ユニバーサル・ミュージアムをめざして50

憂うつな数学者-1

                              三谷 雅純(みたに まさずみ)

751px-John_f_nash_20061102_2.jpgのサムネイル画像                              数学者 ジョン・ナッシュ(2006年、ドイツでの数学のシンポジウムで。Wikipedia より)


 ネイチャー (Nature) という雑誌があります。最新の論文やニュースを載せた科学誌で、たまたま流行の最先端にいる科学者は、この雑誌に何とか論文が載らないものかと四苦八苦するそうです。

 そのネイチャーです。Eメール・アドレスを知らせておけば、毎週、自動的に新しい情報を送ってくれるサービスがあって(無料です)、同じような科学誌サイエンス (Science) といっしょに、わたしはネイチャーに情報を送ってくれるように頼んでいるのです。そのネイチャーに面白い記事がありました。2014年1月16日号の「今週の注目記事」に、「自閉症と統合失調症に見られる遺伝的変異」という論文があったのです。その論文の解説によると、自閉症と統合失調症には共通した遺伝的な変異、つまり多くの人との違いが見つかるのだそうです。

 自閉症は発達障がいの一種です。一方の統合失調症とは、遺伝と環境が深くかかわった精神疾患です。およそ100人にひとりの割合で罹(かか)るそうです。この2種類の症状には、遺伝子のレベルで共通性があるというのです。

 「やっぱり」と言うか、何と言うか。この2種類の精神疾患当事者には症状に共通するものが結構あるし、ご本人が発達障がいだった人の親族には、統合失調症の人がよくいると耳にします。発達障がいでは必ず引き合いに出されるアルバート・アインシュタインにも、統合失調症の息子さんがいたということです。

 ヒトに限らず生物の遺伝の大半は、ある遺伝子があるかないかと言った単純なものではありません。自閉症や統合失調症も例外ではありません。複数の遺伝子が関わっています(医学の世界では、それを「多因子遺伝(たいんし・いでん)」と呼んでいます)。ネイチャーの記事は、「関わりのあるたくさんの遺伝子の一つに共通の変異があり、たまたま症状が出ていない人でも、脳の構造には、症状が出ている人と同じような変化が見られる」というものでした。ところが、これに輪をかけて、さらに驚くような発見が報告されていました。インターネットで調べてみると、2013年のランセット (The Lancet) という雑誌には、自閉症と統合失調症だけでなく、ADHDや双極性障害(そううつ症)、大うつ症の五大精神疾患と呼ばれるもの全てに、共通の遺伝子が影響しているというのです。

 誤解のないように、もう一度繰り返しておきますが、このような「精神疾患」と言われる症状が出るのは、いくつもの遺伝子から同時に影響を受けた時だけです。その遺伝子は、元来、全ての人が持っているものです。その程度が大きく、しかもある環境がそろったから症状が出た。何も「特別な人」だけが持っている遺伝子ではありません。「ある環境」とは、「強い精神的なストレスがかかった時」とでも言えばいいのでしょうか。どんな時に「強い精神的なストレス」がかかるのかと言うと、具体的には「愛する人の死」とか、戦場で「殺されかけた」、あるいは戦場で「人を殺した」体験などのことです。

 自閉症と同じく統合失調症にも、症状には軽い/重いがあるそうです。つまり、多数者と変わらない人――ストレスがなく、症状の出ていない人は、そう言えるのかもしれません――から、重い統合失調症の人まで、症状は人によって連続的に変化するそうです。自閉症スペクトラム同様、統合失調症にもスペクトラムが存在するのです。

 重い統合失調症の人はその疾患に苦しみますが、軽い統合失調症の人――「統合失調型人格障がい者」と呼んでいます――は、見るからに変わった人です。変わった人ですが、しかし、しきたりに捕らわれずに、飛んでもないことがひらめいたり、高い創造性を示したりすることがあるそうです。つまり、<天才>なのです。

 トーマス・アームストロングさんの『脳の個性を才能にかえる』によれば、この<天才>は、アウトサイダー・アートの美的感覚に共通するものだそうです。アウトサイダー・アートというのは、通常の芸術文化ではなく、「外にいる人びと」が創る芸術です。そしてその作品には、独自の芸術的価値があるそうです。そのよい例がヘンリー・ダーガーです。ダーガーはアメリカのシカゴで清掃員の仕事をしていました。そして、ダーガーが死んだ後、アパートには、誰に見せるでもなく創作した絵画と文章の山が発見されました。自分のためだけに描き、また書き上げたのです。その大部(たいぶ)の原稿は、『非現実の王国と呼ばれている国で、子ども奴隷の反乱によって発生したグランデコ・アンジェリニア戦争のヴィヴィアンの少女たちの物語』というシュールな題が付けられていました。世界の善と悪の戦いを描いた戦争ファンタジーで、多数の挿絵(さしえ)もあったそうです(『脳の個性を才能にかえる』の「第8章 べつのキーで考える――統合失調症」,214ページ)。

 人間の歴史では、統合失調症の人を「神懸(かみが-)かりの人」とか「聖なる愚者(ぐしゃ)」と呼んで、かつては、通常の人とは異なる特別な存在として尊重したようです。シャーマンには統合失調症の人がよくいたのでしょう。カメルーンのカラマルエというサハラ砂漠に近い街で出会った男性のことです。わたしが見かけたその男性は、素っ裸で市場の太陽の下に寝そべり、陰を求めるわけでもなく、一日を寝たり起きたり、フラフラと歩き回ったりして過ごしていました。何も着ていないにもかかわらず理知的で、目の奥底には静かな精神性や分別といったものの存在が感じ取れました。市場に買い物に来た男女や市場の商人は決してその男性を追わず、その男性もまた、人びとの邪魔にならないように振る舞っているようでした。わたしはその男性の言葉を、直接、聞いたわけではありません。しかし、今から思えば、その男性は統合失調症だったような気がします。フランスの哲学者ミッシェル・フーコーの『狂気の歴史』によれば、(十八世紀より前には狂気が深刻には受け止められず)「当事、狂人は容易に放浪しうる生活を営んでいた。都市は狂人を市域の外に放逐しがちだったし、ある種の商人や巡礼に預けられなかった場合、彼らは人里離れた野を自由にさまようことができた」そうです(『脳の個性を才能にかえる』,217ページ)。

 人は<天才>をうらやみます。自分にはできないことを、苦もなくやってしまうからです。しかし、<天才>には<天才>なりの苦悩があります。アメリカ人の数学者、ジョン・ナッシュ (John Nash) は、ゲーム理論で有名です。1994年にはノーベル賞を受けました。そしてナッシュは、たとえ恋人であったとしても、自分以外の人に自分とは異なる精神が存在し、それを尊重するべきだと認識できない精神発達の遅れがありました。

 次に書くのは、シルヴィア・ナサーという人が書いたジョン・ナッシュの伝記『ビューティフル・マインド:天才数学者の絶望と奇跡』の読後感です。(次につづく)

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

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