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シリーズ「人と自然,地域と向き合う-人博の多様な調査・研究活動の歩み」(第26回~第30回)

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第30回「ダーウィン・クジャクの羽・花粉」(自然とむきあう)

京極大助(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)


「人間の由来と性淘汰」出版150年
 2021年はチャールズ・ダーウィンが「人間の由来と性淘汰(原題:The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex)」という生物学の歴史に残る名著を出版してからちょうど150年の節目の年でした(Darwin 1871)。しかしダーウィンの別の著作「種の起源」(Darwin 1859)に比べると、「人間の由来と性淘汰」は一般にあまり認知されていないようです。そこで本稿では「人間の由来と性淘汰」の学術的な意義と、ダーウィンを源流とする研究の今日の姿の一部をご紹介しましょう。

自然選択
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図1 自然選択による進化の仮想的な例
世代tが生まれた時には、足の速い個体(黒で示してある)と足の遅い個体(灰色)が半分ずついるとします。平均的には足の速い個体のほうが捕食を免れやすく、繁殖齢まで生き残りやすいとします。図の例では、足が速い個体は3個体中2個体(67%)が生き残っていますが、足の遅い個体は3個体中1個体(33%)だけが生き残っています。また足の速さは遺伝する性質だとします。すると、出生時の比率を比べると、t世代よりもt + 1 世代で足の速い個体の割合が少し増えます。こうした事が何世代も繰り返されると「足が速い」という性質が集団中に広がっていきます。これがダーウィンの考えた進化の仕組みです。
 生物の姿・形が時代とともに変化するらしいこと、すなわち進化が起きるらしいことは、19世紀ごろにはある程度科学者たちの間で認識されていました。問題は、進化が起きる原因が分からない点にありました。20代のころにイギリス海軍の測量船に乗り込み世界を旅したダーウィンは、多様な生物を目の当たりにしたことにより生物進化に興味を持ちます。そして1859年に「種の起源」を出版し、生物進化が起きる仕組みを指摘しました。ダーウィンの指摘はその後さまざまな検証にさらされ、その正しさが確認されています。
 ダーウィンの指摘は、要約すると次のような内容です。まず、同じ種に属する個体の間には性質に差異が見られます。例えばウサギの中にも足の速いウサギと足の遅いウサギがいる、といった具合です(図1)。このように個体間の性質に差が見られることを「変異がある」と言います。次に、こうした変異の中には個体の生存に有利に働いたり不利に働いたりするものがあります。例えば足の速いウサギは捕食者から逃れやすく、それゆえに足の遅いウサギよりも生き残りやすい、といったことが考えられます。若いうちに死んでしまっては繁殖できないので、生き残りやすい性質をもった個体ほど子孫を残しやすいことになります。このように、個体の性質によって子孫の残しやすさが影響されることを「選択がかかる」と言います。最後に、個体の性質の違い(変異)は多くの場合に、多少なりとも遺伝します。足の速いウサギの子は、(個体差はあれども)平均的に見れば足が速いだろう、ということです。そして変異と選択と遺伝の3つがそろうと、世代を経るうちに生存に有利な性質が集団中に自動的に広がっていくことになります(図1)。これがダーウィンの指摘した自然選択(自然淘汰とも)による進化です。

性選択
 1859年に「種の起源」を発表したダーウィンには、悩みがありました。自然選択のような生存上の有利さだけを考えるなら、クジャクの飾り羽のような性質を説明できないことにダーウィンは気づいていました。クジャクのオスには美麗で長い飾り羽があります。飾り羽は捕食者に目立つでしょうし、重いので捕食者から逃げる時にも邪魔になりそうです。1860年に友人に宛てた手紙の中でダーウィンは「クジャクの羽を見ると頭が痛くなる」と述べています。
 クジャクの飾り羽のような、一見すると生存上不利な性質を説明するためにダーウィンが辿り着いた答えは性選択(性淘汰とも)でした。繁殖できる年齢まで生き残った個体は、繁殖の機会をめぐって競争します。カブトムシのオスはメスとの交尾の機会をめぐって喧嘩しますし、アマガエルのオスはメスを惹きつけるために大合唱をします。繁殖機会をめぐる競争もまた、生物の性質を進化させる力なのではないか。それがダーウィンの結論でした。ダーウィンはこの考えを「人間の由来と性淘汰」の中で展開しています。
 ダーウィンの性選択説は、主に2つの主要な議論から成り立っています。一つはオス同士がメスをめぐって争うことでオスが角などの武器を進化させるというものです。カブトムシやシカの角が典型的な例です。この説明は、当時の科学者にも受け入れやすいものだったようです。もう一つの主張は、メスがオスを選り好みする生物では、メスから好まれるような性質をオスが進化させるだとう、というものです。ダーウィンはクジャクの飾り羽が進化した理由を「メスは綺麗なオスを好む」という点に求めたのです。ただし、こちらの説明が受け入れられるまでには長い時間がかかることになりました。

性選択(特にメスの選好性)の研究史
 性選択、とくにメスによる配偶者選択がすぐには受け入れられなかった理由は大きく2つあるようです。まず、ビクトリア朝時代のイギリスにおいて、メス(あるいは女性)が積極的・主体的に配偶相手を選ぶという考え方を受け入れられる人は多くは無かったようです。21世紀の我々からすると、あまり科学的な理由に聞こえないかもしれません。しかし科学研究も人間活動です。科学が真に客観的な営みである、という考えこそが思い込みであるというのが私の意見です。話をもとに戻しましょう。メスによる配偶者選択が受け入れられなかったもう一つの理由は、メスがオスを選んでいるという証拠が無かったことです。クジャクのメスに「オスを選んでいますか」と聞いても、何も答えてくれません。何がどうなると、メスがオスを選んでいることが科学的に示されたことになるのでしょうか。
 メスがオスを選んでいることを初めて実験的に示したのはスウェーデンの科学者アンデソンでした(Andersson 1982)。アンデソンはアフリカに生息するコクホウジャクという鳥を使って実験を行いました。コクホウジャクのオスには長い尾羽があります。メスが長い尾羽に惹かれるのではないかと考えたアンデソンは、尾羽を切ったり貼ったりすることで、尾羽の短いオス、普通のオス、尾羽が普通よりも長いオスを作りました。すると、尾羽が極端に長いオスがもっともメスから配偶相手として選ばれやすく、尾羽が極端に短いオスはメスからほとんど見向きもされないことが明らかとなりました。この実験結果が科学誌Natureに掲載されたのは1982年でした。「人間の由来と性淘汰」の出版から101年後のことです。その後、1980年代から2000年代にかけて性選択の研究は進化学の一大テーマとなり、世界中で沢山の研究が行われました。多くの生物でメスがオスを積極的に選んでいる事などが現在では分かっています。

