ユニバーサル・ミュージアムをめざして17

 

「女性の働き方」に寄せられたご意見

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

 

 

 前回ブログに書いた「女性の働き方と『モモ』に出てきた時間泥棒」には思ってもみない反響がありました。内容に「ひとはくブログ」の文章とは違ったところがあったからでしょうか? それとも、自然系の博物館が主催するブログには珍しく、(身近な問題であり、そこに何か矛盾は感じているが、多くの事実がこんがらがっていて、その解決の方法まではよくわからない)「女性の働き方」という人間社会の問題がテーマだったからでしょうか?

 

 いただいた反響には、わたしの言い足りない点を補足して下さるものから、わたしには気が付かなかった視点から問題を指摘して下さるものまで、さまざまなご意見がありました。いただいたご意見の内、代表的なものを紹介します。

 

 まず前回のブログを簡単に振り返ってみます。

 

 ひとはくブログ「女性の働き方と『モモ』に出てきた時間泥棒」では、日本社会が尊(たっと)ぶ働き方は、健康な男性にだけ向いた働き方だという話を紹介しています。IMFthe International Monetary Fund:国際通貨基金)の専務理事、クリスティーヌ・ラガルドChristine Lagardeさんと経済団体代表幹事の長谷川閑史(はせがわ やすちか)さんの出演したテレビ番組で主張していた意見です。

 

 番組によれば、女性が出産や子育てという重要なライフ・ステージを送ると、それ以後は働き手としての価値は認められなくなり、同じ仕事をこなしていても、同一の賃金は支払われなくなります。

 

 一方、男性の多くは同じペースで働き続けますが、職場と家庭を比べれば職場の比重が高くなり、そのために信じられないほどの長時間、働く事を強いられたり、人間関係や仕事のストレスで消耗してしまう人が多いのです。

 

 可能な代案はオランダ社会の働き方です。オランダでは、パートタイムの女性管理職が多く働いているのです。管理職は仕事の経験を積んでなるものですが、女性には出産や子育てがあります。仕事の経験を積んでいるからといって、本質的に「出産」や「子育て」は避けるべきものではありません。しかし、その女性には、働き手としても豊富な経験があるのです。この家庭と会社の価値観が両立するように、「パートタイムの管理職」という働き方が生まれたのです。

 

 「パートタイムの管理職」は、女性だけに限った事ではありません。「家庭と会社の価値観の両立」が主な目的なのですから、男性も職場に居続けるわけではありません。子育ての責任は両親が共に持ちます。そのため、女性と同じ意味で「パートタイムの男性管理職」も多くいるそうです。オランダのご夫婦は子育てをしながら、ふたり合わせると、ひとりの時の1.5倍の収入があるという事です。このようなご夫婦は「ダブル・インカム・ウイズ・キッズ(収入はふたりともあり、子どももいる)」と呼ばれます。

 

 わたしがこの番組に引かれたのは、「家庭と会社の価値観の両立」が、ユニバーサルな事に思えたからでした。福祉にありがちな「『働けない人』は『働ける人』のお金に頼る」という考え方ではなく、その人なりの働き方を工夫することで、それぞれ、有能さを目に見える形にする。収入も、当たり前の金額が保障される。言うなら、「オール・インカム・ウイズ・キッズ(みんな収入があり、子どももいる)」です。

 

☆   ☆

 

 ある女性はこんなご意見を寄せて下さいました。子どもを育てた獣医さんです。

 

「女性の働き方」については、仕事を持つ女性みんなが、ずっと立ち向かってきた問題だと思います。男性中心の考え方は根強く、絶望的に思えることもあります。私たちの学生時代、大学の先生が平気で、「子供が泣いているそばで、女に手術ができるか!」と言っていました。「夫が(子供を)見てくれたら、するけどな」と思ったけど、よけい(その先生に)怒鳴られそうなので黙っていました。

 

獣医学生の半数以上が女性になった今でも、出産・育児をどう乗り越えるかは、彼女たちの大問題だという記事を、最近読みました――暴言を吐いていた先生は今、女子学生たちにどんなことを言っているのでしょうね。男性はもちろん、理解ある年配女性から、時として、夫をたてるようにと矛盾することを言われたり、そういう自分たちでさえ、専門の職種や上位のポストの人は、無意識のうちの男性と決めつけたりして、愕然とすることもあります。ユニバーサルな考え方をすれば、解決できることがたくさんあると思います。

 

