岩槻邦男のコラム6

2009年6月30日

 ひとはくの活動の中で、さまざまな階層向けに、多様なセミナーを開設していることはもっとも分かりやすい事業の一つです。セミナーの内容紹介のためには、「ひとはく手帖」が毎年刊行されています。この印刷物は、経費節減のあおりを受けて今年から印刷できなくなってしまいそうでしたが、事業部の努力で、資金援助をしてくださる応援団を組織し、09年も無事刊行できました。これも、資金がなかったらできない、などと引っ込んでしまうことのないひとはくの現状を示す具体例です。

 ひとはくのセミナーにはいろいろの形状のものがあります。わたし自身についていいますと、08年以前は、誘われるままに年に1、2度関係したくらいでした。08年になって,もっと積極的に参画と恊働の姿勢を見せようということで、月1回のペースで、「博物館で生物多様性を考える」という10回シリーズを設定しました。生物多様性条約加盟国会議のCOP10が来年名古屋で開かれるというのに、生物多様性についての正確な理解が広がらないことに問題意識をもっていたからでした。このセミナーは無事完結しましたが、講師もレポートを書くのが責任だという日頃の持論にもとづいて、セミナーで話したことを軸に出版物の準備をしました。研成社の「のぎへんの本」のシリーズに加えてもらうことにし、先日から校正刷りのチェックをしています。間もなく刊行されるはずで、さまざまな批判が届くのを期待しています。

 生物多様性という課題はわたしの仕事の中核にあるものですから、10回シリーズも余裕で語ることができました。しかし、このセミナーで話したことを起点にして、「人と自然の共生」という概念を実践してきた日本人のコンセプトを歴史的な展開に合わせて考察してみたいという、怖いもの知らずの妄想に取り付かれました。関連の話題について、昨年の『人と自然』に欧文の総説を掲載してもらいましたが、この課題をさらに詰めてみたいと考えたからでもあります。そこで、今年は、「日本列島の歴史——人と自然の共生とその危機」という表題で、全7回のシリーズを計画し、すでに2回はセミナーを終えました。

 わたしにとって、これまで学習の行き届いていない分野に言及する必要がある課題ですから、これまで経験してこなかった領域の文献にも当たる必要があり、緊張しています。しかし、学習を進めると新たな知識を獲得し、考えている問題点が解きほぐされたり、ますます混沌としてきたりし、まなびの楽しさを実感することです。学習が期待通り展開していけば、7回のシリーズを美しく閉じることができると期待でき,来年の今頃はまたまたレポートの校正ができていればいいがと,問題の大きさをまだ十分に理解しないままに、楽しみにしているところです。

 このような課題に取り組みたいと思うようになったのも、積極的にセミナーに取り組んでいるひとはく館員の熱気に押されているせいかと考えています。平均年齢が上がっているとはいえ、ひとはく館員の多くが、セミナーの形式にも多様さをもち込み、どのような話題をどんなかたちで演じることによって仲間の輪を拡大していけるかを真剣に考え、実践していくのを見ていますと、「老」館長ものんびりしてはいられないというのが現実なのでしょう。まなぶ歓びを通じて、科学的志向にもとづいた健全な自然観、世界観が育ってくることを期待するというのなら、まず自分がまなびをどのように展開するか、実践する必要があります。ひとはくという機関は、まなびに向かっての真剣な取り組みに向けて、間もなく後期高齢者と呼ばれるようになるわたしまで誘導してしまいます。生きていてよかったと、いつでもいえるような意識の向上を、今日もまた展開したいものです。ひとはくを覗いてみることで、そうする仲間の輪が広がることを期待します。

 

 

岩槻邦男(人と自然の博物館 館長)

 

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