植物での挑戦
 私は学生のころ、昆虫のマメゾウムシ類を材料に性選択に関係する研究を行っていました(例えば Kyogoku & Sota 2017)。その後、学問的な興味の広がりもあり、現在は植物の繁殖生態にも関心を持っています。最後に私が今どんな研究をしようとしているのかを、歴史的な背景とともに簡単に紹介しましょう。性選択の研究はこの40年間で飛躍的に進みました。しかしその研究対象のほとんどが実は動物です。植物においても性選択の研究は行われていますが、動物ほどには理解が進んでいません。何故でしょうか。
 アンデソンの実験を思い出してみましょう。アンデソンの実験が可能だったのは、アンデソン自身が「コクホウジャクのメスは尾羽の長いオスが好きなのだろう」という見当をつけたからです。私たちはコクホウジャクの尾羽が飾り羽だと言われれば納得できますし、クジャクの飾り羽が綺麗だとも感じます。鳥類の脳と私たちの脳に共通した認知上の仕組みがあり鳥類もヒトも同じような視覚刺激に美しさを感じるのだろう、というのが私の考えです。
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図2 カンサイタンポポの顕微鏡写真
この花粉はめしべから見て魅力的なのでしょうか。写真提供:鈴木武博士。
 ここで植物の性選択を考えてみましょう。例えば私はカンサイタンポポの繁殖生態を研究しています(Kyogoku et al. 2019)。タンポポの花粉は顕微鏡で観察することができます(図2)。しかし私には、どういう花粉がめしべから見て魅力的なのか、さっぱり見当がつきません。研究対象に感情移入したり、生物の行動を擬人化して解釈したりすることには客観性の面から言って問題があります。それでも私は昆虫の研究をしている際に「痛そうだな」とか「異性を探しているのだろうな」という推測からヒントを得ていました。残念ながら、植物を見ていてもそういうヒントはあまり得られません。植物を研究するようになって最初に驚いたのはこの点でした。
 では、植物の性選択はどうやって研究したら良いのでしょうか。動物の研究で積み上げられた知見を活用する、というのが私の今のところの答えです。40年にわたる動物学者たちの研究により、性選択に関する意外な事実がたくさん明らかになっています。そうした知見から「理論上、植物でも同様の現象が見られるはずだ」という予測を立てることができます。そうした予測を道しるべとして、物質レベルで植物のオス機能とメス機能の間にどんなやりとりがあるのか、これから調べていきたいと考えています。例えばどういった遺伝子を持つ花粉が好まれるのかが分かれば、その遺伝子の機能を調べたりすることで、少しずつ植物の性選択の実態が見えてくるのではないか。そんな風に私は考えています。最近はシロイヌナズナを材料に「花粉にとって繁殖上有利な遺伝子」を探す実験(ゲノムワイド関連解析)を始めました(図3)。この実験の源流がダーウィンの提唱した性選択理論にあると思うと、150年経っても色あせないダーウィンの理論の偉大さを感じずにはいられません。
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図3 「花粉にとって繁殖上有利な遺伝子」を探す実験
(A)シロイヌナズナ6個体のめしべを同時にウェブカメラを使って撮影している様子。(B)撮影されたシロイヌナズナのめしべ。柱頭に乳頭細胞と呼ばれる毛のような細胞が生えており、授粉すると乳頭細胞が早々に枯死します。乳頭細胞が枯死するまでの時間が授粉する花粉の性質によって影響されるのかどうか、影響されるとすればその花粉の性質を決めている遺伝子が何なのかを調べようとしています。

引用文献
Andersson, M. (1982) Female choice selects for extreme tail length in a widowbird. Nature, 299, 818-820.
Darwin, C. (1859) On the origin of species. UK: John Murray.(ダーウィン C. 渡辺政隆(訳)(2009).種の起源(上)(下)光文社古典新訳文庫)
Darwin, C. (1871) The descent of man, and selection in relation to sex. UK: John Murray.(ダーウィン C. 長谷川眞理子(訳)(2016).人間の由来(上)(下)講談社学術文庫)
Kyogoku, D., Sota, T. (2017) The evolution of between-species reproductive interference capability under different within-species mating regimes. Evolution, 71, 2721-2727.
Kyogoku, D., Kataoka, Y., Kondoh, M. (2019) Who determines the timing of inflorescence closure of a sexual dandelion? Pollen versus recipients. Evolutionary Ecology, 33, 701-712.

 ※ PDF版もダウンロードできます。こちらから>>

第29回「里山が持つ価値、美しさを未来につなげるには?」(地域とむきあう)

衛藤彬史(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)


はじめに
 私の専門は農村計画という分野になります。平たく言えば、望ましい農村のあり方(未来)を展望し、実現に向けた方法を解明するための学問です。
 遡ること15年前、京都に住みたいという思いだけで東京から京都の大学に進学した私は、農学部に入学し、そこで農業土木系の科目を学ぶことになります。授業の多くは工学系で、ダムの強度計算や川の流速と護岸設計といった内容に関心を持てず(今ではその重要性は理解しているつもりです)、心からやりたいと思うような仕事も思い当たらず、怠惰な学生生活を送る日々でした。そうした中で、この農村計画という分野に、そして研究の面白さに次第に惹かれていくことになります。
 調査・研究や活動で農村をたびたび訪問する中で、そこでの人の暮らし方や生き方、自然との関わり方の中に、美しさや愛らしさを感ずることがありました。特に、ご高齢の方と接したとき、また古くからの習慣や習わし、暮らしの仕方にそうしたものを感じる機会が多かったように思います。そして後になってから、それはかつて日本や日本人が大切にしていた、美しい文化や生活様式の名残なのだと気づきます。
 思えば中学3年の修学旅行で初めて京都に訪れたとき、なぜか懐かしい気持ちになり、ここに住みたいと強く思ったのも、かつて日本にあった美しさの残像を京都のまちから感じ取っていたのかもしれません。そして、こうした失われつつある美しさや価値を、いかに未来に継承していくか、という問いは、今の研究関心や問題意識にもつながっています。