私は幸い、夫の協力と保育所・学童保育のおかげで仕事を続けてくることができましたが、保育所の頃の大変だった思いは、今でもまざまざとよみがえります。でも、この経験と、ここでめぐり会った先生や友達が、私たち家族の財産だと思っています。働く女性にとって保育所や学童保育の整備は必須――話はそれますが、目的や考え方の違うふたつを一緒にする幼保一体化には、不安をおぼえます。

 

夫も子供のために休みをとると、上司から嫌みを言われることがありました。そんな夫の世代も、今では共働きで子育てをする後輩たちのフォーローができる年になりました。そして、<働く母が育てた息子たち>の考え方は、変わってきているはずです。女性が普通に働ける社会に、少しずつ変わっていくと思います。

 

ただ、人一倍やらないと「女はダメだ」と言われた世代から見ると、若い人たちの中には、女性の立場が強くなって発言はするけれど、責任を負うべきところでは都合よく「女性だから」と一歩ひいてしまうこともあるように感じます。女性も甘えてはいけません。また、最近では専業主婦の方が、肩身の狭い思いをすることもあるとか。これは逆にユニバーサルではありませんね。

 

 こちらは男性です。

 

私は、保育所の送り迎えから、日々の晩飯や風呂を一手にさせていただいたおかげで、娘や息子とは、ずう〜っと仲良しです。

 

夫婦としては、当たり前のことを当たり前にするだけなのでしょうが、やや甘い考えの女性も居ることは事実です。一部の本当に頑張っている人たちをサポートするためのものと、ニセモノをどうふるい分けるか。システムには必ず大きな隙間が生じるものです。

 

☆   ☆

 

 ある男性は次のようなお手紙を寄せて下さいました。

 

私が定年まで勤めた会社に入社したのは、大阪万博の年でした。私が勤めている間に、女子社員の働き方はずいぶん変わりました。勤め出した頃は、1人を除いて、女子社員は若い人ばかりでした。結婚すると、退職してゆくのが普通でした。社員は、倉庫番の年配の男子社員を除いて、全て正社員でした。パートは、一人も居ませんでした。

 

その内、女性のパート社員がぼちぼち入社し出しました。パートは、全て結婚している方でした。パートと正社員の給与には、相当の差があったようです。2〜3年すると、時給の高い仕事に転職して行かれます。中には、パートから正社員に変わられた方が3人だけ居ました。3人共、仕事のよくできる方々でした。

 

その後、工場だけがパートの女性を雇い続けましたが、事務職ではパートは派遣社員に変わっていきました。派遣の方は、派遣会社の正社員です。相当に能力の高い方も来られました。事務機器の事についてよく知っておりまして、私も時々教えていただきました。私が退職する頃には、結婚しても女子社員が退職するという事が少なくなっておりました。

 

女性が、結婚し、出産後も働き続けるには保育所と学童保育が必要です。我が家でも保育所と学童保育にお世話になりました。子供が小学校低学年の時までは母と同居しておりましたので、母にも助けてもらっています。

 

妻は看護師で、3交替勤務をしておりました。保育所に行っている子供に変調があれば、保育所から電話があります。妻は仕事上 融通が効きませんので、それに対応するのは、たいてい私がやりました。保護者会や小学校の参観日やPTAにも、主に私が参加しております。保育所では、保護者会の折、男の参加も多かったのですが、PTAでは、クラスで男は私一人の事が殆どでした。

 

パートは、正社員と給与が全く違います。会社や店がパートを雇うのは、賃金を安くできるからです。オランダのように、パートと正社員が同一賃金になれば、女性も男性も子育てしやすい社会に変わるでしょうが、前にも書いたのですが、日本では法律で強制しないと、オランダ型にはなり難いと思います。

 

 ご自身が看護師として働いていた女性は、出産と子育てで仕事にブランクができてしまいました。今はパートで、やはり看護師をしていらっしゃいます。正職員の時に思った事をお書き下さいました。

 

 人手不足の看護師の世界では、時に「妊娠する」とか「病気になる」事が罪悪であったことがあります。人手が足らないのに「(うっかり)妊娠してしまう」とか「(うっかり)病気になる」と見られてしまうからです。子育てに時間を取られて、休みたいと言ったら、「誰か見てくれる人はいないの?」と、看護師長に言われた人がいました。「誰も見てくれる人がいないから、休みたいと言っているのに」と、側でそのやりとりを見て、思っていました。

 

 看護師は夜勤があるため、子どもが6歳ぐらいになると(電子)レンジの使い方を教えます。火を使うのは危険ですが、レンジは火を使わないので安心なのです。レンジが使えたら、牛乳を温める事も、シチューを温める事もできます。そのために、早くからレンジの使い方を教えたものでした。

