ユニバーサル・ミュージアムをめざして48

人びとを迎えるために-2

三谷 雅純(みたに まさずみ)

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八木 剛さん撮影

 平成26(2014)年2月4日に、人と自然の博物館で「障がい者を迎えるための接遇研修」を行いました。神奈川県立 生命の星・地球博物館の田口公則(たぐち きみのり)さんが「視覚障がい者への接遇」を、わたしが「コミュニケーション障がい者への接遇」を説明しました。今回書くのは、「コミュニケーション障がい者への接遇」のようすです。この話題はわたしの総説を基に構成しています (1)

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 コミュニケーション障がい者とは誰のことでしょう? このことを理解するには、人の一生を思い出してみるのが近道です。人間の一生は胎児とか赤ん坊から始まります。胎児にせよ赤ん坊にせよ、<ことば>は喋れません。言ってみれば、胎児や赤ん坊は「コミュニケーション障がい者(のような存在)」です。

 普通に<ことば>と聞いて思い浮かべるのは音声言語(=発話言語:はつわ・げんご)でしょう。音声言語をうまく使いこなすには喉(のど)の器用さが必要です。自由に音を作り、音を発する。音がなければ発話(はつわ)は産まれません。しかし、喉(のど)の器用さよりも もっと大切なのは象徴性(しょうちょう・せい)です。象徴性(しょうちょう・せい)は、人だけの特徴です。

 「象徴性」とは何でしょうか? 例をあげて説明しましょう。子どもが「車だよ」と言って積み木を手に遊んでいたら、それは積み木を象徴的に「車」と見なしているのです。なぜなら、積み木は木材の切れ端であって車ではないのだし、しかも遊んでいる子どもは積み木と車とは別物だと知っているはずだからです。別物だと知っていて、あえて積み木を「車」に見立てて遊んでいるのです。

 同じように、子どもが座布団を赤ん坊のように負ぶって「あやす」時もそうです。座布団をくるくる巻いて、ちょうど赤ん坊ぐらいの大きさにして背負います。「赤ん坊」を象徴的に表すものとして、座布団を丸めて遊ぶのです。ママゴト(飯事)遊びも、まったく同じです。子どもが集まって雑草の葉を千切(ちぎ)り、ドングリを並べて「食事」を作ります。それをまるで本物みたいに「食べる」(まねをする)のです。

 このような象徴性は<ことば>にも必要です。例えば<バ><ナ><ナ>という三つの音を聞いて、どんなイメージを浮かべたでしょうか? 「バナナ」という単語を知った人なら、あの甘くて黄色の、細長い果物(くだもの)をイメージしたことでしょう。しかし、本来<バ><ナ><ナ>という音の連なりに理由があるわけではありません。<ピ><サ><ン>でも、<ム><サ>でもよかったのです。ところが<バ><ナ><ナ>でなければいけなかった。それは、日本語(や英語やフランス語)には<バ><ナ><ナ>という音の連なりに象徴的な意味が込められているからです。だから、その意味につられて、思わず甘いバナナをイメージしてしまったというわけです。

 元来は連なりにすぎなかった音から物事がイメージできる。これが<ことば>の本質です。ヒト以外の、例えばチンパンジーやゴリラが、音の連なりから何かをイメージすることはありません。人の赤ん坊は<ことば>の象徴性を「理解」し、「音の連なり」を意味のあるものとして捉(とら)えます。そして(健聴なら)聞こえた音をまねし、自分で発音してみて、周りの人の発音と比べるのです。これをくり返すことで、いつしか正しい発音の<ことば>を話すようになる。これが母語の獲得です。

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 コミュニケーション障がい者には、この象徴性の獲得が遅かったり、元もと備わっていた象徴性を導く脳の神経回路が、事故や病気の後遺症で壊れてしまった人たちがいます。知的障がい者や発達障がい者は獲得の遅い人たちですし、失語症者の一部は、その能力が二次的に失われてしまったのです。

 忘れっぽくなったり、自分のいる場所や時代が混乱する失敗は高齢者に多いのですが、若くても出てしまう人がいます。このような人は認知症者と呼ばれていて、コミュニケーション行動や<ことば>に問題が出ることがあります。中には<ことば>を話さなくなる人までいるのです。

 もっと別の理由で、音声言語を話す人とコミュニケーションの取りにくい人がいます。最初から伝達するモードの異なる人たちです。ろう者は生まれつき聴覚を使いません。ですから耳に頼る人のように、赤ん坊の時、「周りの人の発音と較べてみる」ことはありません。その代わり視覚言語が発達します。これはサイン言語とも呼ばれています。つまり手話のことです。