農村に住んでみて気づくこと
 研究を進める上で、私が大事にしていることの1つに、実践と実体験があります。頭で理解できる知識と、身をもって体感している知識には、やはり大きな違いがあると感じるからです。
 研究を始めるまで農業や農村に縁のなかった私は、博士課程に進むにあたり、実際に農村に住んでみることを強く望むようになりました。その後、兵庫県養父市の山奥で、空き家となっていた築100年を超える家を借りて住むことになり、実際に生活する中で交通の問題を切実に感じることになります。
 それまでも農村の課題として、頭では知らなかったわけではない交通の問題が、身をもって切実に感じられる思いがしました。自分で車の運転ができなくなることで、生活が立ち行かなくなるのが今の農村の現状です。住み続けたいと思う高齢の人たちが、移動が困難になることを理由に住み慣れた地域を離れざるを得ない現実を前に、どうにかならないのかと焦りました。そして、このことは私がたまたま移り住んだこの地域に特有の課題ではなく、全国中山間地域に共通する課題です。
 地域に愛着を持ち、里山の暮らしや景観を守ってきた人たちが住み続けられなくなることで、家や田畑や山林の荒廃がいっそう進むこと、農村に息づく文化や伝統行事、慣習が途絶えてしまうこと、農村地域が抱えているといわれる多くの課題の根底に、暮らしの足の問題があるように感じました。
 まだまだ答えの出ない問いですが、調べていく中で、そして実際に地域の方々と暮らしの足を創るための実践活動1,2)に取り組む中で、いくつか分かったこと3,4)もあります。紙幅の都合で内容まで紹介しきれませんが、ご関心の方は末尾に記載の文献をご覧いただければ幸いです。

失われていく棚田や在来種
 山間部では、はっと息を呑むような景色に出くわすことがあります。その1つが棚田です。とりわけ水張を終えた5月頃、段々と連なる澄み渡った水面を臨めば、その美しさに見惚れてしまいます。
 そして、こうした棚田も失われていくものの1つです。生産性が低く、深刻な後継者不足で担い手がいなくなっています。こうした課題を抱える中山間地域も多く、オーナー制度や観光資源化等、さまざまな実践が各地で進められています。
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図1 放牧実施後の棚田にみられるササの紅葉
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図2 さまざまな大豆に興味津々の小学3年生(小野小学校)
 そうした中で、新たな担い手として企業が参入した棚田の再生事例や維持に向けた取組に注目し、そのための要件5)や方策についての研究を進めています。田として維持することが困難な場合には、畜産農家と連携し牛を放牧して維持する可能性等も検討しており、そのための条件や体制についての研究も進めています(図1)。重要なことは、棚田を守るために、できることをしようと思う人たちが、そこにいることです。詳しい内容については当該文献を参照ください。
 在来種もまた、消えゆくものの1つです。今では見ることも少なくなりましたが、畔豆といってかつては田んぼの畔に大豆や小豆が植えられていました。毎年種取りされ、世代を越えて受け継がれることで、元の形質が同じであっても、その土地の気候や風土に合った独自の種(在来種)へと変化します。すでに多くが消えゆく中にありますが、大豆やサトイモは種と食用部が同じであるため人知れず残っていることが多く、近年再発掘され在来種として登録された種もあります6)
 そのため、小学校の環境学習等でお話させていただく際にはこのことも伝え、おじいちゃんやおばあちゃんで種取りをしている人がいれば教えてほしいと呼びかけています(図2)。そうしたこともあり、地元で大豆を何代にもわたり種取りしている人が県内でも何人か見つかりました。
 今の価値基準・判断で未来のポテンシャル(可能性)を損なってはいけない。いま失われつつある、そしてすでに失われてしまったものの価値は、未来にきっと価値を持ち、そして一度失われれば取り返しがつかない。今を生きる私たちにできること、やるべきことは何か。そんなことを信じながら、日々悩んでおります。
 一方で、持続可能性や循環型社会への国際的な関心が高まる中、そうした価値は少しずつ見直されてきているようにも感じられます。このことは、1つの希望です。

身近な実践としてできること
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図3 改装した室内で物置部屋に眠る古いいすをリメイクするようす
 先ほどから失われてしまったと嘆いていますが、嘆いているばかりでは仕方ありません。身近な実践の一例としては、先に述べた古い家を住み継ぐことです。厳密に何年前に建てられた家かは判明しないのですが、柱も立派で趣きがあり、建具の意匠等も美しく、空き家となっていたのが信じられないほど良い家です。しかし家は人が住まなくなると、すぐに朽ちてしまいます。ここに住みながら、楽しく快適に暮らせるようにすること。古い家は、雨漏りがしたり床や天井が抜けたりと大変です。言うは易しとならぬよう、実体験を通じて豊かな暮らしを体現していくことも1つの研究と思っています(図3)。
 なんだ、と思うかもしれません。しかし、足の問題が解消し、余る空き家や空き施設が有効かつ快適に活用できるとなれば、農村こそが豊かで快適な生活空間だと気づいてしまう人が一気に増えるのではないか、と妄想し、密かにわくわくしているのです。

おわりに
 本稿は、具体的な研究の中身や得られた知見の紹介・解説というよりも、研究を進める上での動機や姿勢、問題意識といった内容を中心にまとめました。ひとつひとつの研究上の成果を紹介するよりも、なぜこうした研究や実践に取組んでいるのかを紹介するほうが、このシリーズにふさわしいと考えたためです。特に私の場合、一見するとバラバラの研究テーマに取組んでいるのでなおさらです。前者のような内容を期待して最後まで読んでいただいた方にとっては、いささか肩透かしであったかもしれません。
 改めて表題をみても、研究を進める上で、ここでいう里山が持つ価値や美しさをどう評価するか、という視点も重要です。むしろ、この価値や美しさをどう定式化し、方法論としてそれをいかに保全なり継承なりするか、を定めなければ学術上成立しない問いです。しかし、重要なのは分かるのですが、どうも私は身が入りません。もちろん、農業・農村のもつ多面的機能や価値、生態系サービス等と守るべき理由をあてがうことはできます。
 しかしそうではなく、自然を身近に感じることで生まれる生活や暮らしのリズム、四季や生命のサイクルといったものの中に感ずる美しさを大切に、まだこの世界に生まれぬ次代やその先の子たちにまで、その美しさや価値を共有したいのです。
 冒頭に、農村計画は望ましい農村のあり方(未来)を展望し、実現に向けた方法を解明するための学問と述べました。私はこのことを「宇宙に行くこと」とそのためのアプローチにたとえることがあります。
 農村活性化や地域づくりにおける優良事例や成功事例といわれる取組や、そこでのリーダー的な人物の言動に注目し、他地域への応用をはかるアプローチは、「宇宙に行く」という目的に対して宇宙飛行士を育てるような発想であると考えています。過酷な状況下で宇宙飛行士に求められる体力、健康な身体および精神、教養、経験、語学コミュニケーション力等といった備えるべき要件を整理し、育成をはかるといったアプローチが、地域リーダーや推進役の持つ素養や条件を解明し、他地域への適用やそうした人材の育成をはかるといったアプローチであることのアナロジーとしてです。
 一方で、「誰でも宇宙に行くことができる宇宙船を開発する」というのが私の研究アプローチです。高齢者や身体の不自由な人であっても問題なく宇宙に行くことができる宇宙船の開発を目指す発想、本論でいえば、どんな条件の地域であってもそれぞれの地域が持つ美しさや価値を次代につなげていくことができる(もちろん、やろうと思えば)ようなしくみを開発する、これこそが必要なアプローチであると考えています。
 ですが、私一人でできることには限りがあります。そうした思いから、これまで、そしてこれからも研究に取り組んでいるということを知ってもらい、ともに悩み考え実践する仲間が増えていくことを願うばかりです。

