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シリーズ「人と自然,地域と向き合う-人博の多様な調査・研究活動の歩み」

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 兵庫県立人と自然の博物館は,1992年10月の開館からすでに27年目を迎えました。2022年10月の開館30周年に向けて,開館後に本館の研究員が進めてきた調査・研究活動の歩みを,研究現場の貴重な写真やいろいろなエピソードとともに,わかりやすく,おもしくろく解説します。兵庫県を主とした,大地とそこに暮らす生き物,人とそれらとの関わり,人の暮らしなどに関わるさまざまな題材をテーマとした調査・研究活動の醍醐味を楽しんでください。

第20回「海浜植物ウンランと海辺の自然の保全に向けて」(自然とむきあう)

黒田有寿茂(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


はじめに
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図1 海岸砂地に生育するウンラン
 砂浜、砂丘など海岸の砂地に生育する植物を海浜植物といいます。私は人と自然の博物館に来てからまもなく、ウンランという海浜植物の保全に関わることになりました(図1)。ウンランは東アジアからロシアにかけて分布する海浜植物です。国内では北海道や本州の日本海沿岸でよくみられ、太平洋沿岸でも関東以北では連続的に分布しています。しかし、分布の南限にあたる、関東以西の太平洋沿岸や瀬戸内沿岸では非常に稀で、生育の確認されている県の多くで絶滅危惧種に指定されています。
 兵庫県のレッドリストでも、ウンランは最も絶滅のおそれの高いAランクに位置づけられています。このような状況を考慮し、野生植物の保全を目的とした博物館の栽培施設(ジーンファーム)では、兵庫県のウンランの系統保存を行っています。また、生育地の保全や施設での安定的な栽培に向け、生育環境や生態的な特徴を明らかにするための調査を行ってきました。ここではウンランや海浜植生の解説と合わせ、これまでの調査でわかったことなどご紹介できればと思います。

ウンランの名前と形
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図2 ウンランに訪花するトラマルハナバチ
 ウンランは漢字で書くと「海蘭」です。これは海辺に生えるランという意味ですが、ウンランはラン科の植物ではなく、オオバコ科の植物です。黄白色のきれいな花を咲かせることから、このような素敵な名前がついたのでしょう。
 花は大きく上側と下側に分かれています。これらは中ほどでぴったりと合わさっているため、花の奥は通常見えません。合わさる手前の、下側の盛り上がった部分は、よく目立つ黄橙色をしています。ここにハナバチ類などの昆虫がやってきたとき、雄しべが体に触れて花粉がつき、雌しべに花粉が運ばれるという仕組みになっているようです(図2)。栽培施設の個体にネットの袋をかけ昆虫の訪花を遮ったところ、果実ができなかったことから、自動的な受粉や結実は起こりにくいことがわかりました。ウンランが生育地の砂浜、砂丘で種子をつくり、次の世代に命をつないでいくためには、花粉媒介を助ける昆虫が不可欠なようです。
 花の目立つウンランですが、緑白色の葉もなかなか個性的です。触ってみると肉質で厚みがあり、多肉植物のような雰囲気があります。地上の茎は砂の上を這いながら、斜めに立ち上がります。地下部がどうなっているか調べるため少し掘ってみたところ、細い根がやや深いところで横に長く伸びており、地上の茎は砂の中で広くつながっていることが確認できました。これらの特徴は他の海浜植物でもよくみられるもので、乾燥しやすく、表層の砂が動きやすい砂浜、砂丘で生き残るのに有利に働くのでしょう。

ウンランの好む場所
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図3 ベルトトランセクト調査のためにひかれた巻尺
 さて、ウンランは砂浜、砂丘に生育しているわけですが、一帯にまんべんなく広がっているというわけではありません。海岸の砂地では、海から内陸に向かうにつれ、潮風、海水のしぶき、砂の動きなどの影響が弱まります。これに対応するように、海浜植生の構成種は、海に近いところと内陸で、異なるものになることが知られています。
 そこで、ウンランが海浜のどのあたりに生育しているか調べるために、各地でベルトトランセクト調査を行いました。トランセクトというのは「横断する」という意味で、この調査では、方形区をある方向に向かって、連続的にベルトのように設置し、植物の種類や量を記録していきます。ここでは、海から内陸方向に方形区を設置し、植物の生育状況を調べました(図3)。その結果、ウンランは海に近すぎず、内陸にも入りすぎない、中間的なエリアに生育していることがわかりました。

エコトーンとしての海浜
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図4 駐車スペースにより破壊、分断された海浜植生
 陸域や水域、森林や草原など、異なる環境・生態系が接する場所はエコトーンと呼ばれ、そこには移行的な植生がしばしば成立します。海と陸が接する場所にある海浜も、エコトーンのひとつです。日本の海浜では多くの場合、海から内陸に向かって、植生は草原から小低木林となり、さらに低木林、高木林へと移り変わっていきます。ウンランが生育しているのは、この草原のやや後ろから、小低木林の前にかけてのエリアです。このエリアは潮風や砂の影響がほどほどに作用するところで、様々な海浜植物がみられる一方、内陸の植物の生育は抑えられるという特徴があります。
 海浜植生はエコトーンに成立する移行的な植生の好例といえます。しかし、その構成種や植生の移り変わりを幅広く観察できる海浜植生は、実際のところ、あまり残されていません(図4)。そのほとんどが開発によって縮小しており、特に低木林や高木林とのつながりが保たれた海浜植生は、国内全体でも稀になってきています。都市部では海浜植生の全く残っていないところの方が普通です。こういった状況は、人間活動の広がりと共にかなり以前から進んできたと思われますが、戦後、特に高度経済成長期以降、より顕著になってきたようです。
 博物館の収蔵庫でウンランの標本を探すと、今ではすっかり開発された阪神間で、1900年代初頭から中頃にかけて収集されたものが見つかります。しかし、この時期を過ぎると標本はみられなくなります。現在、阪神間には海浜植生はほとんど残っておらず、ウンランも分布していません。それらの標本は、1900年代の前半までは、ウンランの生育する、エコトーンの発達した海浜植生が阪神間に残されていたこと、また、その後開発によって失われたことを示しています。

