ユニバーサル・ミュージアムをめざして13

 

いろいろな子どもと野外活動をする準備

学校の先生といっしょに考えてみた−2

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

 

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『コミュニケーション支援用絵記号デザイン原則(JIS T0103)』


 

 マヒと色覚以外のことで、特にお伝えしておきたいのがディスレクシアの問題です。発達障がいの中でも、特にディスレクシアのことを考えてみましょう。

 

 自閉症スペクトラム障がいの子どもに対しては、絵や写真を入れると、とたんに理解しやすくなるそうです。絵や写真が理解を助けると言い換えてもいいでしょう。自閉症の動物行動学者、テンプル・グランディンさんは、文章ではなく、図でものを考えるのだそうです。

 

 グランディンさんはご自分のことを自閉症だといっていますが、神山 忠(こうやま・ただし)さんはディスレクシアです。ディスレクシアは「難読症」とか「読字障がい」とも言われていて、日本語や中国語では漢字が読めなかったり、書けなかったりすることがよくあります。偏(へん)と旁(つくり)も、どちらがどちらだったかわからなくなりますし、「ウ冠(う・がんむり)」や「草冠(くさ・がんむり)」といった冠(かんむり)とルビがごっちゃになって、何を書いてあるのかがわからなくなるそうです。

 

 ディスレクシアの人は、つい鏡文字を書いてしまいます。ある有名な俳優はサインをねだられて、急に書かないといけない時には、Cは「⊂」だったか「⊃」だったかがわからなくなるそうです。そういえばわたしも、CやSがどちら向きだったかわからなくなった記憶があります(左右どちら向きであったかは、今は、こっそり筆記体(ひっき・たい)で書いてみることで、まちがえなくてすむようになりました)。

 

 ディスレクシアを知的障がいだと思っている方がよくいますが、基本的には、まったく違うものです。鏡文字の例でおわかりのように、生まれつき左右の認識があいまいなのです。

 

☆   ☆

 

 ディスレクシアのような現象がなぜ起こるのか、わたしには わかりません。でも、わたしは、左脳と右脳のつながりに秘密があるのだと思っています。

 

 ヒトではことばを話すことやコミュニケーションが、とても重要な日常の行動――重要すぎて普段の生活では、自分が言葉を話す動物だと言うことを忘れるぐらい――になっています。そして、ことばを理解し、構成し、話す中枢(ちゅうすう)は、たいていの人が左脳にあるのです――右脳にある人も、少数ですがいらっしゃいます。ところがチンパンジーやゴリラは〈ことば〉の中枢がないのです。ですから左と右を気にすることもありません。「ヒトのように、右利きが多い」ということもないのです。杉山幸丸さんという京都大学霊長類研究所の先生が、野生のチンパンジーでは左右どちらの腕で食べ物を採ることが多いかを調べてみたことがあります。その結果は、左右の比率は半はんだったそうです。〈ことば〉の中枢がないヒト以外の動物には、右利きや左利きはないのです。

 

 自閉症のグランディンさんは絵や図でものを考えるそうです。右脳は絵や図を使って何かを考える時によく働きますが、ディスレクシアの人も、絵や図は得意だと思います。少なくともわたしの知っているディスレクシアの人は、皆、絵や図が得意です。実は、漢字の学習障がい者(LD)であるわたしも、そうなのです。わたしの場合、鏡文字を書いてしまうというクセは左脳と右脳のつながりが弱いからなのか、右脳の働きが強すぎて、その分、左脳の働きが弱くなっているのかは、今でもわかりません。でも、絵は得意でした。細かいところまで、性格に描(か)けるので、霊長類学のフィールド・ワークでは重宝しました。

 


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 トゲの生えた豆をサルが食べた.わたしがカメルーンで描いたスケッチです.


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クズウコン科のヒプソロデルフィスの果実.これも,わたしのスケッチです.


