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ラムサール条約

干潟と湿地

 河口や海辺の傾斜のゆるい所には、潮の満ち引きにともない一日のうち数時間は干上がる砂泥質の干潟が発達します。干潟はシギやチドリといった浅い水域で生活する鳥たちの重要な餌場となっています。長い渡りをする彼らにとっては、日本列島のあちこちに存在する干潟のひとつひとつが渡りの中継地として命綱なのだということが最近ではわかってきました。
 干潟のみならず一般に浅い水域は、栄養塩類をたっぷりと含んだ水、大気、それに太陽エネルギーという生物生産に必要な要素が巧妙に交錯し、生の営みが活発に行なわれている場所だといえます。湿地(英語のwetlandの訳)とよばれるこういった浅い水域は、陸と水の境界部にあるため狭い線上の地域に水陸境界部での生活に適応した各種生物が密度高く生息している環境でもあり、比較的簡単に破壊されてしまうという特性を持っています。


水田の中を歩くヒクイナ(撮影 内田 博氏)

ラムサール条約とは

 1993年6月に釧路で開催された第5回締約国会議についてのさかんなマスコミ報道がこの条約の名を日本国内でも一躍有名なものにしました。正式には「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」といい、湿地の国際的保護を目的とした条約なのですが、1971年にイランのラムサールという町で開かれた国際会議で採択されたことから一般にこの名でよばれています。川や湖が国境線をなしていることの多い大陸では、水鳥の保護のためには国と国とが協力する国際条約が必要だったわけです。
 ラムサール条約は全部で7条の比較的簡単なものですが、主な内容は、条約締約国がその領域内の適当な湿地を指定し、これが登録簿に掲載されること、締約国が登録簿に掲載された湿地の保全及び適正利用を促進する計画を作成・実施すること、湿地の変化に関する情報を早期に入手する措置をとること、湿地に自然保護区を設けて湿地及び水鳥の保全を促進・監視すること、などです。現在の日本の登録湿地は、釧路湿原(北海道)、伊豆沼(宮城県)、谷津干潟(千葉県)、片野鴨池(石川県)、琵琶湖(滋賀県)などの計10カ所です。

湿地のこれから

 登録湿地の名前をみるとラムサール条約のいう湿地が湿原から湖まで多岐にわたっており、人手の加わり方もさまざまであることがわかります。たとえば片野鴨池という所はガンやカモの渡来地として有名ですが、池そのものとともに周囲の水田が水鳥の餌場・休息場として重要な役割を果たしています。水田はもちろんのこと、干潟や湖も重要な漁場として人の生活と密接な関わりを持ってきた場所であり、ラムサール条約が湿地の保全とともに適正な利用をうたっているのもこのためです。条約自体の性格も会議を重ねるにつれ、初期の水鳥保護の視点から湿地のワイズユース(賢明な利用)へと比重が移ってきているようです。
 ラムサール条約は湿地の保護をうたってはいますが、日本を含む締約各国に対して直接的な法的拘束力をもっているわけではありません。湿地の保全と賢明な利用の内容はあくまでも各国の判断にまかされています。日本国内の登録湿地の取り扱いをみても首をかしげたくなるような面があることも指摘されています。賢明な利用が湿地の生態系を活かした利用でなければならないことはあきらかですが、これがどの程度にできるかは各国民の賢明さの程度にかかっているといえるでしょう。
(生態研究部 江崎 保男)


干潟で採餌するヘラシギ(撮影 内田 博氏)


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