域内保全
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図5 波で砂が削られ、地下部の露出したウンラン
 花の説明のところでふれたように、生きものはそれぞれがつながり合い、また環境と相互に影響を及ぼし合いながら、生態系をつくっています。普段気にすることは少ないかもしれませんが、私たちは地球上の様々な生態系から多くの恵みを受け、暮らしています。生態系のもつ機能と役割を守るという点から、野生の生きものは可能な限り、その生育地・生息地で保全することが望まれます。これを「域内保全」といいます。
 それでは、兵庫県の海浜で、ウンランの域内保全は可能なのでしょうか。現状をみると、厳しそうです。瀬戸内海沿岸では、他の地域も含め個体数は極めて少なく、危機的な状況です。また、兵庫県の日本海側は、山地が海にせまったところが多く、砂浜、砂丘はもともと多くありません。開発だけでなく、ウンランの存続には、高潮などの自然撹乱も今後はより大きく影響してきそうです。実際、わずかに残された生育地が、台風時の大波をまともに受け(図5)、その後みられなくなってしまったケースがありました。地球温暖化に伴う海面上昇や気候変動、また各地で認められている砂浜、砂丘の減少(海岸浸食)が、海浜植物の絶滅リスクをいっそう高めるのではないかと心配しています。

域外保全
 兵庫県のウンランのように、域内保全だけでは、その存続が危ういと考えられる場合、現場以外の場所で保全することも必要となってきます。これを「域外保全」といいます。
 植物の域外保全には、大きく分けて、個体を栽培して維持する方法と、種子など個体以外を保存して維持する方法の二つがあります。それぞれに長所、短所がありますが、域外保全をより確実で効果的なものにするために、ウンランについては両方を行っています。種子に関しては、アルミパックへの封入処理と低温下での保管によって、少なくとも8年間は発芽能力を維持することがわかりました。長期保存の可能性など、調べなければいけないことはまだたくさんあるのですが、域外保全に向け、種子保存の有効性がまず確認できたところです。

おわりに
 ウンランの少し心配な状況を中心に解説してきましたが、海浜植物は本来、砂浜、砂丘という過酷な環境で生活している、たくましい生きものです。そのたくましさは、適応進化の過程で生まれ、幾多もの世代を経て少しずつ変わりながら、受け継がれてきたものです。そこには私たちの知らない秘密、不思議がまだたくさん隠されていることでしょう。それを明らかにしていくことは、海浜植生や海岸生態系の仕組み・働きについて理解を深め、より良い保全方法を考えていく際にも役立つと考えられます。今後も調査を進め、セミナーなどでその内容をお伝えできればと思います。

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第19回「ヘビ類化石の研究―小さく目立たない化石が教えてくれること―」(標本とむきあう)

池田忠広(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


はじめに
 「化石」と聞いて、皆さんが最初に思いつくのはどのようなものでしょうか? 恐らく多くの方が、恐竜やアンモナイトなどを頭に思い浮かべるのではないでしょうか。事実、これらの絶滅生物は書籍やメディア等でも頻繁に取り上げられ、博物館の展示においても中心的存在になっています。しかしながら、「化石」は微生物など肉眼では確認できないものや、全長数十メートルにもなる恐竜類など、その大きさや種類も様々です。本論では私が長年携わっている「小さく目立たない化石:ヘビ類化石」について、その研究の一部を紹介します。

小さな化石との出会い

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図1 石垣島サビチ洞(洞穴堆積物)
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図2 沖縄島赤木又呉我山(浅海堆積物)

 私と小さな化石との出会いは大学四回生の時に遡ります。研究室配属が決まり教授と卒論のテーマについて意見を交換する機会がありました。無学だった私は「恐竜」の研究を希望しました。しかしながらその願いは一蹴されました。「それでは何なら研究できますか?」と教授に尋ねたところ、「そうねー、私は長いものが嫌いだから、ヘビなんてどう?」という答えが返ってきました。こうして私の研究テーマは「ヘビ類化石」に決まりました。
 琉球列島の各島々に分布する上部更新統(約2~1万年前)裂罅充填堆積物や洞穴堆積物(図1)、また下部更新統(約150万年前)の浅海堆積物(図2)から、多数の脊椎動物化石が産出しています1)。現在、同列島にはアマミノクロウサギやリュウキュウヤマガメなど多くの固有種を含む多種多様な生物が生息しています。同地域は生物地理学的には東洋区に区分され、各島々の豊かな生物相は、同列島の地史の変遷に伴う、動物群の移動・分散・分断・隔離によって形成されたと考えられています2,3)。その過程については様々な研究手法をもとに議論されており1)、特に遺伝学的研究は盛んで、高い確度で各分類群の種分化の時期や、移動侵入、分散過程が検討されており、幾つかのモデルが示されています4,5)。しかしながら、上記の議論において化石記録はあまり考慮されていません。化石は過去における各生物の生息状況を示す直接的な証拠です。したがって、同列島の生物群の成り立ちについてより詳細な理解を得るためには、多くの生物学的情報と供に、各地質時代の生物相を明確に示す化石を考慮した包括的な研究が必要となります。前述したように同列島の更新統堆積物からは多数の脊椎動物化石が産出しています。私が担当することになったのは、その中でも研究例や情報が乏しい「ヘビ類化石」でした。

研究の始まり
 皆さんヘビの化石と言うとどのようなものを想像しますか? くねくねした独特の長い体が保存されているものを想像するでしょう。しかしながら、私が扱っている化石はそのような"良い"資料ではありません。長く連なる背骨がバラバラになったもの、つまり単一の椎骨化石です。ヘビの骨格(図3)は、複数の細かな骨からなる頭骨と、種類によって異なりますが160~400個以上の椎骨6)、およびそれらに対応する肋骨からなります。
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図3 ヘビ類骨格・椎骨名称(Ikeda [2007]を改変)
A: 全身骨格模式図、B~F: 胴部椎骨(B: 前面、C: 後面、D: 背面、E: 腹面、F: 側面)、G: 総排出部椎骨(前面)、H: 尾部椎骨(前面)。

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図4 多数の脊椎動物化石を含む石灰岩
ヘビ類の場合、化石として産出する多くの資料は、これらの骨格要素がバラバラになったものです。中でも頻繁に化石として発見されるのが比較的頑丈で数の多い椎骨の化石になります。琉球列島産のヘビ類化石も例にもれることなくその多くが遊離した椎骨の化石で、各島々から他の脊椎動物化石ともに多数産出しています(図4)。それらの研究の歴史は1970年代にさかのぼります。同時代には、島々の地質調査とともに化石の調査が精力的に実施され、他の脊椎動物化石とともにヘビ類化石が報告されています。私の研究はそれらの関係論文を読む(理解する)ことから始まりました。私が論文を読み進めるなかで率直に感じたことは「なぜこの種類に同定されているのか、理由がわからない」ということでした。私の研究はその「なぜ?どうして?」という思いから始まりました。

