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新室長所感

従容(しょうよう)として任につく

加藤 幹太



 兵庫県が自然系博物館を設立するため準備室を発足させ、私の先輩であり大学で苦楽を共にした伊谷先生が室長として活動しておられることは一年前に知っていた。日本に少ない自然系博物館を、しかも大規模で多くのユニークな構想を盛りこんだものを開設しようとする兵庫県に敬意を表していたが、自分が準備室長に任ぜられることは想像していなかった。
 私は生物学の広い原野の中で、四十年近くさまよってきた。動物生理学とくに視覚の問題から始まって、放射線の生物に対する影響という問題までを手がけてきたが、その範囲はいわゆるミクロな生物学に属する。この分野の生物学は進展がいちじるしく、世界では何万人もの人が相争って研究している。しかし、生物の示す現象をすべて物理や科学の法則で説明し得るとすることには、私は長い間、懐疑感を抱いてきた。伊谷さんの言われる等身大の生物学は、私の漠然たる感覚で言えば、この自然界における生物の生存についての非物理学的法則性の追求という感じがする。それは現代の分析的方法論と対置される人間らしい学問であり心のこもった楽しい学問であろう。長い間にわたって細胞や分子のことで悩んできた私の心の一隅には、常にこの分野に対する憧憬の気持ちがあったことを、大学の研究室を離れて初めて実感している。それは、生物学を学ぶ者の恐らくすべての人が抱く郷愁のようなものであり、私が博物館のことをお引き受けした理由の最大のものである。
 地球上における人間の歴史を考えると、自然と人間の相互関係は大きい変化を起こしてきた。原始時代の人たちは、この自然を畏敬しながら地球の片隅でささやかな生活を享受していたにちがいない。科学と技術なるものがこの謙虚な気持ちを変えてしまった。現代に近づくほど人類は自然に対するごう慢さを示し、他の生物及び地球そのものに対して悪徳の限りをつくしてきた。県立博物館が、この人間と自然の本来あるべき調和についての研究と社会教育を大きい目標とされたことに心から賛意を表し、私も今から勉学に努めてその一端を担いたいと思う。
準備室のニュースは立派な内容でしかも美しい。これを読むと今までの経験や館の理念を教えられる。構想に関与された方々や知事・教育長さらに準備室員のご努力に頭が下がる思いである。おそらく私の室長就任は多くの人たちにとって予想外であろうが、私は前述の考えを持つ者として、ご期待にこたえるとまでは言えないが、これらの先輩たちに失望感をあたえることはあってはならないと決意している。
 敬愛する伊谷さんから頂いた「自然の慈悲」という本の中に、「去る」ということの意義をずっと考えてこられたことが述べてある。サルのオスは自己の内在的発展を胸に抱いて従容として群れを去ってゆく。私は伊谷さんから博物館の話をききながら、この先輩はサルたちの教えに従って、私に道を譲って去るのだと直感した。
 私は伊谷さんの敷かれたレールの上に、彼ほどの才能は到底持ち合わせてないことは百も承知の上で、従容として任につくつもりである。幸いなことに優秀なる準備室員が多数おられるので、教えを受けながら楽しく働ける機会を与えて下さったことを心から感謝している。



室長の交代について



 伊谷純一郎前室長は健康上の理由で平成三年二月末日をもってお辞めになりました。準備室員一同、伊谷先生がご病気やご不幸に遭遇される中で次々と打ち出された構想の重みを感じながら、九か月にわたるご指導に心から感謝する次第です。伊谷先生が健康を取り戻され、元気なお姿をお見せ下さる日を心待ちにしております。


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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/27