ユニバーサル・ミュージアムをめざして47

人びとを迎えるために-1

三谷 雅純(みたに まさずみ)


IMG_6759_02.jpgのサムネール画像                             貝を使って視覚障がい者の観察法を説明する田口公則さん

                            (神奈川県立 生命の星・地球博物館)(八木 剛さん撮影)

 

 平成26(2014)年2月4日に、人と自然の博物館で「障がい者を迎えるための接遇研修」を行いました。講師はわたしと共に、神奈川県立 生命の星・地球博物館の田口公則さんにもお願いしました。田口さんが視覚障がい者への接遇 (1) を説明し、わたしはコミュニケーション障がい者への接遇を説明しました。自分の経験を基にした話です。普段、障がい者への接遇などあまり考えていなくても、理解していただけるようにと工夫した話でした。聞いていたのは人と自然の博物館で働いている人や一般市民の皆さんです。誠実に講義を聞き、議論にも熱心に参加して下さいました。

 この文章は、コミュニケーション障がい者が読みやすいように工夫してみた ところが あります。そのために、普通はしない表記法やルビの振り方があります。○○さん、こんな事で、わかりやすく なりましたか?

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 田口さんは視覚障がい者が多く通う特別支援学校――田口さんが訪問した時には筑波大学付属盲学校と呼ばれていました――と交流があります。学校に出かけて出張授業をすることもあるそうです。出張授業の内容は、その学校の先生と相談して、一つひとつ、いっしょに創り上げていくのだそうです。

 視覚障がい者が多く通う学校では、どんなことを学ぶのでしょう? そのことを知るために、田口さんはまず、当事の筑波大学付属盲学校の理科の授業を参観させてもらいました。田口さんにとって、このことが、とても大きな影響を与えたそうです。当事、この学校の生物の授業では「肉食獣と草食獣の頭骨を観察する」という課題に取り組んでいました。この学校には、他の学校にはない独特のやり方として、生徒たちが自分でポイントを探り、観察することが挙げられるそうです。授業は何日もかけてじっくりと進みました。田口さんはそこに、普通の学校では忘れられている「理科の本質」があると気付きます。

 もちろん視覚障がい者に「目で見て観察する」という習慣はありません。「指先で触って観察する」のです。時間はかかります。ですが時間がかかる分、より詳しい観察ができます。その上、筋肉の付き方によって表面のざらざら感とか、つるつる感は変わります。「目で見て観察する」ことでは得られない、「指先で触って観察する」事で初めて解る事があるのです。

 例えば猫――肉食獣――の頭骨です。両目は正面にふたつ並ぶように付いているが、山羊や牛――草食獣です――の目は、どちらかと言えば頭の横に付いています。また猫はキバ(犬歯)が他の歯より大きく、奥歯は肉を切り裂くような形だが、山羊や牛は草をちぎって、すり潰すのに便利な歯をしているといった事も解ります。「指先で触って観察する」生徒たちは、そんな事を、何日もかけて自分たちで見つけていきます。場合によっては、指先で軽く弾(はじ)いた骨の音も、発見した事実に含まれていたかもしれません。このような観察が一学期の間に何回も続きます。そうして生徒は「ほ乳類の頭骨」を理解し、「目で観察する」生徒がけっして見る事のない、視覚障がい者が生活をする上で本当に役に立つ事実を積み重ねていくのです。現在の実践でも同じです。この、じっくり観察をして、自分で何かを見つけ出すという「理科の本質」を、何とか博物館でも生かせないものでしょうか? これが、その時の田口さんの思いでした。

 田口さんの授業参観は続きます。学校では頭骨授業のまとめを上野動物園でやらせて もらうことに しました。上野動物園に行けば、普段は触(さわ)れない動物の骨があります。例えばライオンとかカバといった動物のことです。生徒たちは、もう何か月も「触る観察」を続けてきました。その上で新しく経験するライオンやカバなのです。どんな動物かは、あえて教えませんでした。それでも、学校で触った頭骨の知識をフルに生かして、今、触っている動物はライオン、横にいるのはカバと、生徒たちは苦もなく言い当てたそうです。多分、アフリカのほ乳類というヒントはもらっていたのでしょう――でないと、ライオンとトラでは形ばかりではなく、大きさも似ています。区別がつき難(にく)かったはずです。

 盲学校(特別支援学校)で触る観察――触察(しょくさつ)と呼びます――を参観させてもらって、田口さんは生徒たちの観察の仕方が地質調査にそっくりだと思ったそうです。地質調査では、まず沢(さわ)沿いに地層を調べ、大きく把握して、その後で何本もの沢(さわ)に分け入って詳(くわ)しく調べます。これが地層の広がりを把握する方法です。つまり、線状に把握した知識を空間的に広げていくわけです。全体を把握するまでは、とても時間と労力がかかる作業です。このプロセスは、まさに触察(しょくさつ)と同じなのです。

 研修のお話を聞いて、霊長類学者のわたしが感じたことも、率直に書いておきます。視覚障がい者には、確実に、指先から産み出されるイメージが頭の中に組み立てられています。それがどのようなものなのか、視覚に頼るわたし(=三谷)が言葉で表現する事はできない。それでも、「触って産み出されるイメージ」には興味がそそられます。わたしにとって「イメージ」という言葉には、多くの視覚情報が含まれているからです。視覚を使わないで「触って産み出されるイメージ」がどのようなものなのか。想像してみるだけでなく、ヒトの多様さを調べている霊長類学者のわたしは、可能なら、そのイメージを実感してみたい。現代の科学レベルでは可能でしょうか?