研究を始める
 前述した先行研究においては、シカやイノシシなどの大型脊椎動物の記載(どのような種類でどのような化石なのかを記述する)が主で、ウサギやネズミ、カメやヘビ、特にヘビ類に関しては全体のリストに単に「ハブ:Protobothrops flavoviridis」と書かれており、多くの場合化石の特徴やその種とする根拠などが示されていません7)。記載がある場合でも簡易的なもので、私の疑問を十分に解決してくれるものではありませんでした。そこで、化石の研究を進めるにあたり、最初に行ったことはヘビの椎骨について調べることでした。
 皆さんもご存知のとおり、ヘビ類は爬虫類の一グループです。ヘビ類は極地を除くあらゆる地域に生息しており、現在3900を超える種が確認されています8)。日本及び琉球列島においても36種・亜種の陸生ヘビ類が生息しており、それぞれの種は類縁関係の近さで属や科というようにまとめられます。例えばハブ(Protobothrops flavoviridis)の各分類階級を示すと、爬虫綱・有鱗目・ヘビ亜目・クサリヘビ科・ハブ属・ハブとなります。そして、階級ごとに標徴(どのような特徴をもつのか)が定められています。つまり化石が示す特徴とこの標徴を比較することで、どのグループのものか特定することが出来ます。そこでヘビ類の椎骨に関し、各階級の標徴の有無、その内容について調べたところ、ヨーロッパや北米においてはヘビ類椎骨化石の研究6, 9)が盛んにおこなわれており、同地域に生息する現生種の情報をもとに各階級の標徴が示されていました。一方、日本を含むアジア地域においては、ヘビ類の椎骨に関する研究は皆無に等しく、各階級でどのような特徴をもっているのか、また他地域のヘビ類をもとに定義されている上位分類群(例えば科)標徴をそのまま適用できるのか判然としない状況でした。つまり、化石のグループを特定するための指標がないのです。私は「そうか、それではその指標を作ろう」と思いたち、研究は次のステージに進みました。

椎骨を観察する
 ヘビ類の骨格は前述したとおり、頭骨、椎骨、肋骨からなり、椎骨が連なる脊柱は一般に前方から頸部、胴部、総排出部、尾部に区分されます3)(図3)。総排出部・尾部椎骨はリンパ突起、側突起、血管隆起が発達するため、前総排出部(頸部+胴部)と明瞭に区分されます。一方、ヘビは四肢が無く肩帯・腰帯も見られないため、漸移的に変化する頸部と胴部を明瞭に区分することは困難です(通常、頸部椎骨は神経腔[脊髄が通る穴]が大きく,胴部に比べ華奢:解剖学的研究では11番目までという見解もある10))。化石として多く産出するのは前総排出部の椎骨であり、主に胴部椎骨の特徴をもとに各分類階級の標徴が記載されています。私の研究資料も主に胴部椎骨であり、その分類には化石産出地域及び周辺域に生息するヘビ類の椎骨情報が必要不可欠です。そこで、私は日本及び琉球列島、また近隣地域に生息する現生種、6科27属46種8亜種を対象に、前総排出部椎骨の29項目の形質(図5)について検討し、先行研究の結果と照らし合わせながら、各分類階級の標徴を整理しました11)。前述した通り現生ヘビ類は3900種以上確認されており、私が検討できたものはその極一部にすぎません.しかしながら、少なくとも化石が産出地域に生息する種なのか、もしくはそれに近い系統のものであるのか、また未知の種なのかを判断する上では有益な情報です。指標はできました。私の研究は次にステージに進みます。
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図5 比較検討した椎骨の形質

化石を分類する
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図6 ハブ属の化石(Protobothrops sp. indet.)
A:前面、B: 後面、C: 背面、D: 腹面、E: 側面。スケール=1mm。
 前述した指標をもとに化石を分類していきます。対象となる資料は沖縄島呉我山赤木又の下部更新統浅海性堆積物(約150 ± 20万年前)から産出しているヘビ類椎骨化石9点です12)。それでは最初になぜこれらが「ヘビ類の椎骨」と言えるのか説明していきます。化石は左右対称で前後に貫通する穴(神経腔)、関節する構造(球状顆・杯状窩)、薄い板状の構造(神経棘)がみられることから脊椎動物の椎骨であることがわかります。また、関節構造が後凹型(前凹・後凸)であることから爬虫類の椎骨であることがわかります。次に椎弓突起が発達し、肋骨間接面が二つに分かれること(合突起)などから、ヘビ類の椎骨であることがわかります。ここまでで、私の研究対象はヘビ類の化石であることがわかりました。それでは"指標"をもとに更に答えを絞っていきます。ここではハブ属(Protobothrops sp. indet.)とされた化石についてその過程をご説明します(図6)。まず化石は複数の神経孔(旁杯状孔・椎体外側孔・二次椎体孔)をもつことからナミヘビ上科(Superfamily Colubroidea)に属することがわかります。更に下突起をもち、扁平状の神経弓、関節突起間接面が四角状であることからクサリヘビ科(Family Viperidae)であることがわかります。そして、化石は前関節突起突出部が発達しないこと、また球状顆・杯状窩が卵形であることから、ハブ属(Protobothrops sp. indet.)とされます。更に種まで絞りたいところですが、化石の保存状態が良好ではなく確認できない形質があるため、本標本では属までの分類が妥当と判断されます。このようにして他の標本を検討すると、ハブ属に加えナミヘビ科アオヘビ属(Cyclophiops sp. indet.)及びマダラヘビ属(Dinodon sp. indet. 2タイプ)、コブラ科ワモンベニヘビ属ヒャン?(Sinomicrurus cf. japonicus)に分類されることが明らかになりました。

化石の研究が示してくれること
 では化石の分類の結果がどのようなことを示しているのでしょうか。化石と同系統とされる現生種(ハブ:P. flavoviridis、リュウキュウアオヘビ: C. semicarinatus、ヒャン:S. japonicus)が現在の沖縄島に分布しており、このことから約150万年前の沖縄島を含む中琉球地域にこれらのヘビ類もしくはその祖先種が大陸から到達し生息していたことを示唆しています。またマダラヘビ属とされた化石は同島の同属現生種であるアカマタ(D. semicarinatum)とは明らかに異なることから、別種もしくは絶滅種の可能性があり、約150万年前の沖縄島地域には現在に比べ多様なヘビ類が生息していたかもしれません12)

