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多自然型河川工法考

原風景

 日本は水害が多い国で、わが国が成立したのち、たゆまず治水に努めてきました。今わたしたちが住む平野をある程度治めることに成功したのは、ついこのあいだ、17世紀に入ってからのことです。川のそばに広がる豊かな田園と水路の織りなす風景は、決してもとからの自然ではありません。そのころの最新の技術をもって治水・利水に全力を傾け人命・田畑を守ろうとする人々と、堤を乗り越え絶えず広がろうとする川とのせめぎ合いの結果かたちづくられたことに間違いないでしょう。  その風景を美しいと感じ、その風景には美しい魚たちがいた。トンボもメダカもホタルも、育ててやろうという人々の願いがかなって身の回りに住んでいたのではなく、人々の生活活動のおまけとして、かなりの部分が期せずしてもたらされたものであったこともまた確からしいのです。



反省

 治水・利水の効果を格段に向上させた土木技術の発達は、この半世期の間に生じました。現在の日本を担っている人たちの川の原風景を形成するもととなった、石の護岸、土手のケヤキ並木や竹林はより強いコンクリートの垂直の護岸へと、また河畔のヤナギの木は洪水時の流量確保のために残らず伐られました。それでもたりないときは川底にまでコンクリートを張って滑りをよくし川の用地を切り詰めて、直線と平面でできた立派な、しかしながら生物の住めない水路が完成しました。  これでいいのだろうかという反省がおこり、日本でも多自然型工法を取り入れて、岸に石を並べ、植物を植え、堤に並木を復活させていろんな生き物の住み場を創造しようとしています。

再出発

 ここで多自然型工法とはいったい何なのかを明らかにしておく必要があるでしょう。理にはかなわぬ場所にむりやりバイカモを植えるのも、何cmかの石でできている魚の住める場所の完成品を作るのも、あまりに浅はかというものではないでしょうか。川は侵食と堆積の動的なつりあいの下で常に動いているものです。中州を安定させれば植生の遷移が進み森林化するのは自明のことだし、一回の出水で淵や瀬の様子や底の様子が変わるのがあたりまえなのです。多自然型工法とは、治水・利水を考えた上で、なおかつ「流水の侵食・堆積作用とその場への人の働きかけという三作用のせめぎ合いの場を創造する工法」といえるのではないでしょうか。つまり大まかな仕掛は人が作り、その後の仕上げは人の利用を含めた自然に任せるのです。この三つの力の強さは、場所によりそれぞれ違い、都市、田園、過疎地域ではおのずとその仕掛が異なってきます。すなわち多自然型工法には画一的なマニュアルがないということを肝に命じておく必要があるでしょう。

(生態研究部 田中哲夫)



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Copyright(C) 1997, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1997/03/15