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水の妖精 −カゲロウ−


ミナミヒラタカゲロウ(オス)
Epeorus ikanonis Takahashi

 初夏の陽射しが翳りをみせる夕刻の川辺は、虫達のダンスで溢れかえっている。実に、にぎやかな光景である。このダンサーの正体は、みなさんもご存じのとおり、カゲロウの成虫である。カゲロウは、幼虫のときは水中で生活し、成虫になって水の中から抜け出して、宙をフワフワとリズムを刻んで漂い踊る。この軽やかなダンサーは、元は水の中で暮らしており、ついさっき、やっとダンスに加わったものもいたのだろう。ダンスに目を凝らしてみると、小さなもの、大きなもの、細長いもの、色の黒いもの、眼がパッチリしたもの、ハネに模様があるものなど、実に多種多様である。とある本によれば、カゲロウの仲間は、国内に200種類近くいると記されている。ダンスの苦手なもの、落ちつきの無いもの、のんびりとしたもの。そして、ぱたぱたとトビケラが、のろのろとカワゲラが加わる。石の隙間からは、カジカガエルの歌声が聞こえる。その光景は、生物多様性のミュージカルである。だが、残念なことに、この劇は決して長く楽しむことはできない。翌日に、同じ劇を見ることもできない。このため、カゲロウは「わずか1日のいのち」という意味のギリシャ語に由来し、“Ephemeroptera”という学名が与えられた。そして、カゲロウという言葉は、物語や伝説のなかで、儚くか弱いものの例えとされる。時には、妖精のメタファーとしても登場する。
 でも、川辺に妖精が姿を見せる瞬間、そこにはにぎやかで楽しい時間がある。決して儚さやか弱さを感じさせない。 れは、妖精が物語のなかで永遠に語り継がれてきたように、カゲロウは3億年もの歳月を過ごしてきた永遠の存在だからだ。
 川辺の夕暮れは、ずっとは続かない。漆黒の闇が水面を覆う頃には、水の妖精は舞台を去る。 そして、光の妖精のダンスが始まった。

川の中でのカゲロウの役割

 身近な川で、川の中の石を1つ持ち上げてみて下さい。そこには、驚くほどたくさんの水生昆虫が這いずりまわっていると思います。これらの昆虫の中には、カゲロウの仲間がとてもたくさん含まれています。特に、本州の河川の中流域では、多い川で全体の9割近くを、少ない川でも約2〜3割の個体数がカゲロウの仲間で占められていることが多いようです。種類も豊富で、一つの石をめくるだけで、10種類以上採集されることは、決して珍しいことではありません。
 そんなカゲロウの仲間は、いったい水の中でどんな役割を担っているのでしょうか。
 まず第一に考えられるのは、魚をはじめ、その他の肉食動物にとってのエサ資源になっている点です。カゲロウは体が柔らかい上に、水に流され易く、特に魚にとっては、格好のエサになっているのです。ですから渓流で、アマゴやハヤ釣りをする人にとっても、「ピンチョロ」などの愛称で呼ばれ、格好のエサなのです。もし、たくさんの魚や肉食動物を川で見つけることが出来れば、そこには、彼らを支えるだけの十分なエサがあるものと考えられます。そんな川では、きっと数多くのカゲロウの仲間を捕まえることができるでしょう。
 では、たくさんの魚や肉食動物を支える程のカゲロウ自身は、どんなエサによって支えられているのでしょうか。 一概に、カゲロウといっても色々な種類のカゲロウがいる上に、様々な暮らし方をしているので、どのカゲロウも同じエサを食べている訳ではありません。 あるものは、川底の石の上に生える付着藻類を食べるだろうし、落ち葉や、それが粉々になったゴミのようなものを食べるものもいます。 多くのカゲロウの仲間は、デトライタスと呼ばれる、川の中のゴミのような物を食べています。 そして、カゲロウの仲間は、川底の至る所に棲んでいます。 石の隙間や石の裏側、砂利や泥の中など、様々な場所でエサを食べています。 つまり、彼らは、いたるところで川底のゴミ拾いをし、それを体内に取り込んで良質の肉に変えて、魚や他の肉食動物のエサになっているのです(図参照)。 また、運良く、魚などから逃れたものは、成虫となって川の外へと栄養を持ち出すので、水質の浄化にも大きく貢献しています。 そして、川の外では、鳥達が次々と湧き出てくるカゲロウ達を求めて、水辺で囀っています。

生態研究部   三橋 弘宗 
カゲロウ図   稲田 和久 
食物連鎖カット 西田佐知子


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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/07/15