おわりに
 いかがでしょうか? 私が扱っている資料は数mm~2 cmほどの一見すると何の特徴もない化石です。しかしながら、それらは個々に資料としての価値があり、詳しく調べることで新たな科学的知見を得ることができます。私は今ではヘビ類に加え、トカゲ類やカエル類といった小さな化石の研究もしています。それらの化石は小さく地味ですが、私にとっては宝石のようです。今後も小さな標本がもっと光輝くように研究を進めていきたいと考えています。

引用文献
1) 古川雅英、藤谷卓陽(2014)琉球弧に関する更新世古地理図の比較検討。琉球大学理学部紀要 98、1-8
2) 太田英利(2002)古地理の再構築への現生生物学にもとづくアプローチの強みと弱点:特に琉球の爬虫両生類を例にして。木村政昭編、琉球弧の成立と生物の渡来。沖縄タイムス社、那覇、175-193
3) 大塚博之(2002)琉球列島の古脊椎動物相とその起源。木村政昭編、琉球弧の成立と生物の渡来。沖縄タイムス社、那覇、111-127
4) Kuraishi, N., Matsui, M., Ota, H., Eto, K. (2021) Unique Evolution of Hyla hallowellii Among Amphibians of the Central Ryukyus, Japan (Anura: Hylidae). Zoological science 38 (2), 112-121
5) Tominaga, A., Matsui, M., Shimoji, N., Khonsue, W.,Wu, CS, Toda, M., Eto, K., Nishikawa, K., Ota, H. (2019) Relict distribution of Microhyla (Amphibia: Microhylidae) in the Ryukyu Archipelago: High diversity in East Asia maintained by insularization. Zoologica Scripta 48 (4), 440-453
6) Rage, J.C. (1984) Serpentes. Part 11. Handbuch der Palaoherpetologie, Encyclopedia of Paleoherpetology. Gustav Fischer Verlag., Stuttgart, 80p
7) 長谷川善和 (1980) 琉球列島の後期更新世~完新世の脊椎動物. 第四紀研究18(4)、 263-267
8) Uetz, P., Freed, P, Aguilar, R., Ho?ek, J. (2021) The Reptile Database, http://www.reptile-database.org, accessed (Aug. 17, 2021)
9) Holman, J. A. (2000) The Fossil Snakes of North America: Origin, Evolution, Distribution, Paleoecology. Indiana University Press, Bloomington, Indiana, 257p
10) Tsuihiji, T., Kearney, M., Rieppel, O. (2006) First report of a pectoral girdle muscle in snakes, with comments on the snake cervico-dorsal boundary. Copeia 2006, 206-215
11) Ikeda, T. (2007) A comparative morphological study of vertebrae of snakes occurring in Japan and adjacent regions. Current Herpetology 26, 13-34
12) Ikeda, T., Otsuka, H., Ota, H. (2016) Early Pleistocene fossil snakes (Reptilia: Squamata) from Okinawajima Island in the Ryukyu Archipelago, southwestern Japan. Herpetological Monographs 30, 143-156

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第18回「神戸層群の年代を調べる」(自然とむきあう)

半田久美子(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)


はじめに
 神戸市須磨区から三田盆地にかけての地域には神戸層群とよばれる厚い地層が分布し、大きく3つの層に区分されています(図1)。厚さ800m近い泥層・砂層・礫層からなり、植物化石を含む凝灰岩をいくつも挟みます。神戸地域の神戸層群の最下部の泥層からは、汽水域~海域に生息する貝の化石も発見されています。
 1985年頃までは、神戸層群の年代は、植物化石や貝化石の研究から新第三紀中新世中ごろのおよそ1500万年前と考えられていました。ところが凝灰岩の年代測定をしたところ3000万年前より古い年代が続々と得られ、新第三紀ではなく古第三紀の漸新世(約3400~2300万年前)である可能性が出てきました。そこで植物化石や貝化石を再検討したところ、古第三紀に見られる分類群が含まれることがわかったのです。2000年には神戸層群の吉川層下部(図1)でほ乳類化石が発見され、漸新世よりもさらに古い古第三紀始新世終わりの、およそ3800万年前であることが示されました。
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図1 三田盆地に分布する神戸層群の層序区分と凝灰岩の対比
 ピンク色の太線が凝灰岩。

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図2 三田盆地に分布する神戸層群の凝灰岩の年代測定値
 □・△・▽は年代値の中央値を、黒線は年代値の誤差で1標準偏差を示す。
これまでに調べられた年代測定値
 3800万年前は吉川層のほ乳類化石が産出した層準の年代と言えます。それでは神戸層群全体の年代はいつ頃なのでしょうか。これまでに調べられた年代測定値を図2に示します。左から右に向けて、下位の凝灰岩から順に年代測定値を並べました。左端の東条湖凝灰岩が一番古く、右端の久留美凝灰岩が一番新しい年代値になることが期待されるのですが、3800万年前から3000万年前までの間に不規則に散らばっているようい見えます。ここで注目してほしいのが、年代測定の方法が3種類あることです。青色の四角で示したフィッション・トラック(FT)年代の中央値に着目すると、3800万年前から3000万年前、つまり始新世末から漸新世初めを示しています。ところがオレンジ色の三角形で示したカリウム・アルゴン(K-Ar)年代と赤色の逆三角形のアルゴン・アルゴン(Ar-Ar)年代は、これよりも古く3800万年前から3600万年前の始新世を示しており、漸新世にはかかっていません。なぜこのよう違いが見られるのでしょうか。
 それぞれの測定方法には、次のような違いがあります。FT年代測定法は、ジルコンなどの鉱物中に残されたウラン(238U)核分裂の痕跡を測定する方法です。比較的低温(100~250℃)で痕跡が消えるため、マグマから晶出した鉱物がそれ以下に冷却されてからの年代(火山岩の場合は噴火年代)がわかります。神戸層群ではジルコンの結晶で測定されています。K-Ar年代測定法とAr-Ar年代測定法は、カリウム(40K)が放射壊変してアルゴン(40Ar)になることを使って、マグマ中で結晶が晶出し、約400℃以下に冷却してからの年代を測定します。カリウムはいろいろな鉱物に含まれるため、多くの鉱物に適用できるのが特徴です。神戸層群では黒雲母の結晶で測定されています。測定方法や測定に用いた鉱物が異なるために、図2に示すような年代値の違いが出ているのかもしれません。

