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ひととしぜん


不思議なトキソウの生き残り戦術
 現在、いろいろな野生ランの無菌播種(はしゅ)に挑戦しています。その過程で経験したトキソウの不思議な発芽の話を致します。
  この植物は、その花色が鴇色をしているところからトキソウと名付けられました(突然変異により花色を失った白花もあります)。本家のトキ(鳥の仲間)は日本ではほとんど絶滅してしまいましたが、トキソウの方は陽あたりのよい湿原などにかろうじて残っています。このトキソウを培養の技術(無菌播種法)を用いて増やそうと試みたのです。自生地に行っても種子はなかなか得られませんが、人工的に受粉すると100%近く種子が実ります。実った種子を博物館に持ち帰り、養分を加えた培地に播くのです。はじめの2年はすべての培養びんにカビやバクテリアが生じ、失敗に終わリました。滅菌法に問題がありました。原因が解った次の年には、カビやバクテリアをシャットアウトできました。ところが今度はなかなか発芽しません。同じランの仲間のサギソウは播種後2週間もすれば発芽をはじめ、1ヶ月も経つと第1葉が展開します。エビネでも3、4ヶ月後には発芽し始めるのに。
 播種1年後、あきらめて培養びんをそろそろ整理しようと思った頃ようやく、ごく一部の種子ですが緑色に変わり、根を展開し始めました。失敗を見込んでやや多めの培養びんに播種しましたので、たくさんの種子苗を得ることができました。一部は鉢に移植して、開花した個体もあります。残りの大部分は培養びん中に閉じこめられたまま、不発芽の培養びんと共に片づけられてしまう運命にあります。
  いつしか時は流れ、ある日培養びんを片づけようと整理していたら、一昨年播種したトキソウの培養びんがありました。そこには、昨年発芽して根を拡げているトキソウの二年目の苗と一緒に、新たに生育を始めた新しい種子苗が数本見られました。今度は意識してさらに一年培養びんをそのまま管理していますと、3年目にもまた新たに生長を始めた種子が見つかりました。
  同じ果実から採りだした種子をひとつの培養びんに蒔き、同じ条件下で管理しているにもかかわらず、ある種子は一年後に、ある種子は二年後に、ある種子は三年後に発芽したのです。
 トキソウは湿地に自生する植物ですから、常に大水や干害の危険にさらされています。ある年に劣悪な環境に遭遇し、生育しているトキソウに甚大な被害が出ても、一年前、あるいは二年前に実った種子の一部が発芽し、全滅から免れるというトキソウの生き残り戦術の一方法と思われます。トキソウの種子は非常に小さく、ケシ粒の何十分の一にすぎないのにどの様にしてコントロールしているのでしょう?



    (永吉照人/自然・環境再生研究部)

培養びんの中で発芽した1年目の種子苗(右後方矢印)と二年目の苗(左前方) トキソウの花


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Revised 2003/6/26