まえに戻る 目次へ つぎへ進む  

◇ 働かないハチのいる集団 −ぶらぶら分業の世界−

 花の上で盛んに蜜を吸うミツバチ、せっせと巣造りするアシナガバチ、イモムシ を肉団子にしているスズメバチ、竹筒に蛾の幼虫を運びこむドロバチ、大きなクモ を引きずっていくベッコウバチ・・・。私たちのまわりで目につくハチたちは実に よく働いています。  ところが巣の中をよく観察してみると、アシナガバチでもスズメバチでもじっと している個体が目につきます。ミツバチではモゾモゾ動いている個体のほうが多い のですが、動いているだけで仕事らしい仕事をしていないのです。  この落差はどこにあるのでしょうか。「働かない」共通点は、働きバチと女王バ チの区別のある「集団生活」のハチのようです。 トックリバチが子供のために、徳利型の巣をつくって産卵し、餌を狩って運び込 む 一連の作業があります。単独で作業するハチたちは、1つの仕事を完了すると、 それが次の仕事を始める刺激になり、仕事の手順を覚えていなくとも、次々とすば やく済ませていくことができます。  こうした「行動連鎖」をもつ働き者のハチが1つの巣に集合したらどうなるでし ょうか。それぞれが勝手に作業を始めると、それぞれの作業の長さはばらばらにな ってきます。すると、例えば、巣造りのために泥を運んできたハチは、隣の餌運び 完了の巣を自分の巣と間違えて、うっかり入口を閉じてしまう。一方、間違えられ たハチは、入口を閉じるための泥を運んできて、閉じられた入口で戸惑ったあと、 隣の未完成の巣の作業を引き継ぐ・・・。つまり、集団巣の中では、「行動連鎖」 をスムーズに進ませるはずの「刺激」がばらばらにたくさん存在して、行動連鎖が 分断されてしまうのです。  したがって、集団の中では、行動連鎖を続けることはできなくなり、出たとこ勝 負で、ある刺激に出会ったらそれに見合った行動で反応するというのが自然なやり 方になるのです。  この行動連鎖の分断のほか、集団生活で新たに生じるのは過剰労働力です。共通 利用の結果からくるのはもちろんですが、ハチの巣は空間利用効率の高い構造物で す。ミツバチに至っては三田の高層マンションもびっくりするような高密度ですか ら、巣を維持管理していくのに必要な員数の何倍ものハチがひしめいています。当 然大半のハチは仕事にアブれてしまいます。  しかし、この「失業」こそミツバチ集団の分業のポイントです。失業者たちはま ったくサボる気はなく、仕事のないハチは適当な刺激に出会うまで待機しています。 それがボーっとたたずんでいたり、ブラブラしていたりする状態です。仕事が見つ かれば直ちに反応して仕事をするのです。そして、このシステムでは仕事を手配す るような統率者も不要です。大量の失業者さえいれば、巣に必要な仕事はすばやく こなされていきます。どの個体も仕事がしたくてうずうずしているのですから。私 はこの分業システムに「ぶらぶら分業」という名をつけました。  集団の中の働かないハチというのは実は「待機」という仕事をしていた、という わけです。(生態研究部・大谷 剛)

まえに戻る 目次へ つぎへ進む  


Copyright(C) 1995, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1995/12/18