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図3 東条湖南岸の東条湖凝灰岩
同じ鉱物を2つの方法で年代測定
 この問題を解決するために、FT年代とウラン鉛(U-Pb)年代測定という2つの方法を、ジルコンという鉱物を用いて同時に行うことにしました。U-Pb年代は、ウラン(238Uや235U)の原子核が放射壊変して最終的に鉛(208Pb)になることを用いた年代測定法で、ジルコン結晶が晶出した年代がわかります。この方法は測定誤差が1~数%(2標準偏差)と小さく、精度の高い年代値が得られます。同じジルコン粒子で2つの方法を実施することで、U-Pb年代からジルコンが晶出した年代(噴火年代の下限)が、FT年代から噴火年代が測定でき、両者の重なり方からより正確な噴火年代が推定できるわけです。
 そこで年代測定に適したジルコンを含む凝灰岩をさがしました。これまでに報告のある凝灰岩と神戸層群の層序区分を図1に示します。最も下の「八丁川凝灰岩」を三田市西相野で調査したところ、風化しており新鮮な試料が得られませんでした。そこでひとつ上の東条湖凝灰岩を東条湖岸で採取しました(図3)。最上部の細川層については、久留美凝灰岩の分布する三木市久留美付近の美嚢川と志染川の合流点付近で凝灰岩の調査を行なっています。地層の走向・傾斜を測定して上下関係を調べますが、この付近では地層がほぼ水平に分布しているだけでなく部分的にうねりが見られるため、離れた地点で見つけた凝灰岩の上下関係の判定が難しいです。東条湖凝灰岩と久留美凝灰岩の年代測定でどのような結果が出るか、今から楽しみです。

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図4 神戸層群から産出した葉の化石
始新世/漸新世問題
 ところで神戸層群の年代が始新世の3600万年前まででも漸新世の3000万年前まで続いても、あまり違いがないように思うかもしれません。ところがこの間に地球規模の大きな寒冷化がありました。そもそも始新世(約5600~3400万年前)のはじめは約6600万年前以降の新生代の中で最も気温が高くなった時期です。その後の始新世中期にも気温の高い時期があり、北海道までサバリテスというヤシ類の葉の化石が見つかっています。そして始新世後期に一転して寒冷化が進み、漸新世には南極に氷床が形成されました。
 この始新世中期の高温期や始新世末の寒冷化のようすを神戸層群が記録しているのかどうか、明らかにしたいのです。神戸層群では、下部に当たる三田層の東条湖凝灰岩から産出する植物化石は全縁といって葉の縁にギザギザのない種類が多く見られ(図4左)、暖かい気候であったことが推定されます。しかし、東条湖凝灰岩より上位では、葉の縁にギザギザのある鋸歯縁を持つ種類が増加します(図4右)。神戸層群の各層の年代が明らかになれば、当時陸続きであったロシアや中国の植物群との比較も詳細にできそうです。

さいごに
 年代のほかにも問題が残っています。三田盆地の凝灰岩の対比(図1)がまだ十分正確ではないのです。東条湖凝灰岩と石上山凝灰岩の対比は研究者間で見解がほぼ一致していますが、その間の吉川層の凝灰岩の対比にはいろいろな説があり、細かく検討していくとつじつまが合わないのです。この原因には、似たような層相(顔つき)の凝灰岩が多いこと、鍵になる特徴的な層がないこと、側方に変化すること、ほぼ水平に分布するがうねりや地滑りによるずれがあることなどがあげられます。大きな露頭ができて凝灰岩の上下関係を直接確認できるとよいのですが、そううまくはいきません。まだまだ先は長そうですが、いずれは神戸地域の凝灰岩との対比もできることを目指して調査を続けたいと思います。

参考文献
郷津 知太郎・谷 保孝・竹下 浩征・兵藤 博信(2011)神戸層群北畑凝灰岩に含まれる軽石中の黒雲母の40Ar/39Ar 年代測定.地質技術,1巻,19-25.
松原尚志・三枝春生・加藤茂弘・岩野秀樹(2006)兵庫県三田地域における古第三系神戸層群の哺乳類化石産地層準のF-T年代.日本地質学会学術大会講演要旨集. 113:67.
尾崎正紀・松浦浩久(1988)三田地域の地質.地域地質研究報告 (5 万分の1 地質図幅),地質調査所,93 p.
尾崎正紀・松浦浩久・佐藤喜男 (1996) 神戸層群の地質年代.地質学雑誌,102,73-83.
阪本龍馬・岩田英明・竹村厚司・西村年晴(1998)兵庫県加東郡東条町南西部における古第三系神戸層群の岩相層序および地質構造.人と自然,9, 9-18.
TSUBAMOTO, T., MATSUBARA, T., TANAKA, S. & SAEGUSA, H. (2007) Geological age of the Yokawa Formation of the Kobe Group (Japan) on the basis of terrestrial mammalian fossils. Island Arc, 16, 479-492.
弘原海清・ギェム ヴ カイ (1994) 神戸層群凝灰岩のジルコン・フィッショントラック年代.フィッション・トラックニュースレター,7,38-39.

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第17回「地域の自然に配慮した緑化のしくみを目指して」(人とむきあう)

橋本佳延(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)


残したい身近な森や草原の姿
 神戸大学植生学研究室に在籍していた1999年から2001年の3年間、私は、当時、兵庫県立人と自然の博物館(以下、ひとはく)が中心となり実施する兵庫県全域の植生を網羅的に記録するプロジェクトに調査補助者として参加し、様々なタイプの植生を見聞する機会を得ました。兵庫県には、氷ノ山のブナ林や社寺の敷地で守られてきた照葉樹林、シオジなどの優占する渓谷林、サギソウやトキソウなどの生える湿地、河口部に広がる塩湿地、開発の手が及んでいない海岸など自然性の高い植生があります。また、里山に広がるコナラやアカマツを主体とした二次林、堤防や畦畔の法面に広がるチガヤやススキを主体とする刈り取り草地、街中を流れる大規模河川の河川植生といった人との関わりの強い植生は各地でみられ、兵庫県の植生は非常に変化に富んでいます(図1)。
 この経験を通じて、私は多様な在来植物が各々好適な環境に生育することで特徴的な種組成をもつ植生が成立することへの理解を深め、これらを身近なものとして残していきたいという思いを強くしました。

図1
図1 兵庫県でみられる多様な植生の姿
 兵庫県には高山帯はないものの、ブナ自然林や湿地、海岸植生などの自然性の高いものから、里山、火入れ草原、畦畔法面、河川敷など人との関わりの深いものまでみられる。