引用文献
1)京都新聞 丹波版(2021.3.29朝刊)「住民同士送迎サービス検討」
2)京都新聞 丹波版(2021.5.10朝刊)「住民ハイヤー」
3)衛藤彬史:交通不便地域での高齢ドライバーおよび非免許保有者の移動実態と望ましい外出支援策の検討、農林業問題研究56(2)、62-69、2020年.
4)衛藤彬史:配車システムを用いた住民主体交通の導入に適する地域条件と運営課題、兵庫自治学(27)、42-47、2021年.
5)衛藤彬史、衣笠智子、安田公治:中山間地域での企業参入による経営耕地面積の拡大要件―兵庫県養父市における農外参入企業11社への聞き取り調査より―、農林業問題研究57(4)、144-151、2021年.
6)衛藤彬史:新たな担い手との連携による中山間地域農業の維持システム、北川太一、伊庭治彦、三石誠司、安藤光義編「食と地域を支える-農業ビジネスの新しいかたち-」、農業と経済88巻2号(2022年春号)、英明企画編集、79-87、2022年.
7)ひょうごの在来種保存会:八鹿浅黄大豆、ひょうごの在来種保存会通信27号、3-5、2020年.

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第28回「混沌としたハエトリグモ類の分類体系を整理したい」(標本とむきあう)

山﨑健史(兵庫県立大学自然・環境科学研究所 准教授)


ハエトリグモ
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図1 ハエトリグモの1種
車のヘッドライトのような眼が特徴的です。
 皆さんは、ハエトリグモをご存知でしょうか。網を張って餌をとらえるクモとは違い、餌にジャンプして飛びかかる徘徊性のクモです。車のヘッドライトのような眼は動きを捉えることができ、キョロキョロとする仕草が可愛いと感じる人も多いようです(図1)。実は、この可愛いハエトリグモたち、系統分類学的には、混沌とした、とても可愛くはない課題を抱えています。系統分類学とは、もっとも基本的な分類学上の単位である種(species)を記載、整理し、さらに近縁の種どうしを高次の分類カテゴリー(属や科)に位置付け、入れ子状に整理していく学問です。具体的な取り組みとしては、未記載種に学名をつける新種記載や、同種に複数の別名がつけられていたりするケースの整理から、遺伝情報を用いた系統関係の推定などの進化的な研究も行います。では、ハエトリグモの何が混沌としているのでしょうか?

ハエトリグモ科の多様性
 クモ類は、全世界からこれまで約50,000種が記載されてきました。クモの全131科のなかで、ハエトリグモ科はもっとも種数の多い科で、これまでに約6,400種が記載されています。日本では、約100種が記録されていますが、多様性の中心は、世界の熱帯地域です。私は、大学院時代から、ハエトリグモ科の研究のために、東南アジアの熱帯地域に通っています。熱帯で採集調査を始めて、まず驚いたのが、その種多様性です(図2)。場所を変えれば、どんどん違う種が採れます。しかも、それぞれ形態的な違いが大きく、日本で鍛えた"ハエトリグモ感"というか、この種はこのグループだろうという感覚がほとんど役に立ちませんでした。日本は、生物の図鑑が充実しています。ハエトリグモでも、国内でもさまざまな図鑑が利用可能なので、絵合わせで種類を特定することができます。それは、言い換えれば、日本は身近な自然について、研究が良くなされているということに他なりません。しかし、東南アジアでは、自国の自然についての図鑑というものが非常に少なく、身近な生物を調べる場合、いきなりデッドエンドとなる場合も少なくありません。東南アジアのハエトリグモについて言えば、多様だということは分かっているが、それを調べる手がかりが、極端に少ないのが現状です。
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図2 多様なハエトリグモ類

研究の方法
 系統分類学的な研究を行う際に、種を同定する(種名を決定する)ことは、もっとも基本的な行為です。では、何をもとに同定を行うのでしょうか。例えば、家の近所で、見慣れないチョウを見つけた場合、同定には市販の図鑑を用いるかと思います。しかし、系統分類学という学問においては、その種が初めて記載されたときの原記載論文というものを参照するのが原則です。原記載論文には、その種のラテン語の学名、同定する際に必要な形態的な特徴が書かれています。そして、原記載論文を書く際に使われた標本は、タイプ標本として、学名を担う標本になります。タイプ標本は、研究者が必ず参照できるように、半永久的に保管されることが強く推奨されています。
 東南アジアのクモ類は、19世紀後半に、欧米の研究者らによって数多く記載されました。もちろん、それらの原記載論文を参照することで同定が可能になります。しかし、19世紀に書かれた原記載論文の多くは、現在、クモ類の同定に重要とされている部位の記載がなく、また最も同定の頼りになる形態のスケッチなどがなく、文章を読んでも同定ができない場合が多いです。その場合、タイプ標本を確かめることが最も手取り早い方法です。19世紀の欧米の研究者たちは、たくさんの生物種を記載しましたが、それだけでなく、それから100年後の私たちが参照可能な形で、標本を残してくれています。そして何より、欧米では標本の価値を正しく理解している博物館が多く、その永続的な保存に貢献しています。

原点回帰-タイプ標本-
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図3 比較動物学博物館に所蔵されているMyrmarachne shelfordiiのタイプ標本
100年以上前の標本がきちんと保管されています。
 生物種の学名を担うタイプ標本を参照することで、原記載論文には書かれていない多くの情報を得ることができます。東南アジアから記載されたハエトリグモ類のタイプ標本は、欧米の様々な博物館に保管されています。東南アジアで集めたハエトリグモ類を正確に同定するため、私は、東南アジアの野外調査以外にも、欧米の博物館で標本調査も進めています。
 博物館ごとにコレクションには特徴があります。フランスの国立自然史博物館には、クモ学の父とも言われるE. Simonの膨大なクモコレクションがあり、イタリアのジェノバ自然史博物館には、ミャンマーのクモコレクションが充実しています。アメリカのハーバード大学内にある比較動物学博物館には、ボルネオ島から新種記載されたハエトリグモ類のタイプ標本がまとまって保管されています。私が初めて観察したタイプ標本は比較動物学博物館のもので、アリ擬態ハエトリグモであるアリグモ属の標本を借りました(図3)。このときは、原記載以降、100年以上正体不明のままだったMyrmarachne borneensisM. shelfordiiという2種について、タイプ標本をもとに、新たにスケッチを加えた再記載論文を出版しました(Yamasaki, 2010)。ボルネオ島からアリグモ属は、この時点で、2種しか知られていませんでしたが、野外調査とタイプ標本との照らし合わせによって、最終的に約30種のアリグモ属を記録できました(Yamasaki & Ahmad, 2013; Yamasaki et al., 2018)。

