれた透明のフィルムを重ねていくことで、それぞれが関心のある情報が地図にプロットされていくような方法です。またベースマップはクリアファイルになっており、地図以外の用途として利用できるだけでなく、水でにじむ心配がないことから、雨のなかの避難時にも有効に活用することができます。
 マップづくりプロジェクトで大切にしたことは「地域の人びとが地域内を歩く契機を創出する」ということでした。有功地区は、住民の移動手段は多くが車やバイクです。そのため、日常的に通る道は限定され、さらに地域の微細な地理の変化を実感することがほとんどありません。つまり紀ノ川の氾濫や山側で土砂災害が発生した際に、水や土石流がどのような範囲で被害を及ぼすのかということについてイメージしにくいのです。
 マップづくりのミーティングを重ねるなかで、有功地区の神社・寺院やお堂などの配置がちょうど河川氾濫時の浸水想定区域の境界上に位置することがわかりました(図4)。

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図4 伊達神社周辺の史跡と河川氾濫浸水想定域との位置関係
ちょうど浸水想定域の境界部に史跡が位置していることがわかる。
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図5 作成した「無病息災マップ」
伊達神社の社務所で配布されている。

また、土石流や斜面崩壊のリスクが高いスポットは、紀ノ川への眺望が開けている場所です。そこで、史跡・名所や眺望点を結ぶウォーキングコースを設定し、そこを歩くことが自動的に地域のリスクの高いエリアを認識する契機となるようにしました。地域の歴史的文化的背景を知るとともに、地形を体感しながら歩くことで健康を増進しながらも、災害リスクの高いエリアを同時に把握するという複合的な価値を組み込んだマップにしたのです。
 災害情報と避難経路、住民の健康増進と交流、さらに地域の歴史的文化的背景を統合的に捉えたマップは、人びとが自身の暮らす地域の特性を理解し、健康に暮らしながら、災害時に適切に行動するためのコミュニティの下地を形成することに貢献します。そこで伊達神社を核としたこのマップを「無病息災マップ」と名付けました(図5)。

「わざわい」を避けて「さいわい」を得る
 神社において実施する夏越の大祓などの祭事はまさに、無病息災を祈願するものであり、健康で安全に暮らすことそのものが一つの幸福の形であるという考えにもとづいています。無病息災マップは、そのような伝統的な日本の幸福概念を防災コミュニティの形成という現代的課題にもとづいて具体化したツールであるといえます。
 伊達神社で実現したのは、地域防災に貢献しうるツールを作成するプロセスを通じて、神社を拠点とした新たな地域主体を形成することです。さらにプロジェクトにかかわった人びとは、地域空間の構造と履歴に対する多様なまなざしを共有していきました。
 古くから日本人は自身の身に降りかかる「わざわい」を回避するために祈り続けてきました。「わざわい」という日本語の語源は「わざ」が「這う」です。「わざ」とは、「人知を超越した何者かの力」という意味の言葉です。すなわち「わざわい」はそもそも人びとがコントロールできるものではなかったということがこの言葉の語源から理解できます。わざわいを回避するための祈りの空間として神社は長く地域社会のなかで重要な役割を果たしてきました。
 本稿で示した知見は、「防災拠点としての神社」という視点でみると今日的ではありますが、「わざわいを回避するための祈りと実践の場」という点では、神社空間がもつ普遍的な価値を体現していると言えます。先人のわざわいへのインタレストに着目し、様々なスケールでの「時間性」のなかで防災減災のあり方を考えていくことが、わたしたちの安全安心な暮らしを実現することにつながります。

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第31回「海産外来種を取り巻く複雑な種間関係を紐解く」(自然とむきあう)

頼末武史(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


海の外来種問題
 2020年に世界各地の29名もの研究者から構成される国際研究グループが発表した論文によると、1965年以降に海などの水圏生態系では8.4日に1種類のペースで外来種が発見されています(Bailey et al., 2020)。このような水圏の外来種の大部分はタンカーなどの大型船舶に付着して移動したり、小さなプランクトン幼生がバラスト水という船舶の重しとして使われている海水に混入することで本来の分布域外の地域に侵入し、定着しています。国際貿易のための大型船舶の航行量は2050年までに大きく増加すると予測されており、外来種の侵入リスクも大きくなっていく可能性があります(Sardain et al., 2019)。外来種は移入先で在来種と空間や餌資源をめぐる競争など、様々な関わり合いをしています。外来種の生態系への影響を明らかにするには、このような生物間の関わり合いを解明していく必要があります。ここでは私が行った捕食者巻貝が在来種と外来種のフジツボ同士の関係に与える影響を調べた研究の内容(Yorisue et al., 2019)とその研究の経緯や今後の展望についてご紹介します。