人の関わり方で姿が変わる身近な自然
 自然性の高い植生は多くの人を魅了し、研究対象として選ばれる機会も多いものです。しかし、私は身近な植生の方に心を惹かれます。身近な植生は人の営みの影響を強く受けており、その様子は人との関わり方が変わることで大きく変化するからです。
 まず、人の関わりが弱くなることで生じる変化があります。例えば、兵庫県南部のコナラやアベマキが優占する夏緑樹林型の里山では、管理放棄することで植生遷移が進み、常緑樹が繁茂して林内が暗くなり植物の多様性が低下していきます。刈り取りや火入れによって維持されるススキの草原でも、人の関わりがなくなるとネザサなどの排他的な植物に置き換わったり樹林化が進んだりすることで、草原特有の植物の多様性が失われます。人の関わりが弱くなった早い段階であれば、里山における常緑樹の選択的除伐や草原での刈り取りなどを再開することで種多様性をある程度回復させることができます。ひとはくに隣接する深田公園内での里山管理を再開した実験1)や、東お多福山草原での刈り取り管理再開の効果を検証した研究2)では、一定の回復が見込めることが実証されています(図2、3)。

図2
 
図3
図2 ひとはくの管理する里山林(通称:生物多様性の森)における管理再開後植物種数の変化
 林内を暗くする常緑植物を間伐することで、夏緑植物の種数が緩やかに回復する。
図3 東お多福山草原におけるササ刈りの再開による草原生植物の種数および被度の変化
 管理開始前の2008年に比べ、種数、被度ともに大幅に増加し、管理の継続により、その状態が維持されることが分かる。

 一方、人の関わりが強くなることで生じる変化もあります。これには、植生の成立する土地を削って裸地にしてしまうことや、周辺が開発により都市化しその植生をとりまく環境が変化してしまうこと、人の踏みつけや刈り取り頻度が高くなることで植生の一部が衰退することなどが含まれます。このような強い影響を受けた場所では、本来その土地に生育していなかった植物、つまり外来植物が入り込む余地や機会がうまれます。

身近だがやっかいな外来植物
 日本では、現在、1200種類を越える外来植物が分布しています3)。都市に暮らす私たちにとっては、外来植物は身近な存在であり、今や子どもたちの多くはその姿を原体験として心に刻んでいることでしょう。「外来種=悪」とステレオタイプに報じられることが多いですが、外来植物の大半は、日本の生物多様性をひどく脅かすことはないとされています。しかし全く問題がないかというとそうではなく、その約1割に相当するものは日本の生態系のバランスを崩したり、在来種の生存を困難にしたり、人々の健康を害したりする侵略的なふるまいをすると考えられており、外来植物も種ごとに区別して関わっていく必要があります。

図4
図4 侵略的な外来植物であるアレチウリSicyos angulatus
 兵庫県では河川敷で優占し、在来植物の生育環境を奪っている。
 外来植物の生物多様性への影響には様々なものがあり、①在来種の個体群の遺伝的な多様性を失わせたり、②地域の植物相の種構成や他の生物との種間関係を変化させたり、③地域固有の植生景観を失わせたりするものが知られています。①の例には、日本在来のタンポポと外来のセイヨウタンポポの間に雑種が生じ、それらが自然界に広く分布を広げることで、在来タンポポの遺伝的な多様性を撹乱している事例があります4)。②の例には、一級河川(国土交通省が管理する河川)の植物相に占める外来種の割合は最も高いところで31.7%に上ること5)や、河川敷に侵入したアレチウリ(アメリカ原産のウリ科の一年草)が優占し植物の多様性を低下させた事例6)などがあります(図4)。③の例には、一級河川の河川敷に占める面積割合は平均で約17%であり、50%以上が外来植物で覆われている河川も複数存在する現状があり7)、かつての日本の植生景観が保たれた河川を見ることが難しくなっています。

一度広がった外来植物は容易に取り除けない
 では、問題を引き起こしている外来植物はどうして日本国内で分布を広げているのでしょうか。これらの中には、私たちが「意図的に持ち込んだものではない」ものも含まれていますが、多くは私たちが何らかの目的で日本に持ち込んだものです。私が研究対象としたトウネズミモチ(中国原産の照葉樹)は、公害に耐える優秀な緑化樹木として高度成長期に日本各地で大量に植栽されてきました8)。人間の都合で多用された外来植物が、野外に植えられたり、植えられた場所から種子などが自然の作用で運ばれて広がったりした結果、地域での生物多様性を失いかねない状況が生まれているのです。
 侵略性の高い外来植物は、その生命力の高さ故に、日本の自然の営みに任せているだけではその影響を排除できません。例えば、兵庫県南東部を流れる猪名川の河川敷に定着したトウネズミモチの個体群は、その河川の記録史上で最も大きな出水を経験しても消失しませんでした9)
 人の手によって持ち込まれた侵略的な外来植物を根絶するためには、人の手によって取り除くしかありませんが、その道は険しいです。植物は動物と違い自発的に移動できませんので、化学物質などを使って誘引し一網打尽にすることは困難です。また、刈り取り、伐採、抜根などで外来植物の株を取り除いたり、除草剤で枯らしたりしても、それらが実らせた種子は動物や風や水の流れで運ばれて方々に広がり、種類によっては土の中で長い年月眠り続けることができます。野外に一度広がった外来植物を取り除くことは容易ではないのです。
 私は外来植物の一連の研究を通して、新たな侵略的外来植物を生み出さないようにするためには、根本的にはそれらを植えなくてもすむ社会的な仕組みや価値観の醸成が不可欠との思いを強くしました。

その地域にあるものを使う~地域性種苗による緑化~
 現在、根本的な取り組みとして重視しているのが、地域性種苗の利用促進です。地域性種苗とは、植える場所と同じ地域で生育している在来の植物に由来する種子や個体から栽培・育成した苗をさします。外来植物の代替物という消極的な理由ではなく、その土地の自然環境、生物多様性に調和しているという優れた機能を積極的に評価し、その利用を提案しています。
 「在来の植物であれば生物多様性に影響がない」というわけではありません。例えば、北海道や沖縄の野生に由来する植物を兵庫県に持ち込んだ場合、それが兵庫県にもともと生育していない種であれば外来植物と同じ問題が発生します。共通する種であれば、地域個体群の遺伝的な特徴が乱される危険性を帯びています。自由に移動させても問題のない地理的範囲は種ごとに異なっていることがこれまでの研究で明らかになっています10)ので、「植える場所からできるだけ近いところに生育している植物を使う」という原則を守ることが、地域の生物多様性を保全することにつながります。緑化植物の地産地消、というと伝わりやすいでしょうか。
 ひとはくでは、2000年代から地域性種苗を用いた緑化に取り組み、野生植物の栽培・植栽のノウハウを蓄積してきました。また、そのノウハウを基に尼崎21世紀の森における地域性種苗による森づくり(中瀬 勲 館長、服部 保 兵庫県立大学 名誉教授が深く関与)や、複数の企業に対して社用地での地域性種苗緑化に関する支援を行ってきました11)。当館が関わったもの以外にも、地域性種苗を用いた緑化事例は全国で少しずつ増えており、国内での地域性種苗の栽培や植栽の技術は確立しつつあります。ただし、これらの多くは、自治体の実験的な施策や企業の環境CSR活動の一環として実施されている傾向にあり、一般的な事業にまで広く普及するには至っていません。