ハエトリグモ科の性的二型
 オスとメスのある生物は、たとえば、カブトムシのように、オスとメスの見た目が異なる場合が多いです。ハエトリグモ科は特にその性的な差異が際立っています。そのため、オスとメスの見た目の違いから、それぞれ別の種として記載されていた例がとても多いです。このように同じ種に、2つ以上の学名がついてしまうと、生物の多様性がダブルカウントされてしまいます。そのため、系統分類学では、同じ生物種に付けられた2つ以上の学名を、1つに整理していくという作業もあります。多様性は重要ですが、無駄な多様性を削っていく作業も系統分類学の重要な仕事の一つです。
 では、見た目が異なるハエトリグモのオスとメスをどのように、同種として判断していけばいいのでしょうか。ひとつめの方法は、交配行動中のオスとメスをペアで採集することです。ハエトリグモ類は通常、成体になったオスは、亜成体のメスの住居のそばで、交配のチャンスを伺っています。その状態のオスとメスを採集します。亜成体のメスは、しばらく飼育すると1週間ほどで成体へ成長します。これで、同種のオスとメスを揃えることができます。しかし、野外で、交配行動中のハエトリグモ類に出会うことは、それほど多くありません。そこで、近年使われている手法が、DNAバーコーディングです。同じ種に属するオスとメスは、DNAの配列も類似していることを利用して、オスとメスのマッチングを行います。図4に示したのは、Phintella aequipeiformisのオス成体とP. lucaiのメス成体です。それぞれ、別種として記載されていましたが、ミトコンドリアDNAのCO1領域を比較したところ、同種ということが分りました(Phung et al., 2016)。ハエトリグモの分類体系には、このような性的な二形による混乱も多く含まれています。
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図4 DNAバーコーディングによるオス・メスのマッチング
A) Phintella aequipeiformisのオス。B) P. lucaiのメス。C) ミトコンドリアDNAのCO1領域をもとにした系統樹。赤枠内に、Phintella aequipeiformisのオスとP. lucaiのメスが位置づけられ、両者が同種ということが強く支持されています。

高次分類群を整理する
 ここまで、種(species)を単位として、話を進めてきました。系統分類学では、共通祖先をもつ種の集まりを、さらに高次の分類群としてまとめ、整理していきます。種の上のカテゴリーは属(genus)ですが、ハエトリグモ科では、とくにこの属の分類体系が泥沼に陥っています。ハエトリグモ科には形態的に独特な種が多いため、近縁な種を判別することが難しいことが多く、あるユニークな1種のために、1属が新設されたりすることもあります。また、逆に、良く分からない種が、1属にとりあえず所属させられるケースもあります。例えば、ハエトリグモ科アリグモ属には、アリに似たハエトリグモ類が、系統関係を考慮されずにどんどん入れられてきました。その結果、アリグモ属には、約200種が含まれることになりました。アリグモ属は、近年、形態的学的に再検討され、Prószyński (2016)によって13属に細分化されました。しかし、それは系統を反映させた分類とは言えず、さらに混乱が増している状況です。
 そこで、私は、DNAの塩基配列をもとに、細分化された"アリグモ属"の系統関係を調べました。推定された系統樹が示唆しているのは、これまでの約200種が含まれていたアリグモ属を細分化すること自体は妥当であること、そして、現在の細分化は系統関係を全く反映していないため適切ではないということでした(図5)。今後は、推定された系統樹をもとに、形態的にグルーピングできるまとまりを検討していく必要があります。系統分類学においては、生物に対して形態とDNAの両方で攻めていくことが必要です。
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図5 ミトコンドリアDNAの2領域、核DNAの1領域をもとに推定したハエトリグモ科アリグモ属や近縁属の系統樹
属ごとに色づけして示していますが、色ごとにまとまっていないグループが多いことが分かります。これは、既存の分類体系において、各属が共通祖先を含む系統関係を考慮されずに設立されたものであるということを意味しています。Yamasaki et al. (未発表)。

今後の展望
 このように、ハエトリグモ科では、さまざまな研究上の課題があり、すっきりした分類体系が構築されたとは言い難い状況です。多様なハエトリグモ科には新種がたくさん含まれているとハエトリグモ研究者は誰もが感じていますが、新種を発表するにも、これまで記載されてきた種を網羅的に調べる必要があります。また、その種がどの属に所属するのか、系統関係をしっかり踏まえて検討する必要があります。
 見た目や動きが可愛いハエトリグモは、SNS上では頻繁に取り上げられることも多く、一般的には「気持ち悪い」の代名詞であるクモ類において、一定の人気を確立したと言えるでしょう。しかし、学問的にはまだまだ課題も多く、興味の尽きない生物です。ハエトリグモ科の分類体系が、すっきりしたものになるまで、地道ではありますが、研究を続けていきたいと考えています。

引用文献
Phung, T.H.L., Yamasaki, T. & Eguchi, K. 2016. Conspecificity of Phintella aequipeiformis Zabka 1985 and P. lucai Zabka 1985 (Araneae: Salticidae), confirmed by DNA barcoding. Revue suisse de Zoologie, 123: 283-290.
Prószyński, J. 2016. Delimitation and description of 19 new genera, a subgenus and a species of Salticidae (Araneae) of the world. Ecologica Montenegrina, 7: 4-32.
Yamasaki, T. 2010. Redescriptions of two Bornean species of the genus Myrmarachne (Araneae: Salticidae). Acta Arachnologica, 59: 63-66.
Yamasaki, T. & Ahmad, A. H. 2013. Taxonomic study of the genus Myrmarachne of Borneo (Araneae: Salticidae) . Zootaxa, 3710: 501-556.
Yamasaki, T., Hashimoto, Y., Endo, T., Hyodo, F., Itioka T. & Meleng, P. 2018. New species of the ant-mimicking jumping spiders, the genus Myrmarachne MacLeay, 1839 (Araneae: Salticidae) from Sarawak, Borneo. Zootaxa 4521: 335-356.