 

 そして、この事はわかります。鏡文字を書いてしまうディスレクシアの人は、もともと左側・右側の認識が苦手なのですから、左右差を問いかけるような問題を出すのは慎重にした方がいいのです。野外活動では、東西南北と地形の関係が混乱しがちなのですから、それを問うような課題は避ける方がいいと思います。ましてや、わからないからといって罰(ばつ)を与えても、「気を付けていれば、わかる」というわけではないのですから、「苦手な人もいる」といった認識で野外に出る方が、ずっといいと思うのです。

 

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『子ども自然教室 第2版』【注1】の「植物標本を作ろう」

 

 ディスレクシアの人にとっては、文章が縦書きか横書きかというのが大きな問題だと、神山(こうやま)さんが指摘していました【注2】。わたしは、失語症でコミュニケーション障がいになったディスレクシアではなかった人が、まったく同じことを言っていたのを思い出しました。不思議な気がしたのです。ディスレクシアと失語症という、まったく別のコミュニケーション障がい者が同じことを言っている。ひょっとすると、何かつながりがあるのかもしれません。

 

 神山(こうやま)さんは、ディスレクシアの人にとって、一番わかりやすいのは、横書きで分かち書きがしてある時だと言います。たとえば、

 

「たいことばちをもってきて」

 

と伝える時は、

 

「たいこ と ばち を もって きて」

 

と分けて書く方が理解しやすいし、

 

「きょうはてんきがいいので

 そとでたいいくをします。」

 

と書いたのでは、わからないことがあるが、

 

「きょうは/てんきが/いいので/

 そとで/たいいくを/します。」

 

と書くと、とても理解しやすいということです。「たいことばちをもってきて」と続けて書くと、ディスレクシアの子ども(つまり、かつての神山(こうやま)さんご自身)は「鯛・言葉・血を・持ってきて」かなと誤解したというのです。


☆   ☆


 実は、元来の日本語の文章の書き方である縦書きよりも、英語のような横書きの方が理解しやすいということや、分かち書きで書いたり、「/」で切ったりするとわかりやすいというのは、多くの失語症者が同じことを言っています。ただ、失語症の人は、まれな例外を除いて病気やケガで脳の一部が傷ついて〈ことば〉が出なくなった人が多いので、もともと漢字は知っていたはずです。ですから、分かち書きで書いたり、「/」で切ったりする代わりに、漢字を適度に混ぜれば、わかりやすい文章になるのです。

 

 神山(こうやま)さんは、文章は、横書きで分かち書きや「/」で切ってある上に、ひらがな、カタカナ、漢字が混じった文章が一番わかりやすいと言っています。

 

 比較的、高齢者の多い失語症の人に比べて、ディスレクシアの人は、(もちろん高齢者もいますが)年齢に関係なく社会にはいるものです。子どもであれば、各クラスにいるのが普通です。ディスレクシアの人を「障がい者」「障がい児」と捉(とら)えて、文章がよくわからないままにがまんさせるのではなく、文章の伝え方や書き方を工夫してあげれば、多くの人と共通した理解ができるのですから、学校も楽しくすごせそうです。要はコツをつかむことだと思います。コツをつかむのは、ディスレクシアの子どもは自分のことなのですから、当然なのですが、学校の先生や野外活動のリーダーといったおとなも自分のこととして、ディスレクシアの人の読みにくさを実感してもらえれば、状況は、ずいぶん変わると思います。

 

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【注1】 『子ども自然教室』は,全文が人と自然の博物館ホームページからダウンロードできます.『子ども自然教室』は,特に障がい児といっしょに野外活動をすることを意図したものではありませんが,その中の,1.「植物標本を作ろう」,2.「セミのぬけがらで環境を調べよう」,3.「ネイチャーテーリング入門」などはそのまま使えそうです.

 

【注2】 岐阜県立関 特別支援学校教諭の神山 忠(こうやま ただし)さんが出ていたのは、「ディスレクシアとマルチメディアDAISY −当事者そして教育者の立場から」(障害保健福祉研究情報システム HP

 

ですが、同じ講演を動画でしているものもありました。動画では、神山(こうやま)さんの話すようすと音声が聞こえ、それがDAISYになって見えます。河村 宏さんというDAISYの開発に深く関わってこられた方の講演で、DAISYはディスレクシアの人ばかりでなく、高機能自閉症者,パーキンソン病などの病気や薬の副作用のある人,ADHDなどで集中して出版物を読むことが困難な人,さらには幻覚や幻聴があって混乱しやすい人,本を持って読むことが難しい紙アレルギーや麻痺のある人,手話を第一言語とする人,聴覚トレーニングを必要とする難聴者を助ける技術であると言っています。

 

神山忠さんの講演は動画でも 見ることができます2011年調布デイジー講演会)



兵庫県立大学 自然・環境科学研究所/

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三谷 雅純(みたにまさずみ)

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