海産外来種の研究材料としてのフジツボ
 フジツボは岩盤などに固着して生活をしている沿岸域を代表する海洋生物です。フジツボは外来種として分布を拡げている種も多く、日本では8種類の外来フジツボが確認されています。これらの外来フジツボが在来種を圧倒している海岸も多くあります。そのため、外来フジツボに関する研究は沿岸生態系への影響を調べる上で欠かせません。加えて多くの外来フジツボは潮間帯と呼ばれる、潮が引いた時に陸地となる場所に生息しています。フジツボは動かない上に潮間帯は潮が引けば歩いて調査ができるため、モニタリングなどの調査や野外での実験がしやすいと言う研究上のメリットもあります。

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図1 外来種のキタアメリカフジツボと在来種の種間関係
キタアメリカフジツボとキタイワフジツボは餌や空間の資源を巡る競争関係にある。肉食性巻貝であるエゾチヂミボラはフジツボ類の主要な捕食者である。
研究の経緯
 共同研究者のJulius Ellrichさんは大西洋でフジツボの捕食者である肉食性巻貝の存在がフジツボの新規加入(ここではフジツボの幼生が岩盤などに固着してある程度成長すること)に与える影響を野外実験で調べていました(例えばEllrich et al., 2015)。彼の研究では捕食者巻貝もフジツボも大西洋に元々生息している在来種を対象としていましたが、在来種の捕食者の存在が外来種のフジツボや同じ環境にいる複数種のフジツボ同士の関わりあいにどのような影響を与えているのかはよくわかっていない状況でした。
 2000年に東北~北海道南部の太平洋岸で、北米太平洋岸を原産とするキタアメリカフジツボと言う外来種が発見されました(Kado, 2003)。この時点ですでに在来種を圧倒している海岸も少なくありませんでした。その後本種は北海道東部まで分布を拡大させています(Alam et al., 2014)。私は2013年~2018年まで北海道東部の厚岸町にある北海道大学・厚岸臨海実験所に所属していました。厚岸の潮間帯ではこのキタアメリカフジツボと在来種のキタイワフジツボが混在していて、餌や空間などの資源をめぐる競争関係にあります(図1)。2015年に私が参加した国際学会でJulius Ellrichさんが、捕食者が近くにいるとフジツボの幼生が(おそらく)その匂いなどを忌避して加入量が減少するという実験結果に関して研究発表を行っていました。彼の研究に興味を持ち、発表後に話しかけたところすぐに意気投合し、彼の実験手法を使って厚岸をフィールドにした共同研究を始めることになりました。具体的には厚岸の代表的な捕食者巻貝(エゾチヂミボラ)がキタアメリカフジツボとキタイワフジツボの競争関係に対してどのような影響を与えているのかを調べることにしました。

