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虫と遊ぶ −昆虫採集:シンプルにして果てしなき挑戦−

つかまえる

 朝寝坊の子どもたちも、カブトムシのためなら、夜明け前のクヌギ林へ飛び出していきます。水辺を悠然と飛ぶギンヤンマと目が合うと、いまだに闘争心をかき立てられる――そんなお父さんも、決して少なくないと思います。

 昆虫採集の楽しみの第一は、虫をつかまえることにあります。幾度となくあしらわれてきたギンヤンマを、ついに手にしたときの興奮。だれも知らないクヌギの大木でカゴいっぱいのクワガタムシを発見したときの胸の高鳴り。こんなとき私たちは、自ら発見した目標に挑み、困難を克服したことの達成感や優越感を十分に味わっているにちがいありません。

 

推理する

 狙った虫をつかまえるためには、それなりの情報や技術が必要です。漠然と歩いていても相手の方からやってくる虫は、ごく一部でしかありません。ヤンマとりもクワガタムシとりも、それなりのコツが必要であるがゆえに、挑戦しがいがあるのです。

 身のまわりの虫をひととおり征服すると、新たな目標に挑戦したくなります。昆虫図鑑を開けば、まだ見ぬ種類がたくさんいることに気づきます。兵庫県には10種以上のクワガタムシが分布していますが、よく目にするのはその半数以下です。ヤンマやチョウにも同じことがいえます。

 昆虫には、数の少ない種だけでなく、「うるさい」種も含まれています。「うるさい」とは、ある条件を満たせば出会える可能性が高いのだけれども、条件の数が多かったり、その範囲が非常に狭いことをいいます。

 極端な例をあげると、カミキリムシの中には、1000メートル級の山の何合目くらいの、どの方角の斜面に生えている、直径何センチくらいの何割程度枯死した何の木の、どのくらいの高さのところに、何月何日頃、夕立の直前にだけやってくる、というような種類もあるそうです。

 「採集力」を高めるには、技術や器材、忍耐力や体力も必要ですが、何よりも豊富な経験と勘、すなわち情報量と推理力が重要です。経験を積むにつれ、「うるさい虫」はいったい何にうるさいのか、しだいに見当がつくようになってくるでしょう。自分の推理がズバリ当たったときの喜びには、また格別のものがあります。

新たな発見

 ところが、いくら情報を駆使し、道具を工夫しても、お目当ての虫がとれなかったり、逆に思いもよらぬ虫がとれることもあります。

 その理由のひとつは、私たちが今持っている情報の量が、昆虫の生活史の多様性、自然界の複雑さと比べてあまりにも少なすぎることです。わからないことが多いのは困ったことですが、一方でこれは、新たな発見の可能性が多く残されていることを意味し、私たちに「科学する」楽しみを提供しています。事実、日本のチョウやトンボ、カミキリムシなどの生活史の大部分は、趣味として取り組んだ人たちによって解明されてきました。

 もちろん、理由はこれだけではありません。お目当ての虫が運良くアミの射程に入ってくれるかどうかはわかりませんし、見事「ネットイン」できるかという最大の技術的問題は回避できません。この予測不可能性、一発勝負のギャンブル性もまた、ゲーム、スポーツ、遊びとしての昆虫採集の大きな魅力のひとつでしょう。

 

集める

 すてきなものを手にしたならば、それをずっとそばに置いておきたくなります。

 昆虫は、外骨格という構造から、生きた姿に近い状態の標本を手軽に作成することができる特殊な生物です。このことと、その形の美しさ、奇妙さ、多様さから、昔からコレクションの対象としても人気があります。

 たくさんの標本をならべて整理してみると、十人十色というように完全に同じ個体は二つとしてないこと(表紙参照)、けれども同じ種類は同じ特徴を共有していることが、自ずとわかってきます。雌雄の差や、産地ごとの差も一目瞭然です。また、標本には、採集経験の風化を防ぐ作用があります。自分で採集した虫の標 本を見ると、季節、天候、時刻、咲いてた花、いっしょに行った仲間とその成果まで、一瞬にして思い出すものです。

 そして、採集の記憶がぎっしり詰まった標本を整理することにより、しだいにいろんな種の生息条件をイメージできるようになります。この積み重ねこそが、教科書によらない自分だけの自然観の確立に大いに役立つのです。

 

是非論を越えて

 昆虫採集は、かつては理科の基本として学校の授業や夏休みの宿題に組み込まれて奨励されました。ところが、自然破壊が顕在化した高度成長期以後は、逆に、自然保護に反逆する行為の象徴として非難されてきました。

 しかし昆虫採集は、自然を知るためのアプローチのひとつとして、今もその意義を失ってはいません。

 博物館では今年度、昆虫採集と標本づくりについての講座を開催しました。ごくふつうの遊び、趣味として、関心のある人が自然に取り組み、興味を追求することができるよう、これからも機会を提供してゆきたいと考えています。

(系統分類研究部 八木 剛)



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Copyright(C) 1999, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1999/07/29