 ろう者は音を聞くことがありません。ですから聴覚に頼る人とは話ができません。話ができない状況を避ける方法はふたつあります。ひとつは健聴者も手話で話すこと。もうひとつは書き文字で対応することです。最近は講演会などに手話の同時通訳を付けることが多くなりました。「手話も自然な言語(=日本では日本語)の一種だ」という認識が広がったためです。また講演内容を同時通訳のように文字で書き、OHPやコンピュータで画面上に表す「要約筆記(ようやく・ひっき)」という技術も普及しつつあります――人と自然の博物館の講演会やセミナーでは、未だにどちらも、全く、ありません(わたしが少し試みています)。

 盲人や弱視者のような視覚障がい者は音声言語での会話が可能です。しかし、絵や風景の説明をしてもらっても、盲人の側がそうした説明に慣れていなかったり、説明をする側が盲人に説明をする訓練をしていないと難しいでしょう。また生まれつき盲(もう)だと、感覚のするどい指先が目のような役目を果たすのですが、例えば「色」や「遠くの風景」、「星座」などは指先で触(さわ)れません。この場合、正確に認識することは難しいのかもしれません。もちろん、盲人や弱視者は、講演会でも会議でも、音声言語が十分に伝わります。それでも視覚情報に頼らねばならない印刷した文字(墨字:すみじ)やコンピュータ画面上の絵とかグラフ、ガラスで囲まれた展示品などは指先で触ることができません。タッチスクリーンで入力をする携帯情報端末や携帯電話は、今、大流行(おお・はやり)ですが、全盲の人には何をしているのかがわかりません。視覚だけに頼る情報は、全盲の人にとって「ない」のと同じです。

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八木 剛さん撮影

 このように、一口にコミュニケーション障がいといっても、多種多様な人がいます。多種多様な人なのですから、対処法もさまざまだと、ついつい思ってしまいます。ところが対処法は、意外なほど単純なのです。

 例えば文章は、全盲の人を除けば:

大きくルビを振る。
(ルビには限りませんが)「おおきく るび を ふる」のような分かち書きを活用する。
活字はできるだけ大きく、文章は少なくする。
絵や写真の多用は有効な事が多い。
絵記号やパラパラ・マンガ、折り紙、バード・カービングやデコイ(=木で作った鳥の飾り物)も利用できる。

以上のことに気を付ければ、多くの人とコミュニケーションできます。

 また発話言語で話をする場合には:

話しことばとともに、話しことば以外のジェスチャーや絵、書き文字などの視覚的な手がかりを与えるように工夫する。
ゆっくり、はっきり、くり返して話す。

といったことが大切だとされています。

 コミュニケーション障がい者に何かを伝えたい時、便利なのがマルチメディアDAISY (2) です。マルチメディアDAISYなら絵や写真が使えますし、文字に書いただけでも、機械が声に出して読んでくれます。ですから、全盲の人も使えます――多くの図書館には、テープレコーダー代わりの、絵の出ないDAISYが普及しています。わたしの書いた『ヒトは人のはじまり』もDAISYにして いただき ました (3) 。しかし、テープレコーダー代わりのシンプルなDAISYは、絵や写真が使えないので、ユニバーサルな利用はできないのです。マルチメディアDAISYになって初めて、全盲者も含めた全員が文章を読めるようになります。マルチメディアDAISYの課題はまだまだ多く、現在、研究開発中です。しかし、順次公開されていて、すでに利用可能です。

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 これからの課題について、ふたつ挙げます。

 ひとつは多様な来館者への対応法です。人と自然の博物館ではフロアスタッフと呼んでいますが、来館者に直接対応する博物館員は、「活字はできるだけ大きく、文章は少なく」とか、「ゆっくり、はっきり、くり返して話す」こととかは、十分、訓練を積んでいます。わたしは、子ども向けのオープン・セミナーでチンパンジーが絵を描いたり、釣り棒をシロアリ塚に突っ込むようすをコンピュータ画面で見てもらうのですが、それだけだと、小さな子は飽きてしまいます。それで、フロアスタッフにお願いして、「おんぶザル」や「だっこザル」の折り紙をしていただくのです。その時は、わたしなど真似ができないほど巧みにコミュニケーションを取ります。小さな子は、わたしの話なんかより、フロアスタッフと折り紙目当てで集まって来ているに違いありません。

 しかし、まだ言葉が喋れない赤ん坊や思春期の青年、高齢者ではどうでしょうか? 「孫にせがまれて参加したお祖母さんが、孫といっしょに折り紙をする」といった例はありますが、赤ん坊(があまりに非現実的なら、赤ん坊を連れたお母さんとかお父さん)や青年、高齢者の楽しめるプログラムや教材は、あまり ありません。このような性や年齢、障がいの有無など多様な人びとが楽しめるプログラムや教材は、これから工夫して創り出さなければ、世の中に多くはないのです。

 思春期の青年向けに作られた絵本として、LLブック(=読みやすい図書)の『赤いハイヒール』 (4) を挙げておきます。

ll_book_red_highhiil.JPG 恋愛やキスをする場面など、普通の絵本にはありえませんが、この絵本は幼児向けに作られたのではなく、文字の読みにくい青年のために作られたので、このような場面が入れてあります。このスライドは、マルチメディアDAISYの『赤いハイヒール』を一部改変して作りました。