 

 朝食からトンカツやシチューなど、子どもが喜びそうなメニューを作ったものでした。こうしておけば、朝食とお昼の給食で栄養が摂れます。夜勤で家にいない時でも、夜はインスタント・ラーメンをすすっていてもよいのです。

 

 しかし、このような働き方を強要していると、ストレスが溜まってきます。疲れてくると、つい、いらいらしてしまいます。それで皆、途中で退職してしまうのです。

 

 今は、また別種のストレスが(看護師に)加わり、自分たちよりももっと立場の弱い高齢の患者さんに向かってしまうのです。そのため、故意に過剰な薬剤を点滴して病人を死亡させたり、認知症の人の爪をはがしたりしてしまうような事件もありました。

 

☆   ☆

 

 ある男性は、現在の日本の政治について、次のようなご意見を寄せて下さいました。

 

 女性の社会進出や男女の労働平準化に関してもそうですが、その目的そのものは何ら問題はないのであって、それならどう実現するのかと言った各論に入ると現実的に大きな壁が立ち塞(ふさ)がります。やはり「どうやって生活を成り立たせるのか?」つまり生活資金の問題ですね。北欧やフランス、デンマーク、オランダでは労働の平準化政策がとられていますが、この国に共通しているのは全て消費税が25パーセント前後からそれ以上になっているということです。

 

 翻(ひるがえ)って日本では8パーセントで民主党の支持が激落する状態です。私は消費税のアップには大賛成ですし、もっと上げるべきだと思っています。その税金をどのような国作りに使っていくのか、やはり、子供やその現役の家族が安心して生活できる生活環境整備・教育や産業に投資すべきだと思っています。

 

 またある女性からは、「女性の働き方」の社会的矛盾が、現在の少子化を招いてしまったというご意見をいただきました。

 

日本社会は「男女機会均等法」を作っただけで、その本質を改めていないと思う日々でした。

もともと男の働き方が異常な社会なのに、それを変えようとせずに「男女機会均等法」を導入して、女にも異常な働き方を求めることには無理があるのです。

健全な次世代を産み育てる作業を女性の犠牲のもとに担わせる、そんな社会が日本の男性社会だと思っていました。

 

私が大学生になった頃、「女子学生亡国論」が流行っていました。

女子に高学歴を与えても社会に貢献しないというのです。

 

社会に貢献しようにも、貢献できないように追い込んでいるのは誰だ!

それなら、女は次世代を産み育てることを放棄すればいいのだ!

 

「産んでやらない!」

 

何年か経って、遅きに失した時、社会が気づくだろう。「次世代がいない!」と。

 

ほら見なさい、今の少子化を。

 

☆   ☆

 

 ある新聞社の記者として南アフリカの特派員をした白戸圭一さんは、立命館大学の大学院でアフリカ政治を研究した本格派です。その白戸さんが『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書 900という本で、「アフリカでは自殺をほとんど見かけないのに、日本の社会では、子どものいじめも含めて、異常に自殺が多い」という意味の事を述べておられます。

 

 アフリカのバンツーの社会には、ちょうど日本や韓国、中国の「講(こう)」にあたる相互扶助システムが今でも生きています。誰かひとりが困っていたら、親族や地域社会で助け合うのです。それが今でも生きているから、アフリカには自殺が少ないのだそうです。

 

 そして日本社会の自殺率は、たとえば現在でも紛争の絶えないソマリアの、戦闘による民間人死亡率よりも高いのです。(1)ある地域の自殺率と紛争地域の民間人死亡率を比較するのはナンセンスです。意味がありません。しかし、この事実を、わたしは衝撃的だと思いました。わたしたち自身がアフリカか日本か、どちらかに住むとしたら、一見平和な社会にかかるストレスが、戦闘の混乱の中で生活する市民にかかるストレスよりも大きいのかもしれない。

 

 それほどわたしたちは、ストレスの大きな社会に住んでいるという事です。

 

 ユニバーサルな生活は、単に「助け合い」というニュアンスでは語るべきでないのかもしれません。

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(1) 『日本人のためのアフリカ入門』の中の「アフリカの『毒』」の内、211ページから215ページにあります。

 

 なお、本文中のご意見やお手紙は、わたしの判断で、文意を変えないように注意しながら、わかりやすく書きかえたところがあります。この他にもさまざまな意見がありました。ご意見やお手紙をお寄せ下さったみなさん、どうもありがとうございました。

 

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

兵庫県立大学 自然・環境科学研究所

/人と自然の博物館

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