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川の姿「むかし・いま・みらい」


 同じ場所で撮られた2枚の写真を見比べてみましょう。


明治時代の武庫川風景。橋は三田市(さんだし)市街地の中央に架かる車瀬橋。(三田市教育委員会提供)

のんびりした風景

 写っているのは三田市の市街地を流れる武庫川に架かった車瀬橋付近です。約200年前の江戸時代には「摂津名所図絵」の中に『車瀬の蛍見』として ”初夏より蛍発生して水面をてらし飛びかう夕ぐれのけしき、宇治、石山の勝景にも劣らず ”と紹介されているホタルの名所でした。
 この昔の写真では左側の岸辺には低木や草が生い茂っており、水際に丸い大きな石が重なっています。大小の石で積まれた護岸には、上から草が覆いかぶさって垂れ下がり手前に柳や松の木があります。また、遠くにはうっそうとした大木が生えています。
 川の中では、2〜30人の子ども達が泳いだり水遊びをしていて、中には小さな子どもの姿も見えます。左手前には、かんかん帽とすげ笠をかぶった大人が2人、岸の草むらをのぞき込んでいますし、橋の上には泳いでいる子ども達を見物している人もおり、ずいぶんとのんびりした光景です。


現在の三田市内の武庫川。上の写真とほぼ同じ位置から撮った風景。

現在の車瀬橋付近

 さて、今の写真を見てみましょう。川の改修によって川幅が広くなり、川岸の様子もすっかり変わっています。橋は1984年(昭和59年)に新しく架け替えられたものです。護岸はコンクリートがぴったり張られ、草は生えていません。水が流れている所は一段低くなっており、高い堤防との間に背の低い草が生えた平たい部分があります。左手の堤防の上には建物のほか、樹木が少し見えています。水の流れは一様で、景色全体が単純な感じがします。

変化した環境

 この2枚の風景写真の間には、約100年間の時が流れているわけですが率直に言ってその大きな変化には驚かされます。
 大正・昭和・平成時代を通じての長年の治水や利水事業のおかげで、この武庫川流域では最近大きな水害や干害は起こっていません。市民や農家は安心して暮らせる環境になりました。反面、昔のような子ども達の水遊びの場や魚、野鳥などの生き物が住む自然の環境が失われてしまったのも事実です。

未来の川づくり

 これからは災害を防ぐとともに川を人々が楽しめ、生き物に住みやすいものにする新しい発想と技術が求められていると言えましょう。
 例えば三田保健所が平成5年秋に行った「水辺環境の創造活動」パネル展での市民アンケートによると、「近くの水辺で子どもを遊ばせたいと思う」という回答が男性で80%、女性では71%ありました。一方「水辺に浅いところがない」「ビンなどの割れ物が多い」「川と岸が遠くなり、川の流れが速い。護岸工事で水辺に近づけない」「コンクリートの川岸が多く、魚や水草が弱っているように見える」「きたない」等の理由で「そうは思わない」と答えている方もおられます。
 さらに、水辺環境づくりで行政に望んでいることとして「魚などがたくさん住める川になればいい」「危険のないような水辺をつくって」「もっと環境整備に予算を」「モデル河川を設定して、自然に戻す」「コンクリート三面張りから親水機能を持つ公園に」「地元の意見をもっと活かして」「清掃活動の促進と管理の充実を」などのさまざまな意見が出されています。そして「水辺環境の美化活動への参加」を男女とも80%以上の方が「する」と答えておられ水辺へ関心は高いことがうかがえます。このような市民の関心と意欲が未来の川づくりに反映されれば、より潤いのある生き生きとした川が創れるのではないでしょうか。
(生物資源研究部 戸田耿介)



現代っ子も水辺が大好き。武庫川支流の羽束川で。

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Copyright(C) 1997, Museum of Nature and Humam Activities, Hyogo
Revised 1997/03/06