地域性種苗の利用しやすい社会を目指す~種苗生産・流通、設計、施工の過程がつながる仕組みの模索

図5
図5 ひとはくのジーンファームにて栽培・育成される兵庫県産の地域性種苗
 草原生植物のポット苗を育成する様子。
 現在の地域性種苗による緑化で用いる種苗は注文生産が主流であり、種子採集から植栽可能なサイズにまで地域性種苗を育成するには草本種で1~2年、樹木種だと2年以上はかかります(図5)。そのため計画から緑化施工までに時間的余裕がなければ、地域性種苗を用いた緑化法を選択できません。
 緑化を行う立場からは、短い工期で緑化を仕上げられるよう、ほしいタイミングで必要な種類・量をできるだけ低コストで種苗を入手できることが望ましいです。一方、緑化種苗を育てる立場では、時間と費用があれば種苗の注文生産を引き受けられるものの、「いつでも多様な種類・産地の地域性種苗を出荷できる」状態でストックするのは、安定した需要が見込めなければ経営上のリスクを負いかねません。このような立場の違いにより、「供給が安定していないから利用しない」「需要が見込めないから生産できない」の踊り場がうまれ、地域性種苗による緑化の普及が停滞しているのが現状といえます。この状況を打破するには、事業立案、設計、種苗生産・流通、施工など様々なプロセスに関わる、産・官・学・民の立場を理解して、協働する体制を整えることが望まれます。
 2020年はコロナ禍に苦しめられた一年ではありましたが、緑化に関わる様々な立場の人々と意見交換を行って、緑化にまつわる様々な課題を抽出してきました。そして、地域性種苗による緑化を促進するためには、阪神間などの比較的小さな商圏で需給バランスを整えられるような仕組みの構築という、生態学だけでは解決できない課題にチャレンジする方向性が見いだされました。
 近年、SDGsやグリーンインフラなど、生物多様性に配慮した取り組みを後押しする社会目標や環境技術に注目が集まっており、地域性種苗による緑化を求める声は今後も増えていくことが予想されます。これらの声に応えられるよう、この緑化法が選ばれやすい社会の構築を目指していきたいです。

引用文献
1)橋本佳延(2015)生物多様性豊かな里山林をめざして~ひとはく生物多様性の森における管理の生物多様性効果の検証~.兵庫県立人と自然の博物館,4p
2)橋本佳延,石丸京子,黒田有寿茂,増永滋生,横田潤一郎(2012)ササ優占型に遷移した草原における刈り取りによる草原生植物種多様性の回復効果.ランドスケープ研究(オンライン論文集)5,69-76
3)清水建美(編)(2003)日本の帰化植物.平凡社,337p
4)タンポポ調査・西日本実行委員会(編)(2016)タンポポ調査・西日本2015調査報告書.タンポポ調査・西日本実行委員会,174p
5)外来種影響 対策研究会(2001) 河川における外来種対策に向けて [案]. リバーフロント整備センター,124p
6)橋本佳延(2010)都市河川におけるアレチウリ群落での刈り取りが種組成・種多様性に与える影響.ランドスケープ研究(オンライン論文集)3,32-38
7)宮脇成生・鷲谷いづみ(2004)生物多様性保全のための河川における侵略的外来植物の管理.応用生態工学 6(2),195-209
8)橋本佳延,服部 保,石田弘明,戸井可名子(2005)国内における外来樹木トウネズミモチの野外逸出.ランドスケープ研究68,713-716
9)橋本佳延,中村愛貴,武田義明(2007)洪水が都市河川に侵入した外来樹木トウネズミモチ(Ligustrum lucidum Ait.)の分布拡大に与える影響-兵庫県猪名川河川敷における一事例?.保全生態学研究12(2),103-111
10)津村義彦,陶山 佳久 (2015)地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン.文一総合出版社,176p
11)橋本佳延,石田弘明,黒田有寿茂,藤井俊夫,中濱直之(2021)ジーンファームを活用した生物多様性を育む環境づくり.兵庫県立人と自然の博物館,8p

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第16回「身近な生き物から地域の特徴を知る〜市民参加型調査の手法と成果」(自然とむきあう)

鈴木 武(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 講師)


 「生物多様性」はそれぞれの「地域の固有性」の反映でもあります。多様な風土をもつ兵庫県には地域の特徴となる生き物が生育していますが、少数の研究者で全体を把握するにはあまりに広域です。ここでは、タンポポ、カタツムリ、ダンゴムシを対象とした市民参加型調査を例に、その手法と得られた成果、特に兵庫の地域の特徴について話題にしたいと思います。

参加型調査の手法の工夫
①対象とする生物の種数
 市民参加型調査では、市民に馴染み深い生き物を扱うとともに、1種ではなく、10種程度を同時に扱うことが重要と考えます(表1)。こうすることによって、分布や生態に特徴がある種が含まれ、また複数の種を知ることで参加者のモチベーションもあがるようです。あわせて、簡便に種類を調べられる資料も配布するようにしました。

表1 対象とした生物群の特徴とおもな種類
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②種の同定
 参加者に種の同定をしてもらうと、誤同定が生じることがあります。例えば、タンポポの場合には、似たようなブタナが総データの数%程度も混入していたことが、ありました。
 種の同定を確実にするため、参加者にサンプル、あるいはその写真を送ってもらい、専門家が同定を行いました。タンポポの場合は、花(頭花)1個と可能であれば同じ株からタネ(痩果)を採集してもらい、ティッシュペーパーに包んで、封筒で郵送してもらいました(図1a)。到着するころには乾燥し、簡易な標本となっています。
 カタツムリの場合は、生きた個体での収集はしませんでした。なぜなら、カタツムリ類の個体数が減少傾向にあるようで、採集による影響を考慮したからです。また、生きた個体が輸送中で死んでしまうことがあります。その場合はきつい悪臭がでるので、それを避ける意味もあります。そこで、殻あるいは写真を送ってもらいました(図1b)。写真は、上・下・横・斜め上の4枚の写真を撮ってもらいました。写真のみの同定が可能か心配はあったのですが、陸貝の専門家2名に同時に見てもらったところ、9割以上に種名がつきました。
 ダンゴムシの場合は、生きた個体を送ってもらいました(図1c)。チャック付ビニール袋に湿られたティッシュペーパーを少し入れておくと、1週間程度は生きています。この状態で送ってもらい、同定して標本としました。