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 盲学校で得た経験を博物館にフィード・バックした事例も紹介していただきました。晴眼者のご家族や子どもに「触る」という観察方法を体験してもらうのです。目の前の対象物をじっくりと観察し、自分の言葉で理解する体験です。

 神奈川県立 生命の星・地球博物館には「アンモナイトの壁」 (2) という展示があります。壁一面に、アンモナイトの化石が降り積もっているイメージです。アンモナイトというのは巻貝(まき・がい)のようですが、巻貝の仲間というよりも、どちらかといえばイカやタコに近い動物です。今でも生きている仲間にはオウムガイ(オウム貝)がいます。

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                       ヒオウギガイの貝殻を触って観察してみる。(八木 剛さん撮影)

 見えないように袋に貝殻(かいがら)を隠し、指先で観察をします。よく見かける二枚貝(にまい・がい)は、少し触ればどんな形なのか、だいたい想像が付きます。貝の外側がギザギザしているとか、貝柱(かいばしら)が付いていた跡(あと)には、くぼみがあるとかいった事です。巻貝(まき・がい)も、指先で触ればどんな形かは、簡単に想像できます。ところが、ある小学生がオウムガイ(オウム貝)の殻に指を突っ込んだ時、びっくりしてしまいました。普通の貝のように奥まで指が入ると思って突っ込んでみると、指が壁に触れたのです。小学生は驚いて、「奥がある!」と叫んでしまったそうです。(3) (4)

 アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)の殻は巻貝(まき・がい)の殻と同じように見えますが、触れてみると、殻の中が壁で仕切られているのだと解ります。アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)は、この壁で仕切られた空間にガスを溜め、ちょうど浮き袋のようにして、海の中を浮いたり沈んだりして生活していた(生活する)のです。しかし、その事は殻を外から見ただけでは解りません。触ってみて初めて解る事なのです。

 この体験は、晴眼者である子どもには貴重なものだったはずです。アンモナイトやオウムガイ(オウム貝)の殻の中には「浮き袋」が備え付けられている。まず学校では教えてくれません。しかも「奥がある!」と叫んだ小学生は、その秘密を自分ひとりで見つけたのです。人生の真実は教科書に書いてあるのではありません。自分で探し出すものです。そして、その秘密は、多くの「触って観察をする人」には、以前から、当然の事であったのかも知れません。この体験は、資料を持つ博物館という生涯学習施設でこそ学ぶ事ができる醍醐味(だいご・み)です。

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 田口さんは学芸員の仕事を、「来館者が自ら驚きや矛盾を見つけるお手伝いをすることだ」と言います。来館者の気が付いたことを、(科学的には少々間違っていたとしても)安易に否定するべきではない。なぜなら、来館者の気づきは、科学的な事実の確認よりも、もっと大切な、興味を引き出すことそのものに繋(つな)がるからだとおっしゃいます。そこには、一方的な解説ではなく、対話を通じた観察の積み重ねがあります。じっくりと時間をかけることができるか? 相手のペースを待つことができるか、です。

 じっくり時間をかけ、相手のペースを待って、対話を通じた観察を積み重ねる。ここに、我われの学ぶべき点があるようです。

 田口さんは化石を含んだ土砂の処理を小学校にまかせて、化石が出たら届けてもらうようにしたことがあったそうです。そして見つけた化石はちゃんと登録番号を付け、その番号を、ひとつずつ小学校に送っていったという事です。何年か後に大学生がやってきて、小学生時代に化石を発掘して博物館に届けたのだが、その化石標本を見せてほしいと申し出ました。博物館に届けたのは、もう何年も前の事です。田口さんはその元小学生に、化石の登録番号を記録した紙は持っていますかと聞いたのですが、もちろん持っていません。それで、うすうすダメかもしれないとは思ったのですが、元小学生の名前で検索をしてみました。すると見事にヒットしたのです。収蔵庫に案内し、その検索結果から棚を探すと、確かにその青年が小学生の時に見つけた化石があったという事です。その元小学生は大喜びをしました。この時ほど、博物館の学芸員でよかったと思った時はないそうです。

 博物館という生涯学習施設は、本質的に50年、100年と続きます。長い年月の間には、力を入れるべき学問分野や、やるべき仕事の内容は替わって当然でしょう。しかし、博物館の仕事は「流行りのファッションを売る仕事」とは違います――「流行りのファッションを売る仕事」を貶(おとし)めて言っているのではありませんよ。社会的責任の取りようが異なると言いたいのです。我われの担うべき社会的責任は、博物館という公共財を維持し、発展させていくことであるべきです。

 わたしの「コミュニケーション障がい者への接遇」のようすは、次に書きます。

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(1) 「ユニバーサル・ミュージアムをめざして」
http://nh.kanagawa-museum.jp/faq/3ronshu/31.html
3周年記念実行委員会 1998 「自然科学のとびら」第4巻第1号3頁より転載

(2) 「アンモナイトの壁をじっくり見よう」
http://nh.kanagawa-museum.jp/research/tobira/archives/8-3/taguchi.html

(3) 生命の星・地球博物館の講座「アンモナイトの壁をしらべよう」のようすは
http://nh.kanagawa-museum.jp/event/report/rp33.html
にあります。

(4) 生命の星・地球博物館の講座「貝がらのふしぎを調べよう~ホタテの巻~」のようすは
http://nh.kanagawa-museum.jp/event/report/rp43.html
にあります。

 この研修は一般財団法人 全国科学博物館振興財団による平成25年度 科学系博物館活動等助成事業「コミュニケーション障がい者にも理解しやすい展示解説技術の研修」(人と自然の博物館,対応者 三谷雅純)として採択されたものです。

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
/人と自然の博物館

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