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日本列島の自然景観 − 自然災害の表と裏 −







断層で隔てられた六甲山地と神戸の市街地

車窓からのながめ
 「いまは山中、いまは浜、いまは鉄橋わたるぞと・・・」かつての小学校唱歌の冒頭です。この詞に日本の箱庭的な自然景観が巧みに表現されています。在来線に乗り(新幹線では速すぎます)、日本各地を旅してみると、この詞がピッタリするような景観にしばしば出会います。“所変われば品変わる”で、個々の景観を構成する山・川・海・空などの配置・姿・形・スケールは千差万別で日本の景観美を満喫できます。さらに、それぞれは季節によって違った表情を見せてくれますし、場所によっては1日のうちでもこれが同じ所かとびっくりさせられることもあります。

日本の国立公園

 日本のなかでも、とりわけ優れた自然景観に恵まれた地域が国立公園に指定されています。兵庫県では、但馬海岸が山陰海岸国立公園に、六甲山・淡路島・沼島・西播の沿岸部・家島諸島のそれぞれ一部が瀬戸内海国立公園に指定されています。指定対象となった自然景観がどうしてできたのかという目で日本の国立公園を見渡してみましょう。沿岸部では出入りの多い海岸(リアス式海岸・おぼれ谷)・多島海など土地の沈降によるもの、内陸では山岳地形・渓谷美など土地の隆起や火山活動に起因するものが大多数を占めています。これら風光明媚な景観を生み出した根底に日本列島の地学的な立地条件が深く関わっていることを忘れてはなりません。日本列島は南北に長く、脊梁山脈が列島を縦走し、暖流・寒流が会合する四方を海に囲まれた中緯度の若い変動帯に位置しています。それが故に、大地の凹凸を強調させる火山活動や地震が頻発し、明瞭な四季の変化、豊かな降雨、四季折々に姿を変える緑の森、滝といえるような川、豊富な河川水量と地下水脈をもたらし、結果として地域により多種多様な箱庭的な景観美を生み出しました。
 地殻変動を例にして、日本の自然景観との関連性をみてみましょう。兵庫県南部地震により山側が数10cm隆起し、海側が数10cm沈下しました。六甲の景観と地震活動は裏腹の関係にあります。秋田県の象潟は宮城県の松島に匹敵する名勝の地であったことが芭蕉の「奥の細道」(1688年)から偲ばれます。象潟はその後の大地震(1804年)によりいっきに9m隆起し、今では陸化し、入り江の跡は田圃になり、海に浮かぶ島々は小丘に変貌しました。4年前の雲仙普賢岳(雲仙天草国立公園)の火山活動は「島原大変、肥後迷惑」を引き起こした地変(1791−1792年;死者14,500人)の延長上に位置づけられます。このように紹介していくと枚挙にいとまがありません。

自然災害の功罪
 日本の自然はこのような地学的立地条件に深く支配されているため、一方では、我々は時に火山爆発・地震・集中豪雨・高潮・雪害・洪水・地滑り・地盤沈下といったこれまた多種多様な自然災害に遭遇します。これら自然災害は、阪神・淡路大震災がそうであったように、社会的にも経済的にも、日常生活や地域社会に大混乱と大損失をもたらすために歓迎する人は誰もいないでしょう。自然災害には常に暗いイメージがつきまとい敬遠されがちです。
 しかし、我々は別の視点から自然災害を捉える必要があります。ふだんは当然だと思い、ありがたさを感じている人は少ないと思われます。阪神・淡路大震災でもマイナス面だけが取り上げられ、プラス面については全く報道されませんでした。台風のときや雲仙の火砕流(1994年)の時も同様でした。自然から与えられた、あるいは与えられている、あり余る恩恵の部分はいつも無視されています。地震直後の緊迫した状況下では到底無理なことはわかっていますが、六甲眼下の100万ドルの夜景や灘五郷に軒を連ねる酒蔵が阪神間にあるわけについては十分に理解されていないのではないでしょうか。今回のような地震が千回以上起こったからこそできたのです。このほか、我々や我々の先祖は時として牙をむく日本の自然からどのくらい多くの恩恵を受けてきたかを諸外国と比較検討しながら熟慮していかねばならないでしょう。

おわりに−私のつぶやき−
 優れた景観美を創出する最大要因でもあるプレートの運動や台風のような大気の循環を止めたり変えたりすることは高度な現代科学技術を持ってしても不可能ですし、万が一、それができたとしても大変なしっぺ返しを食らうことは目に見えています。人間は他の生き物と同様に自然の一構成員に過ぎないことを謙虚に認識しましょう。ちなみに、どんな大規模な自然破壊をもたらす地変といえども、人のいないところで起こったのであれば、地学現象で済まし、人間はそれを災害とはいいません。

(地球科学研究部 小林文夫)     


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Copyright(C) 1997, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1997/07/16