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図1 参加者から送られてきたサンプル a タンポポの花とタネ b カタツムリの写真 c ダンゴムシ生体

③位置情報の取得
 分布図を作成するためには、従来は地名から地図上にプロットしていました。しかし現在では、GISソフトが普及し、緯度経度の情報があれば、簡単に分布図がつくれるようになりました。緯度経度情報は、参加者に自ら記入いただくのが正確です。スマートフォンやホームページ(国土地理院など)で簡単に取得できるようになっています。

④協力者を増やす
 博物館等のホームページ、マスコミへの広報により、多くの人々に情報を流しました。また、市民団体、学校教員、学会等の人的ネットワークを利用し、協力者を募りました。協力者には、サンプルの採集だけでなく、データ処理でも手伝っていただきました。

市民参加型調査の具体的な事例
①タンポポ調査〜他府県も含めた広域型
 兵庫県では、在来種のカンサイタンポポ(図2右)と、外来種のセイヨウタンポポ(図2左)が代表的な種類です。1970年代から都市部ではセイヨウ、郊外ではカンサイが多く、自然度の指標とされてきました。

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図2 セイヨウタンポポ(左)とカンサイタンポポ(右)
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図3 兵庫県および京都府北部におけるカンサイ
タンポポとヤマザトタンポポの分布

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図4 ハリママイマイとコウロマイマイの分布



 西日本19府県では、実行委員会形式で、タンポポ調査が5年おきに行われていて、この原稿の執筆時(2019-2021年春)も実施しています。この中で、ヤマザトタンポポ(兵庫県絶滅危惧種)などは標準的な図鑑に掲載されておらず、同定が困難で、どこに生えているかもよくわかっていませんでした。しかし、送られてきた花の花粉を観察することで、容易に同定できることがわかってきました。すると、特徴的な分布が分かってきました。
 図3にカンサイタンポポとヤマザトタンポポの分布を示しました。図中の①の太線は但馬地域の南境です。驚くべきことに、この線の北側はヤマザトタンポポ、南側はカンサイタンポポにほぼ分かれており、ヤマザトタンポポは但馬地域を特徴づける植物であることが明らかになりました。さらには、西日本19府県のデータから、ヤマザトタンポポは山陰地方、四国西部に分布することもわかってきました。
 このほか、県内では、六甲アイランドの巨大なロクアイタンポポ、山陰海岸のオオクシバタンポポなど正体不明のタンポポも見つかっています。


②カタツムリ調査〜兵庫県のみに限定
 「カタツムリ調査・兵庫2008-09」実行委員会として、博物館・学校・市民団体の恊働で行いました。兵庫県には100種以上の陸貝がいますが、このうち中型・大型の13種を調査対象とし、その特徴や調査方法を示した資料を配布しました。2年間で、780名の参加者から2002件の写真あるいは空になった殻を送ってもらいました。写真は1119件(55.9%)で、このうち96%は種を同定でき、写真による調査も十分に有効であることがわかりました。一方、宿題として学校で取り組んだ事例ではカタツムリを見つけられない生徒が多く、カタツムリが少なくなっていることが示唆されました。
 この調査で明らかとなった、特徴的な2種の分布を図4に示しました。兵庫県固有種のハリママイマイは播磨地方に広く分布していますが、東限は神戸市東灘区住吉川あたりです。一方で、コウロマイマイは基本的には但馬地域で見つかっており、それぞれの地域を代表するカタツムリといえるでしょう。


③ダンゴムシ調査〜神戸市周辺のみに限定
 オカダンゴムシは普通に見られます。いっぽう、欧州原産のハナダカダンゴムシは、1996年に神戸市北区再度公園から報告があり、その後2012年には神戸市の複数箇所で確認されるようになりました。そこで、ハナダカダンゴムシのより詳しい分布を調べるため、関心のある市民10名ほどの協力により、神戸市とその周辺域の1178地点を調べました。その結果、286地点でハナダカダンゴムシを採集・確認しました。これは、国内では例がない、広域で高密度の分布です(図5)。神戸市南部では国道2号線より北側に分布しており、環境要因との関連を調べる必要がありそうです。豊岡市・加東市・姫路市・淡路市でもみつかっており、すでに県内には広く分布していることがわかってきました。

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図5 神戸市周辺のハナダカダンゴムシの分布



今後に向けて
 複数回の調査を行ったタンポポ調査では、都市部で在来種のカンサイタンポポがみつかってきています。繰り返し調査することで、兵庫県の自然環境の変化をモニタリングできるでしょう。カタツムリとダンゴムシについては、調査からすでにある程度の年数が経っており、再度の調査をしたいものです。
 最後に、今回示したデータは各実行委員会、関係諸機関、そして調査に参加した市民の方々の協力による成果です。改めてお礼申しあげます。

参考文献
カタツムリ調査・兵庫2007-08実行委員会 (2010) 兵庫のカタツムリ. 三田市立有馬富士学習センター, 16p.
鈴木 武・菅村定昌・武田義明 (2012) 兵庫県および京都府北西部の在来タンポポの分布. 植物地理・分類 59: 81-87.
鈴木 武 (2013) 市民参加調査からわかった西日本のタンポポ. 分類 13(1): 31-35.
鈴木 武・山本祐衣 (2019) 神戸市周辺地域における陸生ワラジムシ亜目の分布と環境要因 --外来種の分布に注目して--. Edaphologia 104:1-10.
タンポポ調査・近畿2005実行委員会 (2006) タンポポ調査・近畿2005調査報告書. タンポポ調査・近畿2005実行委員会, 69p.
タンポポ調査・西日本実行委員会 (2011) タンポポ調査・西日本2010調査報告書. タンポポ調査・西日本実行委員会, 174p.
タンポポ調査・西日本実行委員会 (2016) タンポポ調査・西日本2015調査報告書. タンポポ調査・西日本実行委員会, 176p.

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