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図2 実験に使用したケージの構造と野外実験の様子
(A)実験ケージの写真。中央部は見やすくするために開けている。(B)実験ケージの模式図。(C)北海道大学・厚岸臨海実験所での野外実験の様子。(D)実験後の加入板の写真。白く大きいフジツボがキタアメリカフジツボで、その他の空間はほとんどキタイワフジツボが占めている。フジツボに覆われていない空き空間も少し見える。
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図3 実験の結果から明らかになったエゾチヂミボラがフジツボの加入に与える影響
キタイワフジツボもキタアメリカフジツボもエゾチヂミボラを忌避して加入量が減少する(青の矢印)。しかしエゾチヂミボラは先に加入するキタイワフジツボの加入を減少させることによって、後から加入するキタアメリカフジツボが利用できる空き空間を増加させ、キタアメリカフジツボの加入量を増加させる効果ももたらす(オレンジの矢印)。
捕食者を介した在来フジツボと外来フジツボの関係
 2016年5月~9月にかけて、当時所属していた北海道大学・厚岸臨海実験所にある桟橋のコンクリート壁で実験ケージを使った野外実験を行いました(図2)。ケージは塩ビパイプとプラスチックネット製で、中央部に板(加入板)を取り付けており、一定期間経過すると加入板にフジツボの幼生が加入してきます(図2)。ケージの縁辺部にはエゾチヂミボラを入れたものと入れていないものを用意し、加入板がある中央部と縁辺部はネットで仕切ることでエゾチヂミボラがいても加入板に接触してフジツボが捕食されないような構造になっています(図2)。実験後の加入板上のキタアメリカフジツボとキタイワフジツボの数を解析することで、エゾチヂミボラの存在によってフジツボの加入量がどのような影響を受けているのかを調べました。実はこの実験、2015年に始めたのですが、その年は私にとって初めて野外実験をした年で、完全に失敗に終わってしまいました。実験ケージが波にさらわれてしまったのです。それでも方法を改善して翌年に再チャレンジしたところ、なんとかデータを得ることができました。
 データを解析すると、キタイワフジツボの加入量はエゾチヂミボラの存在によって減少していましたが、キタアメリカフジツボの加入量は変化していませんでした。なぜ同じフジツボなのに異なる結果になるのか、様々な可能性を考えました。もしかしたら外来種のフジツボは移入先で遭遇する新しい捕食者のことを認識できていないのかもしれません。しかし今回実験に使ったエゾチヂミボラの分布域は広く、キタアメリカフジツボの原産地にも分布していることからその可能性は低いと考えられます。別の理由を考えていたところ、車の運転中にふとキタイワフジツボとキタアメリカフジツボの加入時期のズレが重要なのではないかと思いつきました。キタアメリカフジツボの加入はキタイワフジツボよりも遅れて始まることが示唆されていて、その場合、後から加入してくるキタアメリカフジツボが利用できる空間が既にキタイワフジツボに占領されて制限られてしまうことになります。さらに少し複雑ですが、この時エゾチヂミボラがいるとキタイワフジツボの加入量が減るため、後から加入するキタアメリカフジツボが利用できる空きの空間が比較的大きくなることになります。この可能性を考慮してデータを再解析したところ、エゾチヂミボラの存在によってキタアメリカフジツボの利用可能面積に対する加入量が減少していることを見出しました。つまり、キタアメリカフジツボの立場から見ると、エゾチヂミボラは加入量を減少させられる厄介な存在である一方で、競争関係にある在来種の加入量を減少させて利用できる空きの空間を増加させてくれるありがたい存在でもあることがわかってきました(図3)。

今後の展開
 今回の実験では、近くに捕食者がいるだけで実際に捕食者に食べられているわけではないのに新規に加入するフジツボの数が減少しました。フジツボの幼生が捕食者の分泌物に由来する化学物質を避けていると考えられています。このように海洋生態系では生物の分泌物を介して生物同士の複雑な関わり合いが形成され、外来種の侵入や定着にも大きな影響を及ぼしていると考えられます。今回は捕食者の分泌物にまつわる研究でしたが、実際には様々な生物が分泌物を出しています。例えばフジツボ自身もフェロモンを分泌して同種の幼生を誘引していることが知られています。しかし在来フジツボのフェロモンが外来フジツボの幼生を誘引してしまうのか?外来フジツボのフェロモンは別の外来フジツボの幼生を誘引するのか?など、分泌物を介した生物間の関係性はわかっていないことだらけです。私は海洋生物の分泌物が複雑な生物同士のつながりにどのような影響を与えているのか、またそれが外来種の侵入・定着にどのような影響を与えているのか、ということを解明するために地道に研究を進めていきたいと考えています。
 いうまでもなく海産外来種問題への対策は地球規模の国際的な課題です。基礎研究分野においても国際的なネットワークが重要で、冒頭にご紹介した論文(Bailey et al., 2020)はそういった国際共同研究による代表的な成果です。しかし残念ながらこの論文の著者に日本人はいません。この論文を読んで以来、世界の国際的な海産外来種研究から日本が取り残されてしまうのではないかと、大きな危機感を感じていました。そんな折、海産外来種に関する国際学術会議の運営メンバーへの就任依頼を受け、2020年から引き受けることになりました。基礎研究分野の研究者として、国際学術誌への研究論文掲載や国際学術会議での運営、また研究発表を通して日本のプレゼンスを示していきたいと考えています。

