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−鳥をみる−

残雪のブナ林
森のすみずみまで見とおせます

であい

 「鳥をみる」といえばいろいろな景色がうかんできます。肌寒い早春の朝、街の生け垣のなかをちょこちょこと動き回っては思い出したようにホーホケホーケ・キョとまだ上手ではない歌をうたうウグイス、一面ピンクに染まった春のレンゲ畑、空にむかってまっすぐピーチクパーチク昇っていくヒバリ、潮干狩りの季節、ひろく現れた干潟の上でせわしなく餌をとっていたかと思うと突如ピッピッピッと鳴いて向こう岸へ飛び去るシギの群、山が青葉でおおわれる頃、南から渡ってきて夜昼となくテッペンカケタカと大きな声で上空を飛び回るホトトギス、暑い夏の日、河原で水辺をもとめてさまようアシ原のなか、近寄ってきてはギョギョシギョギョシと鳴きたてるヨシキリ。
 秋はといえば、稲刈りの終わった田んぼでキィーッと甲高い声、わらを干した木杭のうえでモズが尾っぽをゆっくりと回しています。冬の景色はやはり湖にうかぶ色とりどりのカモの群、首を折り曲げてうつらうつら眠っているもの、せわしなく動きまわっては水面をつつくもの、あるいは入れかわり立ちかわり水中に潜って餌をとるものなどさまざまです。そんな中を時折ガーガーガーというマガモの間の抜けた声とピューイというヒドリガモのすっとんきょうな声が駆け抜けます。このように「鳥をみる」景色はいつも「鳥をきく」景色といっしょになっています。

新緑のブナ林・ブナの葉だけではなくかん木やササが視界をさえぎります

ブナの森

 そんなことを強く思い知らされるのは森のなかです。早春のブナの森はまだ雪のなか、葉っぱをもたない黒々とした樹々が真っ白な地表面からにょきにょき生えているだけの白と黒の世界です。森のなかを歩くとフィッフィッフィッと鋭い声が冷気をつきぬけて響きわたります。ゴジュウカラが目の前のブナの大木にやってきたのです。しばらくすると今度はコンコンコンと木をたたく音、おもむろに双眼鏡をかまえると画面のなかには枯れ枝をつつくアカゲラの姿。つついたりあるいはひっぺがしたり、必死で樹の中に隠れている虫をさがしています。
 雪の穴に落ちないように足元に注意しながら森の中をさらに進むとチーチー、ピチピチ、ゴソゴソとなにやらにぎやかなところに出ます。ブナの木の高いところにひとかたまりの鳥がいて跳んだりはねたり、ヒガラやシジュウカラが小群をなしてブナの芽をつついたり、樹皮のわれ目をのぞきこんだりしているのです。鳥たちはまだ冬の様相です。でも陽がさすと同時に頭上からフィーチョチョチョと大きな明るい声がふってきます。冬のあいだ山をおりていたクロジがもう帰ってきたのです。高さ25mはあろうかという梢の先端でさえずっているのですが、さえぎるもののない青空をバックにその姿はまるで手のとどくところにあるかのようです。もう一歩足を進めると今度はピリッという一声とともに黄色い影が目の前をよぎります。南の国からはるばる海をこえて繁殖のためにこの雪の森に渡ってきたキビタキです。

 

芽吹き

2週間もして地表の雪が完全に消えた頃ブナの森をふたたび訪ねると、白と黒の世界は緑の世界に一変しています。ブナが一斉に開葉したのです。あんなにすみずみまで見透かせた森の視界は緑のカーテンにさえぎられて20m先を見とおすのがやっとです。森に足を踏み入れようとしても、かん木とササの茂みに行く手をはばまれて一歩たりとも進むことができません。遊歩道の入り口をみつけてなんとか森のなかに入っていきます。空を見上げるとクロジがさえずっていた大木の梢ははるかかなたにあり、私とのあいだには何層にもわたる葉群がつみかさなっていて、たとえそこに鳥がいても姿をみきわめることなどとうてい不可能ではないかとさえ思えます。
 ツピンと声がしてシジュウカラが現れました。もう群れではなくつがいになっているようです。オスがメスを気遣ってこちらを警戒しています。気づかれないように注意深く追跡していくとメスは地上15mほどの所にある樹洞にとび込みました。どうやらここを巣場所と決めたようです。オスは相変わらず周囲をうかがっていましたが、メスが巣穴から出てくると同時に2羽して飛び去ってしまいました。
 樹齢2 0 0年はくだらないと思われる大木のもとにやってくるとピョコピョコピイピイピッピリリとキビタキの派手な歌が出迎えてくれました。でもいくら目を凝らしてもあの黄色い鳥が眼にとまりません。ようやくみつけたと思うとなんのことはない真正面の10mほどの高さの枝の中程にいるではありませんか。緑の背景がこの派手な鳥を景色のなかにうまく包み込んでしまったようです。さて今度は足元でチッという金属音、そしてガサガサとササのなかを歩く音、クロジです。かがみこんで物音をたてないようにしているとササの中からかん木のてっぺんに全身灰色の美しいオスが姿を現しました。くすんだ色のメスといっしょです。うまく伴侶をえたこのオスはもうあの大きな声でさえずる気がないようです。
 森のなかでは「鳥をみる」ことは「鳥をきく」ことから始まります。そして鳥をきいてから鳥をみるまでの、鳥をみつけることにこそ鳥をみる楽しみがつまっているのだと感じます。

 

(文・写真 生態研究部 江崎保男)



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Revised 2000/06/27