いたずら者の野兎の話 エチオピア・スーダン国境の近くに住むアニュアック族の民話 【元の文章です】  ある日野兎は河へ魚を獲りに行った。彼は大量の魚を家へ持ち帰って来た。(母方の)伯父が それを見て「何処でこんなに獲って来た?」と聞いた。野兎が「河でさ」というと、伯父は 「では明日私も行って、お前たちにもどっさり獲ってきてやろう。だがどうやって魚を獲るのかね」 と聞いた。それで野兎は(例の如く伯父貴をからかうことを考えて)、「そうだな、先ず とうもろこしの粉を一つかみ持って行きな。水の澱んでいるところがあるから、そこへ行って水面に 粉を散布しな。そうしたら魚が集って来るから、水に背中を向けて、手を拡げて後ろ向きに 飛び込みな。すると水面近くに集って来た魚が陸へはねあげられるから、いくらでも獲れるよ」と 教えた(実は野兎は、水の澱んだところには背に棘のいっぱい生えている魚が密集していて、 とうもろこしの粉をまいたらその魚が水面に浮かんで来てそれを食べようとするという、現実の 世界では子供たちでも知っている魚の習性を計算に入れていっているのである)。 伯父はいわれた通り河へ行って、沢山の漁獲を期待しながら、少しでも多くの魚を陸へはねあげて やろうと思って、後ろを向いてできるだけ大仰に飛び込んだ。次の瞬間「あチチチ」と彼は悲鳴を あげて、ほうほうのていで陸に這い上った。彼の背中は棘つきの魚でいっぱいで、膨れあがっていた。 這い上ったところにちょうどヌア(ヌアル)族の男が通りがかったので、彼にたのみこんで棘の 生えた魚を引き抜いてもらって、ほうほうのていで家に帰って来た。 (山口昌男『アフリカの神話的世界』岩波新書F67)