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   <巻頭エッセイ>

自然ばなれ 生活ばなれ

館長 河合雅雄   


火をつける

 南但馬自然学校へ、小学校5年の生徒の自然学校の様子を見に行ったことがある。ちょうど昼時で、子どもたちは昼食のブタ汁を作っていた。
 まず初めに釜の水をわかさなければならない。今の子どもは鉄の大釜なんて見たことがないだろうし、すべてが初体験らしく、好奇心も手伝って子どもたちは生き生きしている。こういうときの子どもの姿を見るのは、本当に楽しい。動作はきびきびしているし、目は輝き、言葉ははずんでいる。
 釜の湯をわかすためには、まず割木に火をつけねばならない。これが大変だった。マッチをすって紙に火をつける、第一この作業がうまくいかない。マッチの棒の端を親指と人差指でつまみ、発火面にあててぴんとはじくようにこするものだから、棒が折れたり、発火した棒がとんで前の子にあたったり、大さわぎである。指導員がきて、マッチのすり方を教え、はじめてマッチがすれるようになった。マッチもすれないのか、とあきれかけてはたと気がついた。家庭で火をつけるとすれば、みんなボタン操作で、マッチを使うという場面はまずない。都会では、マッチを置いていない家庭だって多いことだろう。マッチをするという経験のない子が、大方を占めていても不思議でない。
 火の使用と製作は、人類の偉大な発見の一つである。人類がいつごろから火を使い出したのかは、よくわからない。約160万年前にアウストラロピテクスが火を使ったらしい遺跡が見つかっているが、確かな証拠はえられていない。現在確実に火を使った痕跡が残っているのは、周口店の北京原人の遺跡である。ニホンザル段階ですでに火を利用する能力があることがわかっているから、人類の火の使用はおそらく猿人段階で始まっていたと考えてよいであろう。
 この議論はさておいて、火は人類の生活を豊かにし、文明の扉を開く用具として必須のものだったし、現在の人間が生きていくためには不可欠のものである。われわれの生活の基礎を支えている火を作る行為を、子どもたちがうまくできなくなったということは、子どもたちにとって何か根本的に大切なことが失われかけている一つの象徴的な事柄のように思えるのである。
 肉を担当した男の子は、馴れない手つきで包丁で肉を切っている。包丁さばきが何か変なのでよく見ると、肉をミンチ状に細かく切っているのだった。横の女の子は、カボチャの皮を丁寧にむいている。指導員が来て、ブタ汁用にはこれでいいのだと、肉もカボチャもざっくりと大きく切り、鍋に放りこんだ。おそらく二人とも、家庭では料理をしたことがないのだろう。


タマネギの葉

 南但馬自然学校では、人と自然のふれあいに関する調査を行ったが、その結果は大変参考になる。タマネギの絵を描かす調査では、小学校の4年生で都市部と田舎を合わせて正解率30%、イメージもわかない子が8%である。とくに神戸・阪神の男子では正解率6.5%、無回答25.2%という悲惨な値になっている。
 タマネギは最もポピュラーな野菜だから、どの家の子も見たことがあると思っていたら、そうではないらしい。「子どもに何をさせたいか」というアンケートでは、「家事を手伝わせたい」というのが一番だった。しかし、現実は全く反対らしい。昔は「男子厨房に入るべからず」といったのだが、今は「子ども厨房に入るべからず。ただ勉学にいそしめ」ということになっているらしい。
 興味深かったのは、サンプルにあげてある絵のほとんどが、葉のついたタマネギだということ。都会の子で、葉つきのタマネギを実際に見た子はまずいないと思う。タマネギは植物だ、だから、球根だけでは落ち着きが悪い、葉っぱをつけよう、という観念が葉つきのタマネギになるのだろう。これは三本足のニワトリの絵と同じ論理である。三本足の動物はいない。しかし三本足を描くのは、二本足では不安定と考えるからであろう。
 観念で自然をとらえていることについては、子どもを笑えない。東大のK教授に直接聞いた話。学生をゼミに東北の田舎に連れていった。家の前の畑にキウリがなっているので、取って来いと命じたが、みんな手ぶらで戻って来て「キウリはなかった」という。なぜなら彼らのイメージするキウリは、長さも太さもそろった真直なもので、実っているのは曲がったものやウリのように大きなものだったからだという。現代の怪談というべきだろう。


よく見て考える

 観察は低学年の理科で終わり、軽んじられているのが問題である。自分の目で事実をしっかり見すえ、考え、真実を見ぬくという行為は、自然現象だけではなくあらゆる事象に向けられるべきだ。博物館は観察眼を養い重要性を教える場として、大きな役割を担っていることを痛感させられる。

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Copyright(C) 1997, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1997/10/09