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第27回「異常巻アンモナイトの研究-種の分類の見直しを目指して-」(標本とむきあう)

生野賢司(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)


はじめに
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図1 南あわじ市阿那賀の県道脇に設置されたディディモセラスの像
付近の海岸で多くの化石が産出したことにちなむ。ソフトクリームが垂れ下がったような形状が目を引く。
 兵庫県で見つかる化石を尋ねられたら、多くの方が恐竜と答えると思います。恐竜化石の人気は凄まじく、博物館では小さなお子さんでも「ティラノサウルス」や「トリケラトプス」といった恐竜の学名をそらんじている場面をよく目にします。恐竜以外の古生物ではアンモナイトですら、「ゴードリセラス」や「パキディスカス」といった学名を覚えている子どもに出会うことはまずありません(そもそも大人にもほとんど知られていません)。日本地質学会が選定した「県の石」でも、兵庫県の化石は丹波竜(タンバティタニス・アミキティアエ)になっています。しかし県内の化石の研究史に目を向けると、アンモナイトは恐竜より100年以上も前から認識され、多くの種類が報告されている「歴史のある」化石です。
 兵庫県産のアンモナイト化石が初めて記載されたのは1901年のこと。淡路島で見つかった異常巻アンモナイト「ディディモセラス」に関する論文でした1)。淡路島の南部には、約7000万年前(白亜紀)の和泉層群という地層が分布しており、今ではアンモナイトや貝類をはじめとして、甲殻類や首長竜など、様々な化石が産出することで有名です。道路工事や造成が盛んに行われた頃には特に多くの化石が産出したそうで、南あわじ市にはアンモナイトの巨像が設置されている場所もあります(図1)。
 今回はそんな、兵庫県でも見つかるアンモナイトの化石をテーマに、形態の多様性や野外調査の様子などをご紹介します。

異常巻アンモナイトは異常ではない
 アンモナイトは、軟体動物(いわゆる貝類)の中でも頭足類(イカ・タコの仲間)に属する生物で、化石によく残るのは殻の部分です。現在生きているイカ・タコの仲間の多くは目立った殻をもっていないためピンとこないかもしれませんが、水族館で見ることができるオウムガイも頭足類に含められます。広義のアンモナイト類は古生代のデボン紀(約4億年前)に出現し、中生代の白亜紀の終わり頃(約6600万年前)に全て絶滅しました。3億4000万年近い長い進化史の中で、1万種とも2万種ともいわれるほど多くの種が出現したことが知られています。
 アンモナイトは、殻の巻き方で大きく2種類に分けることができます。一つは皆さんがよくご存じの、すき間なく平面らせん状に巻くもので、「正常巻アンモナイト」と呼ばれます。もう一つは、正常巻アンモナイトに含められない多様な巻き方をするもので、「異常巻アンモナイト」と呼ばれます。異常巻アンモナイトの巻き方は、棒状、塔状、ヘアピン状など実に様々で、しかも異常という名で呼ばれるため、よほどおかしな生物なのだろうと思われるかもしれません。実際、かつては病的なものであるとか、進化の袋小路を示す末期的なものであるといった考え方もあったと聞きます。しかし研究の進展により、その巻き方は規則的であることが確かめられているうえ、アンモナイトの進化史において終盤だけでなく複数回現れたことが分かっています。最近では、「異常巻アンモナイト」は複数の系統に独立して出現したことなどから、この概念は大まかに形状を表現できる点以外に生物学的な意味がないと断じる意見すらあります2)

トロンボーン状のアンモナイト「ポリプティコセラス」
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図2 ポリプティコセラスの化石
A) よく見つかる断片の様子。B) ある種のタイプ標本(ミュンヘン古生物博物館所蔵)。C) 個体のほぼ全体が保存された非常に稀な標本。BとCのスケールは1センチメートル。
 生物としては正常巻アンモナイトと何ら変わりはない異常巻アンモナイトですが、その研究にはある困難が付いて回ります。それは、変わった巻き方ゆえに殻が破片化しやすいという問題です。私が研究を進めている「ポリプティコセラス属」を例に説明してみましょう。ポリプティコセラスは、後期白亜紀に北太平洋地域を中心に繁栄した異常巻アンモナイトです。その殻は3~5本程度の棒状部がU字形の転回部で連結した、楽器のトロンボーンのような形状をしています(図2C)。破損のない化石があれば殻の全体像を簡単に知ることができますが、見つかる化石は破片となっている場合がほとんどです(図2A)。そのため、ポリプティコセラスの各種が命名された際も、多くの種で断片的な化石が用いられていました(図2B)。ここで問題になるのは、個体の全体像が不明確なまま断片的な標本に基づいて種が分類されているため、種を分けすぎている可能性があるということです。実際、1890年の原記載(その種が命名された記載)から100年以上経った1997年になって、それまで2種に分類されていた「種」同士が同じ種の異なる部分同士だったということが指摘されています3)。ポリプティコセラスは北太平洋地域だけでも12種が正式に記載されており4)、私は他にも同様の問題があるのではないかと考えています。

