研究ノート

「生物の多様性を記述する」

系統分類研究部 橋本佳明

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 私は、膜翅目昆虫(用語解説1)−特にアリ類−の系統分類を研究しています。そこで今回は、系統分類学とはどんなことを研究するのかを、簡単に紹介してみたいと思います。
 地球上には、多種多様な形態や生態をもった生物が生息しています。分類学は、この生物世界にみられる多様性を、私たちが認識できるように整理・体系化して記述する研究分野であるといえるでしょう。特に生物の進化のパターンを研究し、できるだけそのパターンを反映した体系を作ることを目的としているのが系統分類学です。生物界にみられる多様性は、ちょうど樹木が幹を伸ばし枝を分けて広がるように、生物がその共通の祖先から多種多様な生物群へと枝分かれしていった結果生じたものです。進化の枝分かれのパターンを直接反映した分類体系は、私たちが生物界の多様性とその成立の歴史をよりよく認識できる点で優れているといえます。では、そのような体系を作るために実際どのような方法を用いるのでしょうか。その方法は、研究者によって少しずつ異なっていますが、よく用いられるのは次のようなものです。まず、研究しようとする生物間で、形態的特徴や行動的特徴など、さまざまな特徴を比較し、類似点を調べ上げます。そして、最も類似点の多いもの同士を探し出して一つの群としてまとめ、次にそれと最も類似点の多いものを探し出して、それらをさらに一つの群としてまとめる作業を繰り返していきます。他人同士より、同じ親から生まれた兄弟姉妹同士が似ているように、類似点の多い生物同士は、類似点の少ないもの同士より、近い過去に共通の祖先から枝分かれしたと考えられます。最も似ているもの同士を結んでいく作業を繰り返していけば、生物進化の枝分かれの図式が描けることになるはずです(図参照)。この図式をできるだけ反映するように、生物群を整理し体系化していけばよいのです。ただ、どんな生物でも、遠い祖先がもっていた特徴を変化させずに保持していることがあります。このような特徴を共有していることは、生物同士の関係の近さを示す証拠とはならないので、類似点を区別しておく必要があります(用語解説2)。
 いま、私たちは自然環境を変え、多くの生物を滅亡へと追い込んでいます。ある地域の生物相は、その他で何百万年もかけて進化してきた産物であり、言語や文化の特殊性同様、その地域のかけがえのない資産であるといえます。私たちが生物学的多様性を正しく把握し、その真の価値に気づいたとき、人と自然の共生を可能にする新しい豊かな人間精神が生まれてくるに違いありません。分類学は、そうした人間精神を育むのに必要な知識を提供できる研究分野であるといえるでしょう。

『図の説明』
 生物間(ABCD)で特徴(□○△)を調べ上げ、最も類似点の多いもの同士を結んでいくと、生物進化の枝分かれの図式(分岐図)が描けます。

用語解説
1「膜翅目」・・花バチや狩りバチなどを含む昆虫の一群。地球上の動物種の4分の3は昆虫類であるとされるが、膜翅目は25万種を越える種がいると推定され、昆虫の主要な構成群の一つである。アリ類は、空を飛んでいたハチの仲間から進化してきたとは思えない姿をしているが、れっきとした膜翅目の一員である。

2「系統分類学・分岐法」・・分岐法は、生物の進化のパターンを探る方法として系統分類学でよく用いられるものの一つである。この方法では、生物がもつ特徴を、遠い祖先の特徴を変化させずに保持しているもの(祖先形質)と、新たに変化したもの(派生形質)に区別し、派生形質のみが生物の関係を決める上での証拠となると考える。たとえば、ヒトとカエルの指が5本であるのに対し、ウマの指が1本であることは、ヒトがウマよりもカエルに近縁であることを示す証拠とはならない。この5本指という特徴は、全ての陸生脊椎動物の共通の祖先に由来する祖先形質なのである。これに対して体毛という特徴はヒトがカエルよりもウマに近縁であることを正しく示す派生形質である。本文で紹介したのはこの方法である。

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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/20