引用文献
Alam, A. K. M. R., Hagino, T., Fukaya, K., Okuda, T., Nakaoka, M., & Noda, T. (2014) Early phase of the invasion of Balanus glandula along the coast of Eastern Hokkaido: changes in abundance, distribution, and recruitment. Biological Invasions, 16, 1699-1708.
Bailey, S. A., Brown, L., Campbell, M. L., Canning - Clode, J., Carlton, J. T., Castro, N., et al. (2020) Trends in the detection of aquatic non - indigenous species across global marine, estuarine and freshwater ecosystems: A 50 - year perspective. Diversity and Distributions, 26, 1780-1797.
Ellrich, J. A., Scrosati, R. A., & Molis, M. (2015) Predator nonconsumptive effects on prey recruitment weaken with recruit density. Ecology, 96, 611-616.
Kado, R. (2003) Invasion of Japanese shores by the NE Pacific barnacle Balanus glandula and its ecological and biogeographical impact. Marine Ecology Progress Series, 249, 199-206.
Sardain, A., Sardain, E., & Leung, B. (2019) Global forecasts of shipping traffic and biological invasions to 2050. Nature Sustainability, 2, 274-282.
Yorisue, T., Ellrich, J. A., & Momota, K. (2019) Mechanisms underlying predator-driven biotic resistance against introduced barnacles on the Pacific coast of Hokkaido, Japan. Biological Invasions, 21, 2345-2356.

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【バックナンバー】

第30回「ダーウィン・クジャクの羽・花粉」(自然とむきあう)

京極大助(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第29回「里山が持つ価値、美しさを未来につなげるには?」(地域とむきあう)

衛藤彬史(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第28回「混沌としたハエトリグモ類の分類体系を整理したい」(標本とむきあう)

山﨑健史(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第27回「異常巻アンモナイトの研究-種の分類の見直しを目指して-」(標本とむきあう)

生野賢司(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第26回「実験的な風景づくりからの都市計画」(地域とむきあう)

福本 優(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第25回「風景の価値を探る―世界遺産登録に向けた調査の現場から」(地域とむきあう)

大平和弘(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 講師)

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第24回「コミュニティと身近な緑」(地域とむきあう)

赤澤宏樹(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授)

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第23回「恐竜化石を求めてゴビ砂漠へ行く」(標本とむきあう)

久保田克博(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第22回「生物標本の遺伝情報を利用する」(標本とむきあう)

中濱直之(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 講師)

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第21回「雪と森の国に生息するイヌワシの不思議な生態」(自然とむきあう)

布野隆之(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第20回「海浜植物ウンランと海辺の自然の保全に向けて」(自然とむきあう)

黒田有寿茂(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第19回「ヘビ類化石の研究―小さく目立たない化石が教えてくれること―」(標本とむきあう)

池田忠広(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第18回「神戸層群の年代を調べる」(自然とむきあう)

半田久美子(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)

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第17回「地域の自然に配慮した緑化のしくみを目指して」(人とむきあう)

橋本佳延(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)

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第16回「身近な生き物から地域の特徴を知る~市民参加型調査の手法と成果」(自然とむきあう)

鈴木 武(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 講師)

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第15回「『非認知的能力』から読み解く博物館での学び」(人とむきあう)

八木 剛(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)

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第14回「日本を代表する森林,照葉樹林の保全に向けた研究」(自然とむきあう)

石田弘明(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授)

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第13回「アフリカ・タンガニイカ湖での調査研究」(自然とむきあう)

高橋鉄美(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授)

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第12回「可憐な花,オチフジの謎にせまる」(自然とむきあう)

高野温子(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)

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第11回「コロナ禍でみえた身近な地域」(人とむきあう)

藤本真里(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第10回「六甲山系における森林の植生と土壌を調べる」(自然とむきあう)

小舘誓治(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 講師)

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第9回「兵庫県のヤマラッキョウの地域的変異」(地域とむきあう)

藤井俊夫(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)

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第8回「琉球・台湾にキノボリトカゲの仲間は何種いるのか?」(自然とむきあう)

太田英利(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授)

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第7回「ナウマンゾウの祖先をエチオピアで掘る」(標本とむきあう)

三枝春生(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第6回「兵庫の海にさぐる氷河時代の環境変動」(自然とむきあう)

佐藤裕司(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授)

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第5回「意外と役立つアリの研究―博物館の研究が取り持つ人や社会との絆」(人とむきあう)

橋本佳明(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第4回「ジャゴケを求めて西に東に」(標本とむきあう)

秋山弘之(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第3回「エチオピアの大地に人類進化の謎を探るーコンソ村での調査」(自然とむきあう)

加藤茂弘(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)

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第2回「ヒトの進化とスペクトラム」(人とむきあう)

三谷雅純(元 兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)

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第1回「兵庫の植物、その特異な分布と博物館の標本」(標本とむきあう)

高橋 晃(元 兵庫県立大学自然・環境科学研究所 教授・所長)

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