化石を見つけるだけではない野外調査
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図3 北海道で調査した蝦夷(エゾ)層群の露頭の例
豪雨による増水で露頭が侵食され、石灰質団塊(白い部分)が多数見えているが、必ずしも化石が入っているとは限らない。
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図4 河原に残された新鮮なヒグマの足跡
朝に通った際にはなく、上流を調査中に下流をヒグマが歩いていたことになる。写真を撮影する余裕はあったが恐怖を感じ、熊よけ鈴以外にも音を立てようと熱唱しながら帰った。
 ポリプティコセラスが本当は何種いたのかを明らかにすべく、私は化石が多く見つかる北海道で野外調査を実施してきました。分類学の研究では、国内外の博物館に収蔵されている標本を再検討することも重要です。しかしこの研究では、自ら野外調査をして試料を集めることが必要不可欠でした。なぜなら、ポリプティコセラスの場合、博物館には鑑賞に耐えるような立派な標本があっても、詳細な産地情報が記録されているとは限らないからです。多数の標本を用いて種の分類を見直す際には、観察される形態の差異が同所での個体差なのか、地域差なのか、あるいは時代による違いなのか、などを検討する必要があります。そのためには、どの地域の、どの露頭の、どの層準(地層上の位置)で採取した標本なのか、という細かなデータが必要です。
 北海道で白亜紀のアンモナイト化石が多産する地域では、河川水によって地層が削られることで新鮮な岩石や新たな化石が露出するため、川沿いに調査を行います(図3)。冬期は積雪があるため、地元の熱心な愛好家を除けば、調査に適した季節は6~9月頃です。夏の北海道で調査と聞くと、涼しい中で快適だと思われることがありますがそれは誤解です。確かに北海道の夏は、本州と比べると湿度が低いので過ごしやすい気候です。しかし人里離れた山奥で、アブや蚊を追い払いながら、マダニに咬まれたりヒグマと遭遇したりしないように注意しつつ、データの記載や試料の採取をするというのは快適とはほど遠い作業です(図4)。
 前述のように、調査地ではただ化石を掘り出して集めればよいというわけではありません。地層の分布や化石の産出地点を正確に記録するため、まず一定の歩幅で歩いてルートマップを描きます。そして、川底や崖に露出している岩石の種類や地質構造を観察して記載します。このような地層の観察は、別のルートと地層を対比したり、古環境と生物相の関係を議論したりするのに役立ちます。地質の記載が済んだら、ようやく化石を採取します。露頭の表面で目的の化石が見つかることはまずないので、石灰質団塊(ノジュール)と呼ばれる硬い岩石を探して割ります。地層中に含まれる化石は普通、圧力の影響で偏平に変形してしまいますが、石灰質団塊は圧力の影響を受ける前に硬化するため、立体的な形状を留めた状態の良い化石が内部に保存されているのです。地層に埋まっている石灰質団塊を掘り出し、ハンマーで割って化石の有無を確認するのは大変な力仕事です。その上、目に見える大きさの化石が一つも含まれていない場合もあるので、諦めずに探す根気が要ります。化石が見つかったら、小割にして目的の化石のみを取り出して持ち帰る方法もあります。しかし私の研究の場合には、できる限りアンモナイトの殻を壊さずに持ち帰る必要があったため、野外ではあまり割らずに大きな塊のまま包んでリュックサックに入れ、林道に駐車した車まで背負って運ぶという作業を繰り返しました。

調査を終えてから標本が完成するまで
 夏の野外調査から戻ると、現地で採取した石灰質団塊から目的の化石を取り出すクリーニング作業が待っています。気の遠くなるようなクリーニング作業を施して余計な石の部分を取り除くと、試料の重量は始めの10分の1以下になります。いずれ捨てると分かっている部分を輸送するのに高い送料を払うのは毎度複雑な気持ちになりますが、良い状態の標本を得るためには必要なことなのです。こうしてようやく標本が完成します。

どんなことを調べているのか
 クリーニングの結果、図2Cのように殻の大部分が保存された個体が多く得られました。この標本を使って、殻の形態を詳細に調べていきます。特に注目しているのは、表面装飾と呼ばれる殻の凹凸です(図5)。表面装飾は、これまでもポリプティコセラスの種の分類において重要な特徴とされてきましたが、同じ個体の中でも成長とともに形状が変化する例が知られています3,5)。そこで、どのような種類の表面装飾が、殻のどの部位に現れるかをすべての標本について調べ、成長を通じた変化パターンが類似した形態ごとに標本をグループに分類する作業を進めています。今後は、各グループ内に観察される形態のばらつきが、同一種内の個体差として扱えるのかどうかを定量的に評価する必要があります。この検討が進めば、種の分類の問題にはひとまず着地点を見出すことができそうです。
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図5 ポリプティコセラスの殻表面に現れる装飾の例
1個体の殻に複数種類の装飾が出現することもあるため、断片標本では別種と判断される可能性がある。スケールは5ミリメートル。

地味でも大切な研究に
 化石の研究というと、よくニュースで報道される新種の発見を思い浮かべるかもしれません。確かに恐竜でもアンモナイトでも、毎年のように新種は発見され続けています。しかしその陰では、標本の蓄積や観察技術の進歩によって常に既存の分類体系が見直されており、場合によっては認識されている種の数が減る場合もあります。新種の発見のように脚光を浴びる研究ではなくても、今回ご紹介したような地味な作業を積み重ねることで、過去の生物多様性がどのような変遷をたどってきたのかをより正確に明らかにすることができるのです。

引用文献
1) Yabe, H. (1901) Note on three Upper Cretaceous ammonites from Japan, outside of Hokkaido. The Journal of the Geological Society of Tokyo, 8, 1-4.
2) Landman, N.H., Machalski, M., and Whalen, C.D. (2021) The concept of 'heteromorph ammonoids'. Lethaia, https://doi.org/10.1111/let.12443.
3) Okamoto, T. and Shibata, M. (1997) A cyclic mode of shell growth and its implications in a Late Cretaceous heteromorph ammonite Polyptychoceras pseudogaultinum (Yokoyama). Paleontological Research, 1, 29-46.
4) Ikuno, K. and Hirano, H. (2015) Nomenclatural review of Polyptychoceras and 18 related taxa (Ammonoidea: Diplomoceratidae). Swiss Journal of Palaeontology, 134, 227-232.
5) 岡本隆・岡田基央・小泉翔 (2013) 後期白亜紀異常巻アンモナイト Polyptychoceras の殻装飾に関する理論形態学的研究. 化石, 94, 19-31.

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第26回「実験的な風景づくりからの都市計画」(地域とむきあう)

福本 優(兵庫県立人と自然の博物館 研究員)


はじめに
 みなさんは、都市計画という言葉を聞いて身近に感じますか? きっとそのような人はほんの一握りで、多くの人にとって都市計画は「どこかのお役人が決めている自分とは縁のないこと」なのではないでしょうか。確かに少し前までは、都市計画は市民から縁遠い存在でした。しかし最近、市民によって生み出される都市の活動が、公の都市計画に影響を与える事例が生じています。本稿では、公の立場から取り組む実験的な風景づくりからの都市計画の事例について紹介したいと思います。