 

 ふたつ目は、マルチメディアDAISYの録音素材の問題です。DAISYにせよ、マルチメディアDAISYにせよ、今、商品として売られているものは人の肉声を吹き込んで作られたものです。本をDAISYに作り替えるような場合は、訓練を受けたボランティア・アナウンサーの存在が重要です。ボランティアがいなければ、せっかくの本を楽しめない人が、たくさん、いるからです。しかし、図や写真の入った書類や展示解説など、何でもかんでも人間のボランティア・アナウンサーに録音していただくというのは非現実的です。

 そこで、「ぜひ人工音声で」ということになるのですが、人工音声で作った録音をコミュニケーション障がいのある皆さんに聞いていただくと、結構多くの人が「何を言っているのか、わからない」とおっしゃいます。わたしが説明する声はわかるのに、「人工音声はわからない」とおっしゃるのです (5), (6), (7), (8) 。なぜでしょうか? 単にコンピュータで作る音に慣れていないだけかもしれません。人工音声では<ことば>にとって大事な象徴性を導く脳の回路が働かないのかもしれません。あるいは、人工言語には音響学的な問題があるのかも知れません。事実、人工音声というのは、健聴者にそれらしく聞こえる事が優先され、音響構造は肉声とは異なる点が多いのです。コミュニケーション障がい者にも聞こえやすい人工音声が安価にできれば、DAISYだけでなく、介護ロボットや駅とか空港の自動アナウンスの声も、コミュニケーション障がい者にとって格段に聞きやすくなるでしょう。

 生涯学習施設では既存の学問を学ぶだけでなく、性や年齢、障がいの有無に関わらず、皆で協力して創り上げる楽しみがあります。それは、まさにユニバーサルな空間の創造です。

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(1) 「人と自然 Humans and Nature」24: 33-44 (2013). 「生涯学習施設は言葉やコミュニケーションに障がいを持つ人とどう向き合うべきか: 総説」
http://www.hitohaku.jp/blog/2014/02/04.pdf

(2) マルチメディアDAISYの説明がしてある web ページは:
http://www.iccb.jp/mmd/
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/about/index.html

(3) DAISY版『ヒトは人のはじまり』は、新宿区立図書館に作っていただきました。
http://www.city.shinjuku.lg.jp/content/000125745.pdf
 読みたい人がいれば、地元の図書館や各地の点字図書館に頼めば取り寄せてくれるはずです。

(4) 読みやすい図書『赤いハイヒール』
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/multimedia/redhi.html

 

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『赤いハイヒール』は、知的障害のある若い女性の恋のお話で、シンプルに理解しやすい文章で構成されています。また「障害」のある人たちとその親の思いや、自立への強い願いが「赤いハイヒール」によって象徴的に描かれている本です。この本は1994年、スウェーデンの「読みやすい図書基金」から出版されました。「読みやすい図書基金」は、国の補助を受け、普通の本では理解がむずかしい方々を対象に、「わかりやすい・読みやすい」ということを念頭におき、イラストや写真の構成、レイアウト、文字の大きさ、ストーリー構成、語彙など様々な工夫をした本や新聞を出版しています。『赤いハイヒール』は「世界のバリアフリー絵本展(2002年)」で、国際児童図書評議会から、障害のある青少年向けの推薦図書に選ばれました。((財)日本障害者リハビリテーション協会の web ページに載っていた翻訳者からの推薦)

(5) 失語症者に助けてもらうー1
http://hitohaku.jp/blog/2012/06/post_1556/

(6) 失語症者に助けてもらうー2
http://hitohaku.jp/blog/2012/06/post_1563/

(7) 失語症者に助けてもらうー3
http://hitohaku.jp/blog/2012/07/post_1564/

(8) 「人と自然 Humans and Nature」23: 61-67 (2012). 「DAISYを使ったコミュニケーション障がい者にもわかりやすい展示解説の試み」
http://hitohaku.jp/blog/2014/02/NH23_05_61_67.pdf


 この研修は一般財団法人 全国科学博物館振興財団による平成25年度 科学系博物館活動等助成事業13112「コミュニケーション障がい者にも理解しやすい展示解説技術の研修」(人と自然の博物館,対応者 三谷雅純)として採択されたものです。最後の「これからの課題」にあげた点は、まさに平成25年~27年度 科学研究費助成事業(基盤研究(C))25350404(研究代表者 三谷雅純)で取り組んでいる課題です。関西テレビCSRでは、CSR推進部の森田誠二さんとアナウンサー部の山本悠美子さん、新見彰平さん、製作技術部の水川賢一さんをはじめとする皆さんにお世話になりました。お礼申し上げます。

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

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