そもそも、都市計画って? そして、その変化って?
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図1 産業革命後のロンドンの様子(出典:レオナルド・ベネーヴェロ著、訳)佐野敬彦、林寛治(1983)「図説 世界の都市史4‐近代‐」相模書房)
 さて、市民にとっての都市計画が、遠い存在から少しずつ近い存在に変わり始めていると述べました。そもそも「都市計画はどのように生まれたのか」を知ることで、身近になった理由を知ってもらえるのではないかと思います。
 図1は、産業革命後のロンドンの様子です。奥に描かれた橋の上をモクモクと煙を立てて走る汽車の様子が、いかにも産業革命を象徴しているようです。目を下の方に移すと、たくさんのテラスハウス(長屋)が描かれています。今も残るロンドンらしい風景なのですが、その庭に注目してください。よく見ると、人がたくさんいませんか? 産業革命が生みだしたものはたくさんありますが、大量生産と流通も、その一つです。そして、この変化は従来までの働き方を変化させ、多くの労働者を生み出しました。地方で仕事のない人々は都市に労働者として流入し、図1にあるような過"密"な状態を生み出したのです。過"密"になった都市は大きな問題に直面しました。感染症です。不衛生な水や空気により、過"密"に暮らす都市民の多くが病にかかってしまったのです。この状況を改善すべく、上下水道や住環境の改善を目指したのが、近代の都市計画の起こりなのです。それ以降、さらに産業が発展し都市が発達すると、煤煙や工業廃水による都市環境汚染やモータリゼーションなどによる交通問題等、都市が抱える問題も膨らみました。そうすると、人々が健康的な環境を求めて都市から離脱するため、郊外ベッドタウンが発展し、新たな乱開発の問題も生まれました。こうした都市の取り巻く環境の変化が背景にあり、都市が大きく発展する拡大期での都市計画の最大の目的は「安全で衛生的な都市をつくる」ことだったのです。
 しかし近年、日本をはじめ先進諸国は人類史上初めての課題に直面します。それが人口減少です。実は、大きなトレンドとして人口が減少するという事態は、今まで私たちは経験したことがないのです。それぞれが地続きの欧州諸国とは違い、日本では、その影響は特に大きな課題として昨今取り上げられています。人が増えることで消費が進み、発展する社会をベースにしていた都市の拡大期では、課題に対して更なる拡大により応えてきたわけですが、人が減り、消費の増加が見込めない社会をベースにした課題への解決策は、誰も持ち合わせていません。日本だけで考えれば、人口が減り、経済活動の縮退も予見される社会の中で、近代都市計画で既に大きく育った「安全で衛生的な都市」を「どう使いこなすか?」という、縮小期での都市計画の目的が生まれてきているのです。
 放っておいても発展する都市の拡大期には、無秩序な発展を、行政が都市計画によって定めた開発基準等の制限を行うことで管理することができました。しかし、縮小期に既にある都市を使いこなすことは、行政にも経験がなく、我々住民が主体となって考えることが重要となります。図らずも、コロナ禍という感染症が私たちの暮らし方に再び変化をもたらしています。デジタル技術の進歩もその変化を助けてくれます。「行政がルールを決めて使う」から、「私たちが相談しながら使う」に都市計画も変化していく時代になっているのです。

今ある都市空間を使いこなす。~実験的な風景づくり~
 「私たちが相談しながら使う」って、どうするの? となりますよね。駅前でストリートライブしたり、オフィス街でキッチンカーを使ってカレー販売したり、「都市空間を使うなんて、めっちゃハードル高いねんけど」と、やはり自分とは関係ない話になってしまいがちです。しかし、例えば、あまり使われていない芝生広場で子供と遊ぶことや、芝生の端の小さな塀に腰かけてお茶することくらいなら、どうでしょうか? こんな小さな使いこなしから、都市空間は変わっていきます。芝生広場にも管理者が存在します。「芝生維持のために広場の利用禁止」という張り紙を見かけたことがあるかもしれません。管理者は芝生の管理コストをできる限り下げるために利用を禁止しているわけですが、では何のために芝生広場があるのでしょう。"庭園全体の美のため"なら利用禁止という管理も合点がいきますが、公園のような都市の憩いの空間であれば、利用禁止という管理は良くないかもしれません。適切な程度はありますが、多くの人が憩いのため、遊んだりお茶したりする使いこなしが実現するような、管理の仕方が求められると考えます。しかし、今まで続けてきた管理を変えることは難しく、利用者(=市民)も禁止されているので使いだせない、管理者もニーズが見えていないので解放できない、という状況が生まれがちです。私は当博物館を使って、こうしたジレンマから一歩踏み出して、都市空間の利用や管理(マネジメント)を変化させるような取り組みを、試みています。

ルールはないけど、なんだか使いにくい芝生広場を使ってみる!
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図2 そとはくの様子
手前では自前のシートを広げ、風景に参加する人が登場している。
 2017年に着任した時に気になっていた、あまり上手に使えていない芝生広場が、博物館にありました。博物館は、運用で利用禁止にしていなかったのですが、きれいに管理されているためか、歩道からよく見えるためか、芝生で遊ぶ人を見かけることはなかなかありませんでした。芝生広場は遊ぶ場・居る場とは認識されていませんでした。
 そこで、2018年から実験的に『そとはく』とタイトルを付け、『パラソルとミニテント、カフェカウンターと少しの絵本を持って、芝生に立つ』という活動を始めました(図2)。芝生で遊ぶプログラムは展開せず、芝生を「居られる空間」に少しだけ変化させるという取り組みです。カウンターに私が立っているので、「何しているのですか?」と声を掛けられれば、「芝生でゆっくりしてください」と答える活動を続けていると、芝生広場にシートを敷いてお弁当を食べる家族や絵本を読みながら座る人が登場し始めました。誰かが利用し始めることで、芝生広場が遊ぶ場・居る場と認識され、次の利用者を誘引します。利用が継続していると、地域の子育て支援施設の方たちも芝生広場に来てくれるようになりました。赤ちゃんと日向ぼっこするお母さんも見かけるようになりました。まずは、実験的に利用しやすい風景を作り、利用している実態を積み重ねることで、場所のイメージを変化させることができた事例です。
 現在、この利用の変化は博物館の新たな施設計画や、市の地域再生ビジョンにも影響を与えようとしています。利用ニーズが不明な状態での新たな計画づくりは、特に行政では難しく、公共空間の整備などでは大きなハードルとなります。しかし、実験的に風景を作ることで、私のような都市の専門家以外でも直観的に理解することができるようになります。多くの人の目に見える形で「こんな風景って素敵だ」と伝え、多くの人が都市空間を使いこなせるのだという実績が、これからの計画づくりの将来イメージとなり、基礎資料となっていくのです。

おわりに
 私は公的施設の研究員として、また都市計画の専門家として、実験的な風景づくりを通して、地域の再生に取り組んでいます。そこには、一定の将来の都市イメージがあります。しかし、私のような専門家が持つイメージだけで都市が形作られていくわけではありません。都市計画は大きな変化の真っ只中にあります。誰か一人が考える都市計画から、市民一人ひとりが考える都市計画が求められる時代です。そして、その多様さが都市の魅力を生み出していくのです。自分本位ではなく、多くの人が他者を尊重しつつ主体的に利用することで、都市空間の価値が育まれていくのです。
 コロナ禍の2020年からは、住まいの近くで過ごす時間も増えています。もう一度、自分が暮らす地域(=都市)に目を向けてみる機会です。なんだか楽しくない都市を、暮らしていて楽しい都市に変えるチャンスは、意外と近くにあるものです。大きな都市像などを描く必要はありませんが、「こんなことができる街になったらいいのに」という思いをちょっと実践することが、これからの都市の姿を創り出していくことにつながるのです。

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